49.鳴き声
「どうした、もう終わりか? 終わりなら俺も人間の収穫に参加させてもらうぜ」
トランクがそういうと笑いながら叫ぶ
リンファは息を切らせながらそれでも攻撃の手を休めない
トランクの一撃全てを警戒していたが、なにより斧の周りを執拗に攻める
アグライアはリンファの意図の全てを理解できたわけではないが、その視線から斧に何かあると注意を払っていた
「何を伝えたい……何が言いたいんだ、リンファ!?」
「させないぞ……! 絶対に他の人のところにはいかせない!」
「そうかそうか! じゃあお前を始末してからやらせてもらおうかい!」
リンファの連撃がトランクの体中に叩き込まれるが、トランクにはまるで効いていない様に見える
だがリンファはそれでも打撃の手を休めない
魔導発勁がほぼ練られていない一撃はとても致命打とならず、虚しく打撃音が響く
トランクも攻撃に脅威を感じていないのか、やがて回避を一切しなくなる
防御や回避など必要ないと言った感じで大ぶりな攻撃を繰り返し、リンファの命を仕留めにかかる
当たれば致命傷となるであろう一撃が気の抜けないタイミングと速度でリンファの頬を掠める
必死に捌くが、いつ喰らってもおかしくない程にトランクの攻撃はリンファに降りかかった
それでもリンファは退くことなく連撃をトランクに繰り出す
そしてその連撃はトランクだけでなく、トランクが振り回す斧にも命中する
トランクはリンファの攻撃にもはや脅威はないと感じてさして気にもしていなかった
しばらくの連撃が続いた後、飽きたといわんばかりにトランクはその丸太の様な腕を振り回し
粗雑にリンファの胸部に押し当て投げ捨てるように吹き飛ばす
あまりの威力にこらえきれず、受け身もままならず地面に激突リンファ
地面に転がるリンファに一瞥をくれると、つまらなさそうにあくびをしながらトランクは斧を担いだ
「さて、そろそろ遊びは終わりにしようか、ゴブリンハーフの兄ちゃんよ」
そういうとトランクの巨大な両腕の血管が無数に浮かび上がり、筋肉が膨張していく
ただでさえ巨大なその腕がさらに大きく見え、どこが胴体か見間違えてしまうほどアンバランスなシルエットに変容していた
「防御しても無駄だぜぇ……おとなしくミンチになりなぁ……!」
トランクは担いだ斧を大きく振りかぶり、気合を入れるように不気味な咆哮を天に向けて放つ
その咆哮に拠点を燃やす炎が揺らぎ、またそのおぞましい響きは生き残った人々の心を震えあがらせた
「くたばれぇ!」
トランクはその巨大な斧を防御など一切考えていないスイングで一気に振り下ろす!
その巨大な剛腕から繰り出される一撃は旋風を巻き起こした!
だが次の瞬間、斧はリンファの首元を抜けその後方に飛び去って行く
その方向にはグレイを含め、必死の思いで退却の行動を起こしていた怪我人を含む冒険者たちがいる!
そして投げられた斧は魔法の閃光を放ち、転移の呪文を纏っていく!
「ひっかかったな馬鹿どもが!狙いはお前らじゃねぇよハーフの兄ちゃんよぉ!」
「アグライアさん!」
「まかせろ!セイクリッドチェーン!」
トランクが剛腕を振るった瞬間、リンファの視線はトランクから外れアグライアに注がれていた
その視線とトランクの動きを見て全てを察したアグライアは斧の射線に向けて魔法の鎖を張り巡らせる!
「あぁ……!? なんで先回りしてやがる!?」
迷いなく斧の妨害行動に移る二人に、トランクはここに来て初めて焦りの表情を浮かべた
だがその理由を理解する暇も与えず、リンファの動きは止まらない
何重にも貼られた魔法の鎖だったが斧の猛烈な勢いを殺しきることはできず、その斬撃でチェーンがちぎれていく
だがその弱まった勢いのスキをリンファが逃すはずがない!
「砕けろぉ!」
リンファは地面を跳ね上げながら駆けよると、チェーンの網に一瞬動きを止めた斧を真下から練り上げた魔導発勁を込めて蹴り上げる!
【八極剛拳 夜鷹穿弓腿】
今まさに発動しようとする転移魔法がショートするように火花を放ちその斧にヒビが走っていく
さらにリンファは勢いを失った斧に回し蹴りを放ち、サッカーのボレーシュートの様にトランクに向けて蹴り返す!
「ちぃ! 魔法の解除が間に合わねぇ……弾き飛ばすしかねぇ!」
迫りくる斧から迸る転移の魔法の解除が無理だと判断したトランクが腕を振りかぶり弾き飛ばす判断をする
だがその斧の後ろから弾丸の様にリンファが迫っていた!
「ば、馬鹿野郎!邪魔するんじゃねぇぇ!」
「絶対にやらせない!やらせないんだぁ!」
斧を中心にトランクの強烈な右フックとリンファの魔導発勁を込めた金剛鉄山靠が炸裂し、力の逃げ場を失った斧が吹き飛ぶことすらできず力の中心で砕けていく
刃部が崩壊しその内側に仕込まれていた魔鉱石の魔力が暴走し、詠唱されていた転移の魔法の術式を読み込み一気に発動させる!
まばゆい閃光と巨大な破裂音を発生させ、その光はトランクとリンファを飲み込み消し去る
一瞬の出来事にあっけにとられるアグライアの眼前には、地面に頼りなく落ちる斧の破片が映るのみだった――
リンファは物心ついた時から母に人間として育てられた
人間社会の常識を、道徳を、そして当然ながら言葉を学んだ
だから自分の姿が如何に人と違う異形であったとしても、心のどこかで(自分の中身は人間だ)と思っていた
だが旅に出て、ゴブリンと接触するたびに少しだけ違和感を感じ続けていた
そしてその違和感の正体はこのトランクとの邂逅で確信と理解に変わってしまった
自分は外見だけでなく中身もゴブリンが混じっているのだと自覚させられてしまったのだ
(このゴブリンハーフは俺が足止めしておくから、今のうちに他の人間を一か所に集めろ!)
「さて、と……お前らの相手をしてやりたいんだが他の連中が働き者なんでな、ここで俺がさぼってるわけには行かねぇんだわ」
「まぁまぁ痛ぇじゃねぇかテメェ……! 見逃してやるっつってんだから邪魔するんじゃねぇよ!」
(このゴブリンハーフには絶対手を出すな!お前らじゃ殺されちまう! 人間を一か所に追い詰めたら転移で一気にずらかるぞ!)
「おいおいそんなことさせるわけねぇだろねえちゃん、合流されると厄介だからその前にみんな刈り取らせてもらうぜ」
(そろそろ準備できたか! 魔鉱石とロールを仕込んだ斧で転移魔法を発動させるぞ!)
「どうしたハーフの兄ちゃん!? お前の攻撃、全く痛くねぇぞ!」
(集まってる人間を的にして斧を投げ込むから巻き添えくらうなよ!)
最初は勘違いだと思った
風の音が話声に聞こえてしまうような空耳の類だと感じていた
だがトランクが不自然なタイミングで鳴いているので、つい耳を傾けてしまった
そうすると、最初はただの雑音だと思っていたその叫び声に意味があることに気づいてしまう
それも合図だとかサインだとかそんなレベルではなく、明確に言語として発せられた鳴き声であることに
普通の人間では絶対に意味を理解するのは不可能であろう音で、ゴブリンたちは会話をしていた
それをリンファは理解できてしまったのだ
「どうした、もう終わりか? 終わりなら俺も人間の収穫に参加させてもらうぜ」
トランクがそういうと笑いながら叫ぶ
(準備ができ次第教えろ! それまではこいつらは足止めする、絶対に気取られるなよ!)
トランクは自分の叫び……ゴブリン言語とでもいうのか
仲間との対話がリンファにばれているなど露ほどにも知らず企みの内容をペラペラとひけらかしていたのだ
「防御しても無駄だぜぇ……おとなしくミンチになりなぁ……!」
(成功させてクイーン様に臓器をもらうぞ!やるぞお前らぁ!)
トランクとゴブリンの会話は粗野ではあったけれど、人間と同じ協力と連携が飛び交う仲間同士の会話だった
意志を感じてはいた、人の言葉を喋るゴブリンにも出会った
けれど心のどこかで、ゴブリンは言葉を操らないものだと思いたかった
人間と……自分とは意志疎通なんてできない別カテゴリーの生物だと信じたかった
でもリンファは理解できてしまった
解読できてしまった
ゴブリンの言葉と意思を、翻訳できてしまったのだ
「ゴブリンの言葉……理解できちゃったなぁ……」
転移魔法に飲み込まれている最中、千切れそうな意識でリンファはそんなことをぼんやりと考えていた――




