45.違和感
「こ、こんな純度の高い魔鉱石を持ってきてくれたのか……!」
グリフが持ち込んだ高純度の魔鉱石を一つ一つ丁寧に、それこそ宝石の様に扱いながらグレイは歓喜の声をあげた
「なぁに、オイラからすればこれぐらい朝飯前の仕事ですよ」
グリフはそんなグレイに胸を張って答えて見せる
「高純度の魔鉱石がこれだけあれば身動きの取れない怪我人のほとんどを飛翔島に転移させることができる……! 君はこの拠点の救世主だよ!」
「そっすかー!? おれなんかやっちゃいましたかー!?」
「こうしてはいられない、さっそく双翼団に連絡して受け入れ態勢を作ってもらわないと…… 本当にありがとう!この功績はちゃんと報告させてもらうよ」
「あざっす、あざーーっす!」
確かな手ごたえを感じて喜びを隠そうとしないグリフ
『この手ごたえならランクはシルバー、いやゴールドは硬い! 見えたぞ……! 出世街道が見えた! オイラのサクセスロードが開かれたぞぉー!』
かろうじて口には出さないものの、その動きは隠しきれず喜びに打ち震える
拠点の救世主と呼ばれたグリフは今まさに我が世の春を享受していた
リンファとアグライアは朝を迎えても血と汁にまみれた現場を駆けまわっていた
アグライアは回復魔法を使って治癒、リンファは患者の身の回りの面倒に奔走する
リンファは包帯の交換の仕方を教えてはもらったものの、当然ながら治療の仕方などわかりはしない
それでも仕事は無限に感じるほど湧いてくるし考える暇もないほど作業に忙殺される
グレイやアグライアからは休むように言われてはいたがリンファは黙々と働き続ける
つい1時間前アグライアに叱られてわずかに仮眠をとったが30分もしないうちに汚損した包帯などの処分に走っていった
そんな働きすぎのリンファのことをアグライアは常に心配そうに見ていたが
「今は休むより動く方があの子にとっては楽なのかもしれない」
と、気にかけるにとどまっていた
拠点の外れに直径10メートルくらいの広さに掘られただけの粗末なゴミ捨て場が作られており、常に炎がくすぶっている
最初はごみ処理についてもゴブリンに感知されないように気を使われていたが、怪我人が急増した現状ではそんなことを考える余裕もない
日夜発生する大量の治療廃棄物はここで粗雑に焼かれ処分されていた
そして燃やされるのはゴミだけはなく――
「あ、ゴミ持ってきました……」
「おぉ、ご苦労さん 穴の中に投げ込んでくれ」
ゴミ捨て場の監視に立っている冒険者に声をかけ、リンファはゴミを投げ捨てる
「ほい、焼き尽くせっと……」
煙草を咥えながら投げ込まれたゴミに火球の魔法を唱える男
生物的な異臭を上げながらゴミが燃え上がっていく
本来咥えタバコで作業に当たることは厳禁なのだが、ここゴミ捨て場に限って異臭が激しいため暗黙の了解で皆タバコを吸いながら作業に当たってもいい事になっていた
焼かれるゴミの中からバチッと弾けるような音がして、昨日まで苦しそうに呻いていた誰かの腕がゴミの中から生えてくる
本来遺体は飛翔島に転移させて弔われるのだが、現在の状況ではそんな余裕はない
遺体だけを火葬してやりたいのが皆の本音だったが、人間一人を完全に骨にするような炎の魔法を唱えるような魔力を使うぐらいなら回復魔法に使いたい
だが衛生面や敷地の問題から野晒しにしておくわけにもいかず、苦渋の決断としてごみと共に焼くことになったのだ
「もう苦しまなくていいんだからゆっくり寝てりゃいいのになぁ、でもこんなところで焼かれりゃ死にきれねよな」
男はタバコの煙を吐き出しながらその手にも炎の魔法をかけてやる
バチバチと脂と炎が反応し、その手がゆっくりと沈んでいく
「お前らの形見はちゃんとグレイさんが持って帰ってくれるからよ、許してくれよな」
「おうちに帰してあげたかったですね……」
沈むその腕に手をあわせながらリンファが呟く
「おうちに帰してあげられなくてごめんなさい……」
リンファはここに来るたびに手を合わせて深く頭を下げる
最初はゴミの中から見える人の体にショックを受けていたが、今はそんな気持ちも落ち着いた
「リンファ君だっけ 不思議な所作をするんだな、緑の民はみんなのそうなのかい?」
咥えタバコの男が燃えるゴミを棒で均しながら聞いてくる
「う、ウチの家族だけかもしれないです 他の人はどうだろう」
「ふぅん……なんかそれいいね 俺も真似させてもらおう」
咥えタバコの男もリンファを真似て手を合わせる
「早くこの戦いを終わらせないといけないですね」
「そうだなぁ、早く家に帰ってゆっくり休みたいよ 嫁さんの作ったパンを腹いっぱいかじりてぇ」
「お嫁さんが待ってるんですね、さっきの人も誰か待ってたのかなぁ……」
もうゴミしか見えなくなった焼き場の炎を見つめる
「どうかなぁ、わかんねぇけどみんな何かしら待ってたんじゃないかな 君も誰か待ってる人がいるんじゃないの?」
「僕は……もうおうちがなくなっちゃってて……」
「そうなんだ、大変だねぇ」
男は特に気にもせず煙草を吹かす 吐き出した煙がゴミ捨て場の煙と混じって天に昇って行った
「しかしすごい人数だよなぁ、怪我人も死人も」
「はい……こんなにすごい人数がこの戦いに参加してたんですね」
「グレイさんが作戦に参加してない奴も保護しちまうから、すごい人数になっちゃうんだよなぁ」
「そうなんですか?」
「あぁ、この辺でゴブリンに襲われた奴はみんなここに逃げ込んでくるからね まぁ見捨てるわけにはいかないから仕方ねぇんだけど」
そんな話をしているとき、リンファにふと疑問が浮かぶ
「この辺りって、こんなに人が住んでるんですか?」
「んー? どうだろう……この辺に村とか町はほとんどないんじゃないかな? 冒険者はそこそこモンスター討伐とかで来るだろうけど」
大して気にもせず2本目のタバコに火をつける
「今だったらこの作戦を聞きつけて駆け付ける冒険者もいるだろうし、魔鉱石の輸送なんかで動いてる部隊もいるかなぁ」
その言葉にリンファは相槌を打っていたが、次第に何か違和感を感じ始める
「……なんか変だ」
「へ? 別におかしくはないだろ まぁこんなに怪我人がいっぱいになってるのは地獄みたいな状況だけど」
リンファはここに来るまでかかった日数を思い浮かべる
そこまで急いだわけではないけどまっすぐこの拠点を目指して馬にも乗ってやってきて大体10日前後かかった
「ここに向かってくる人って、転移魔法を使う人が多いんですか……?」
「いや、そんなことはないよ、魔鉱石の輸送部隊は転移魔法を使うわけにはいかないし、冒険者で転移魔法を習得してるような奴は滅多にいないだろうよ 高等魔法だからなぁ」
これまでの街道の往来を思い浮かべるリンファ
ここに至るまで確かに色々な人とすれ違ったし、追い抜かれたこともあった
でも、そんな大量の人が行き来してたか?
「なんでこんな急に怪我人がここに集中してるんだろう……?」
リンファは頭に浮かんだ違和感に答えを出せず、燃える火を見つめる
焼かれる彼らは、リンファに言葉をかけてはくれなかった
この地獄に似つかわしくない明るい雰囲気が辺りに漂う
そこに入り浸る人間は粗末ながらも飯を食い、アルコールがほぼ入っていない安い酒をあおって思い思いに騒いでいた
拠点の施設唯一活気が存在する場所、そこは簡易酒場
そこには治療所の手伝いには参加せず、ゴブリン討伐の作戦開始を今か今かと待ち続ける腕自慢の冒険者がやることもなく管を巻いていた
「いつまでおれたちゃここにいりゃいいんだ、手柄を立てられると思ってわざわざ長旅してきたってのによぉ」
「全くだぜ、ゴブリンなんてなんにも考えずに突っ込んでって皆殺しにしちまえばいいんだよ」
首元にはシルバーやゴールドの首飾りを付けた冒険者たち十数人がそんなことをいいながらいつものようにたむろしているところに、見慣れない男がやってくる
首元に光るはブロンズの首飾り
「よう先輩方、ずいぶん暇そうにしてんだな」
「なんだてめぇ、見ねぇ顔だな よく見りゃブロンズじゃねぇか! 雑魚が偉そうに話しかけてんじゃねぇぞ」
強面冒険者のすごみのある睨みつけに心臓をバクバクさせながらグリフは何でもない顔を装う
「そういうなよ、それより耳よりの情報を持ってきたんだけどいらねぇか?」
「なんだ? テメェみてえな小物が何を知ってるんってんだ」
グリフはポケットから何やら紙を取り出し、冒険者に見せつける
それはグレイが後程拠点全体に発表する予定の撤退を知らせる指示書
グリフはその交付される予定の書類の一部を失敬して見せつけたのだ
「なにぃ!? この拠点を撤退するだぁ!? ゴブリンどもにケツ向けて逃げようってのか!?」
「嘘ついてんじゃねぇぞブロンズ風情が!」
「お、おいおいおっさんよぉ オイラがブロンズでもその指示書を作ってんのはここの指揮官様だぜ、嘘なんてつきようがねぇだろ?」
「た、確かにこれはグレイのサインだな……でも納得いかねぇぞ!俺たちゃまだなんにも手柄を挙げてねぇんだ!」
その書類を見て冒険者達がざわざわと騒ぎ出す
その喧騒のタイミングを見計らい、グリフが大げさに声を上げる
「こっからが耳よりの話の本番なんだが、興味ないかい?」
そう言いながらグリフは要塞の周辺地図を広げ、冒険者が言葉を潜めグリフに注目する
『魔鉱石を持ってきただけじゃ足りねぇ……オイラはゴブリン退治もしてもっと出世するんだ……!』
グリフは自らの欲望を燃やしながら、冒険者達に話し始めた――




