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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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46.転移魔法

「要塞に隠し通路があるだぁ?」

「そうさ、だからゴブリン共は戦闘せずに結集できるんだよ」

グリフの話に集まった冒険者が揃って意外そうな声をあげる


「てめぇフカシこいてんじゃねぇぞ?」

「フカシなもんかい、あんたらそもそも変だと思わなかったのか?」

当然ながら疑いの目を向ける冒険者の目に、内心ビビりながらグリフは声を張って演説を始める


「この怪我人の数!要塞の強固さ!やつら要塞にゴブリンをこっそり集結させて籠城戦を有利に進めてるんだよ!」


グリフが地図の各所を指さす

「オイラここに来るまでに何度も何度もゴブリンが要塞の方向に歩いていくのを見たよ、も、もちろん戦ったりもしたんだぜ?」

「それに喋るゴブリンってのも見た、つまりそれだけ頭のいいゴブリンが指揮してんじゃねぇかと思うんだよ」


喋るゴブリンという単語に何人かがそういえばと言った感じの反応を示す

「喋るゴブリンと話をしたって奴がそういえば怪我人の中に何人かいたな……、てっきりテメェが仲間を見捨てたことをごまかす為の大ボラだと思ってたが」

「そいつらしゃべるだけじゃなくてめちゃくちゃでけぇって言ってなかったか? とにかくとんでもねぇゴブリンが居るんだよ」


戦場の妄言だと侮っていた話がにわかに現実味を帯びてきて、冒険者達の何人が息を呑む


「そんなゴブリンが言ってたんだよ、【要塞に向かわなきゃならねぇ】って、でも要塞の偵察隊がゴブリンの大群が要塞に入場してるところは確認できてねぇわけじゃん?」

「おぉ、そうだ 向こうも城壁に見張りくらいは立たせてるみたいだが追加のゴブリンが入口から入ってくところはほとんど見ねぇ」

「要塞の城壁を飛び越えられるわけもねぇし、転移魔法をゴブリン如きが使えるわけがねぇからな」

「そうなんだよ、あの要塞にどうやって集結してるのか、それがわからねぇと思ってたんだよ」


「オイラ気づいたね、ここを見てくれよぉ!」


グリフが待ってましたと言わんばかりに地図に指を差す


「要塞から1キロくらい離れた廃村の井戸の一つがどうやら要塞の隠し通路になってみてぇなんだ!」

「なにぃ……? 証拠はあんのか?」

「おうとも、ゴブリンと喋ったことがあるって言ってる数人の怪我人から話をきいて、オイラ自身が実際に見てきた!」


この酒場に来る前、確たる情報を得るためにグリフは馬を駆ってその廃村に向かっていた

申請のない拠点からの離脱は処罰の対象なのだが、グリフは出世の為にそんなルールは当然無視をした


「その廃村にはゴブリンが数匹ウロウロしてたし、実際に井戸に降りていくやつも出ていくやつも見た 枯れ井戸に潜る理由なんて他にねぇだろ?」

「確かに怪しくはあるな……でもよ、そんな隠し通路があるなんて話聞いた事ねぇぞ?」


チッチッチと指を鳴らすグリフ

「わかってねえなぁ、あの王都が要塞の情報を冒険者に寄こすわけねぇじゃねぇか むしろそんな情報は必死に隠すもんだろ?」

「そう言われれば王都の連中がこんな話をよこすわけねぇか……そもそもあの要塞だっていつからあったのかわからねぇって代物だからな」


隠し通路の話が本当かも知れないとザワザワと冒険者が騒ぎ出す


「もし本当だとするなら、逆にこっちから奇襲を仕掛けられるってわけか……」

「しかしよぉ、向こうにどのくらいのゴブリンが居るかわからねぇんだぜ?」


冒険者の間で色々な言葉が聞こえ始める

今がチャンスだと鼻息を荒くするもの、状況がわからないから危険だというもの……

欲と命を天秤にかけて、全員が喧々諤々と騒ぎ始める


ここまできてなんの成果もなく帰りたくはない

けれどここまで来てわざわざ命を落としたくはない


「オイラよ、さっきここの指揮官さんに魔鉱石を渡してきたんだわ」

「で、だよ ここにその魔鉱石がまだあるっつったらどうする?」


全員がピタリと手を止めグリフに視線を注ぎ注目する

注目されるグリフの手元には宝石の如く燦然と輝く美しく純度の高い魔鉱石が輝いていた


「もちろん転移魔法のスクロールも持ってきてる、転移場所?飛翔島に決まってんじゃん つまり」

「つまり……?」

「やばくなったらいつでも逃げられるってぇ事だよぉぉ!」

「うおおおおおおお!!!!」



手柄を立てられるかもしれない、逃げ道もある

冒険者の天秤は一気にバランスを崩し、欲の方に倒れこんだ


『けっ やばくなったらオイラ一人で使うに決まってんじゃねぇか 精々オイラの手柄になれよお前ら』

グリフは心で小さく毒づく


優しさや誠実さなんてクソの役にも立たねぇ

神様なんてオイラを見ちゃくれていねぇ


「だったらオイラが蹴落として出世したって誰も咎めやしねぇよなぁ……!」

そうつぶやくグリフの目が心なしかどす黒く濁っているように見えた――






グリフたちが酒場で盛り上がっていた頃、隠し通路があるといわれた廃村

そこには数匹のゴブリンとまるで巨木の様に大きくそびえる大型のゴブリン、噂の喋るゴブリンのトランクが井戸の前で話をしていた


『そうか、やっとここを見に来る人間が出てきたか』

人間では聞き取ることができないゴブリン独特の叫びの様な会話が井戸の周りに響く

その音は一見すれば獣の鳴き声にも聞こえ、会話の内容は人間では理解しえない


『人間ってのは察しが悪くて困るな、こっちは何日もここに来てくれるのを待ってたというのにやっとだ』

トランクの言葉に他のゴブリンがギギギと笑うように鳴く


『何度も練習してきたことを本番でもすればいいだけだ、お前たちならできる』

真面目な顔で語り掛けるトランクに、皆真剣な顔で頷く


『人間どもが大挙して押し寄せてきたら3回投石をして大声で鳴いて逃げろ』

『お前らは井戸の隠し通路に逃げ込め、距離を保ちながら相手に姿を見せながら逃げ続けろ』

『お前らは人間共が全員井戸に入ったのを確認したら梯子を引き上げて大岩で蓋をしろ』


うんうんとうなづくゴブリン

『よしよし、ちゃんと覚えてて偉いぞ 蓋をしたらどうする?』

ゴブリンは神妙な顔をして何かを懐から差し出しトランクに見せる

『そーだ!いいぞぉ! お前が遅れたら仲間が死ぬ、重要だから絶対成功させろよ』


死ぬと言われた逃げ役のゴブリンが緊張で強張る、そんなゴブリンたちにトランクは優しく声をかけた

『囮なんて怖い役をやらせてすまねぇな、お前らのすばしっこさならできると俺は信じてる、仲間の叫び声が聞こえたらわかってるな』

少しだけ震えながらそのゴブリンたちも何かを取り出し指し示す


「いいぞ!ちゃんと覚えててすごいぞ! 何回も練習してお前らが一番うまかったもんな!」

トランクの元気づけに嬉しそうな叫び声をあげるゴブリンたち

「頭が悪い人間共はこんなことを夢にも思ってねぇ! 楽勝だぞお前ら!」

ゴブリンと一緒にその巨躯を揺らして笑うトランク、まるでだまし絵のような大きさの影が月明かりに照らされていた


「この作戦成功させて、クイーンから頑丈な臓器をもらって長生きしてもっと楽しく暮らそうな!俺たちならできる!」

不気味な叫びにも似た笑い声が月夜に消えていった――






呻き声と鳴き声が止まない治療所の一角

とある患者の話を聞いて、リンファは青ざめていた

そのあまりの狼狽えぶりに大けがを負っているはずのその患者が心配して声をかけるほど


「だ、大丈夫です またあとで包帯を替えに来ますね」

そういうが早いかリンファは早歩きで病室を飛び出し、徐々にその速度を上げ、拠点をまるで風の様に走る

その表情は青ざめ眉間にしわを寄せ、苦しみを隠す余裕すら見えない

可能なら自分の勘違いであってほしい、誰かにそんなわけはないだろうと笑ってほしいと心から願った



指揮官室の扉を壊すほどに乱暴に開け、倒れこむ様に入室する

指揮官のグレイに撤退作戦について質問に来ていたアグライアがリンファのあまりに焦った様子に慌てて駆け寄った


「ど、どうした!? リンファ、何があった?」

「アグライアさん、グレイさん! しゃ、喋るゴブリン……喋るゴブリン……!」


リンファが同じ言葉をうわ言の様に息を切らせ繰り返す


「喋るゴブリン……君とグリフが出会ったというゴブリンの事だな? それはここに来た時グレイさんにも話はしているぞ、何かあったのか?」

「喋るゴブリンについての報告はここにいる怪我人たちからも改めて聴取はしているが、どういう存在なのかはこちらでも把握はしきれてないんだよリンファ君」


雑に深呼吸をすると、まるで目を覚ませと言わんばかりにうまく動かない自分の口を右手で殴りつけるリンファ

力の加減をしきれていないのか唇が切れ緑の血が垂れるが、リンファはそのことにすら気づいていない


「違うんです! 喋るゴブリンに遭遇した冒険者さんと日時と出発日時が全部バラバラなんです!」


グレイとアグライアが理解しきれずにあっけにとられる

「つ、つまりどういうことだ……? そりゃみんな同じ日に襲われてるわけはないだろうけど、それが何を意味するんだ」


「ひ、飛翔島からここまではすごく遠いんですよね!? 馬に乗っても10日前後かかるって!」

「う、うん? そうだが……」



「でもさっき話を聞いた人は5日前に喋るゴブリンに襲われてここに運ばれたって!」

「そういう奴もいたな、だからどうしたというんだ? リンファ君落ち着いて話をす」


「その人が飛翔島を出発したのは6日前なんですよ!」

「6日前……!?」

その数字のおかしさに気づいた二人が揃って怪訝な声を上げ、その違和感に気づく



「どうして出発して翌日に喋るゴブリンに襲われた人がここにいるんですか!? 転移魔法も使ってないのに!」

「それに僕らが喋るゴブリンに遭遇する前日に拠点の近くで襲われたって患者さんもいました! 喋るゴブリンが襲ってくる間隔が早すぎるんです!」


グレイは喋るゴブリンの報告は確かにいくつか聞いていた

だが、ここに逃げ込んできた者の多くは重傷を負っており、行動時期などはそこまで深く聞いていなかった……

奇妙なゴブリンに襲われて逃げ込んだ者が実際ここにいる、その事実しか見えてなかった


そしてましてや……


「そんな……まさかそんな…… ゴブリンが……」

信じられない事が頭に浮かび、部屋にいる全員の顔が青ざめる

グレイは目を泳がせ、口をワナワナと動かすだけで何も言えない


上ずる喉を抑え込み、リンファが声を出す

「あのゴブリンは……転移魔法を使っている!」


「そ、そんな馬鹿な!?ゴブリン如きが転移魔法なんて使えるわけないだろう!?」

うすうす実感を感じている事実を、必死に否定するグレイにリンファは言葉を返した



「もしかしたら、喋るゴブリンが多数いるのかもしれないと最初は思いました……」

「そ、そうだろう!確かにそれは奇妙で脅威ではあるが!」



「でもさっきの患者さんの話で気づいてしまったんです」

「さ、さっきの出発時期がおかしいという怪我人の事かね!? そ、それはきっと襲われたパニックで……」


「そうか、ここの怪我人が突然増えたというのはそういう事なのか……!」

アグライアが突如何かに気づき、リンファに視線を送る



「奴等は転移を自分だけじゃなく、襲った人間をここの近くに転移させて意図的に送り込んでいるのか!?」

「はい……このことが頭に浮かんでからここ最近の怪我人の方に聞いてみました、みんな出発日からここにたどり着くまでがあまりに早いんです」


話を聞いた患者の中には、ここが要塞近くの拠点だと知らなかった者すらいた

怪我に呻きながら、自分は飛翔島に運び込まれたと思っていたのだと 

飛翔島を出て翌日にここにいるだなんて、あまりに離れすぎていて想像すらできなかっただろう


「ゴブリンは転移を使いこなし、ここに人を集めようとしている……!」

「そ、そんな……! ゴブリンが、ゴブリン如きがそんなことを……!?」


頭を抱えるグレイに声をかけようとするリンファを遮るように、見張りがこれまた焦って部屋に飛び込んでくる



「た、大変です!主力の冒険者の多くが勝手に拠点を出発しました!」

「なに!? 一体なぜだ!?」

「『グリフという冒険者が要塞の隠し通路を発見したので今から奇襲を仕掛ける』 そう言い残して止めるのも聞かず飛び出していきました……!」



「行っちゃダメだ!ダメだよ!グリフさん!!」

リンファは矢も楯もたまらずグリフを止めようと部屋を出ようとする刹那、拠点が揺れるほどの轟音が鳴り響く

しかもそれは一か所だけではなく、至る所からほぼ同時に聞こえてくる

足元がおぼつかなくなるほどの衝撃が大地を建物を揺らす



「な、なんだ……!?」

リンファ達が慌てて外に飛び出すと、拠点の至る所から悲鳴や叫び声が聞こえてくる

いや、違う


叫び声ではない



人間の叫び声にも似た、獣の鳴き声にも似た



それはゴブリンの笑い声だった――


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