44.仕方がない
地面は赤く染まりうめき声が這うように響き渡り、異臭が鼻をつく
呻く事しかできないものが呻くことができなくなったものの隣で絶望の唸り声をあげる
声を出せるものはもはや声を出せる気力すらなくし、他人の血にまみれながら淡々と処置と処理を行う
流れる涙も枯れた、ただ疲れ果てていたのだ
多くの者はこんなはずじゃなかったと考えた
いつものゴブリン退治程度の簡単な仕事だとタカをくくっていた
大規模な作戦だから報酬や功績が期待できると欲と希望にまみれて意気揚々でここに来たのだ
だがそんな期待は少しずつおかしくなっていった
最初は「あれ? なんかうまくいってないな」程度の違和感だった
自分は無傷だったけど辺りをよく見ると怪我人が目立っているなぁくらいの認識
でもまぁ命がかかった仕事だからこういうこともあるのか、運のない奴もいるよなと他人事で仕事をしていた
自分がある日突然、その運のない奴になって気づくのだ
ベッドすら用意されない粗末な布だか草だかもわからない敷物に転がされて気づくのだ
ここはいつもの場所ではない、と
そして自分はもう手遅れな状況になっていることに気づいてしまうのだ
そしてその手遅れな状況は倒れなかったものにも襲い掛かる
動けるものは動けないものの対応に追われる、最初は片手間だったはずのそれは一日の仕事となり、やがて一日の全てとなる
かろうじて戻る魔力も菜種油を絞るように回復魔法に回し、魔力が枯れれば目をつむるか世話をするかのどちらか
気力の残っているものは拠点から走って逃げたものもいる
泣きながら絶望して逃げたものは皆四肢のどこかをなくし悲鳴を上げながら戻ってくるか、亡骸を大地に晒すか……
逃げることも戦う事も叶わない絶望の拠点で、皆なるようになれと空を見上げていた
それがこのオルファン要塞攻略の拠点の現実だった
誰にとっても絶望だった
リンファはここにたどり着いた時からずっと動いていた
まず最初にしたことは自らの肌を隠すこと
自分の緑の肌が見えれば、それだけで恐怖で絶命しかねない人がゴロゴロといる
本来であればそんな肌の色をした自分は目立ってはいけないのかもしれないけれど、ここにそんなことを言っている余裕はない
「今できる事を、自分の精一杯をやらなきゃ誰かが死ぬ……!」
ここにたどり着いた時思考ではなく直感でそれを感じた
かつて治癒士だったという母もそう感じたがあるのだろうかと、リンファはそんなことを思い駆けだした
明るいうちは患者に直接触れる仕事は避け、力仕事に駆けずり回った
医療器具の移動、汚損したシーツや服の移動、遺体の搬出……
最初は自分が何者かをどう説明すればいいのか考えたりもしたけど、それは杞憂だった
どの現場の人間も疲弊しており、手伝ってくれるものであれば何者であっても構わない
それこそゴブリンだったとしても気にしないくらいだろうくらい忙殺されていた
元気に動いてくれる者が一人増えて喜びこそすれ疑問に思うような明瞭な思考を持っているものはいなかったのだ
皆リンファを一瞥すると仕事の指示をして自分の仕事に戻っていった
リンファはその指示を愚直にこなした
周りが何を求めて何を望んでいないのかを必死に見極めた
だれよりも重い荷物を率先して運んだ、誰もが避ける血と汁にまみれたシーツを両手に抱えて運んだ
もう動かなくなった人を背負って連れて行った
作業の途中途中で多くの怪我人が泣きながら懇願してきた
「お願いだ、治療してくれ」
「頼むよ、回復魔法をかけてくれよ」
「もう、殺してくれ……」
リンファは最初「ごめんなさい」と言っていた
でも謝れば多くの人は絶望の表情に変わったのを見て、リンファはものすごく後悔した
ここで「ごめんなさい」は駄目だとすぐに気づいた
「わかりました、後で必ず対応するから待っててくださいね」と一言伝えて仕事に戻るリンファ
それがその人にとって最後に聞いた言葉になるかもしれない、とんでもない大ウソつきになっているかもしれない
ここではリンファの人生を説明する時間も、聞いてくれる人の余裕も存在しない
「ごめんなさい」と伝えるのも「後で対応するからまっててください」とウソになるかもしれない約束をするのも間違っているかもしれない
どちらも間違いなら、少しでもマシな間違いをするしかない
リンファはそう思って必死に動いた
でも、心の奥では涙で沈むくらい泣いていた
『なんで自分は魔法が使えないんだ』と泣いていたのだ
いつもこうだ、壊す力があっても他には何にもない!
癒すこともできなければ火を起こすことも光を灯すこともできない!
だがリンファは深呼吸して歯を食いしばった
殴るだけが闘いじゃないとここに来て即座に判断し、できることをすると決めたからだ
無力さで下を向いてる暇はない
それはその空気に感化されただけの熱病の様なやる気だったのかもしれない
それでもリンファは懸命に働いた
アグライアやグリフももちろん現場の窮状にすぐ手を貸したが、リンファはついてから夜更けまで片時も休まなかった
そして夜更けになり、リンファは患者の世話を現場の人間にお願いされる
厳重に顔を隠し、ローブを着込んでリンファは患者の世話に回る
皆痛みと苦しみで目をつむっても眠れず呻き続ける
リンファはそんな患者を懸命に看病する
リンファに回復魔法は使えない、治療の知識もない
けれど食事の世話をしたり治癒士の補助はできる
厳密にいえばできるわけではないけど、やらなければならない状況がここにはある
「う、ううう……ゴブリン……ゴブリンが……!」
リンファが食事を持ってくると、その患者は意識がないのかうわ言を呟きながら体をよじっていた
よじった拍子に毛布がずれ、体から落ちる
「しんどいですよね……今かけなおしてあげますから少しだけ我慢してくださいね」
リンファは苦しそうな患者の体を支えながら毛布を拾い上げ、掛けなおしてやる
その時不意に暴れだしたその患者の手がリンファの顔を隠していたローブをはぎ取ってしまい、その患者の眼前に緑色の肌が露になってしまう
自分の仲間と、自分の大事な右腕を奪い取ったあの憎たらしいゴブリンらしき顔が突如その患者の視界に映ってしまったのだ
「うわあああああ!! ゴブリンが!ゴブリンが!ああああああ!」
その顔を見て錯乱し始め、患者は猛然と暴れ始める
リンファは最初「違います! 僕は……」となんとか説得しようとするも男の混乱は収まらず、リンファの制止も聞かずに暴れ続ける
どこにそんな力があったのかわからないほどの腕力で暴れ続け、大声で叫び続けていると辺りの人間も何があったのかと集まり始め、リンファを見て動揺しはじめる
錯乱した患者は近くの物を手あたり次第壊しながら、リンファに殴りかかる
拳や脚がリンファの至る所に叩きつけられ、皮膚を割き緑の血が滲む
リンファからすれば半死半生の怪我人を押さえつけ制圧することなどたやすいだろう
だがその男は泣きながら前後もわからず目の前のリンファを叩き続けている
『今この攻撃を下手にかわしたら他の場所に体を打ち付けてもっとひどいけがを負ってしまうかもしれない』
リンファはそう思うとかわすことも制圧することもやめ、殴られ続けた
殴られる場所を選び、その攻撃を誘導する
できるだけその患者が怪我をしないように、怪我を悪化させないように
傍から見れば一方的な暴力に見えただろうが、リンファはその攻撃をスパーリングのようにコントロールしていた
やがて物音を聞きつけたアグライア達がリンファの元に駆け付けようとするが、リンファは動かないように叫ぶ
やがて錯乱していた患者が落ち着き始め、ゆっくりと寝息を立て始める
リンファはその肩を支えて寝かしつけてやった
「もう大丈夫だと思います アグライアさん、この方に回復魔法を少しだけかけてあげていただけませんか?」
「あ、あぁ……リンファ、お前は大丈夫なのか? 早く傷の手当をしたほうが」
「僕は大丈夫です、ちゃんといたくないように受けていたので……」
体の土を払い、リンファはゆっくりと立ち上がる
寝息を立てていた患者が、うっすらと涙を流しながらボソリとつぶやいた
「来るな……いやだ……!返せよ、俺の腕を返せよぉ……!」
そして肘から先のない左腕を右腕で必死に探し、やがておとなしくなった
「ここまでする必要があるのか……!?」
リンファは奥歯を噛みしめながら呻くように呟く
患者の多くは腕のどちらか、若しくはその両方を失っていた
その傷口もひどいもので、明らかに意図的にそういうダメージを負わせている
これが戦いだ、命のやりとりだといえばそうなのかもしれない
「けれど、それにしたってこれはあまりに意図的じゃないか!」
不意に思っていたことを口に出してしまうリンファ
「んー、まぁこれが戦場だからなぁ しゃあないべ」
その言葉を自分に問いかけたものだと勘違いしたグリフがこともなげに反応してしまった
「し、仕方ない……!? グリフさん、これがしかたないっていうんですか!?」
「な、なんだよ! いきなり突っかかんなよ! そりゃひでぇなぁって思うけど、お互い命のやりとりしてんだぞ?」
グリフは言いながらテキパキと患者の血と汁で汚れきった毛布やシーツをまとめていく
「死にたくないから殺す、殺されたくないから策を練る そもそもここにいる連中もオイラもゴブリン殺しに来てんだからお互い様だろ」
リンファとは対照的にグリフは極めて事務的に手際よく作業を進める
よく言えば手際よくだが、見方を変えれば思いやりなどを感じない淡々とした動きだった
呻く患者には一切目もくれず、作業をこなすといった感じで
「そりゃこんな大けが負わされてむごいなぁとは思うよ? でもそれに怒りを感じてもしょうがないべ、そういう商売だしよ」
「どうして……どうしてそんな言い方ができるんですか……!?」
グリフのあまりにドライで突き放した言い方にリンファは思わずかみついてしまう
当のグリフはそんなリンファの雰囲気など気にもせず、更に思ったことをきわめて軽く言い返す
「おまえさぁ……わかってる? 道中逃がしたゴブリンがここにいる連中の誰かをこんな風にしちまったかもしれないんだぞ?」
グリフの何気ないその一言に、リンファはまるで頭を殴られたような衝撃を感じた
「そ、それは……!」
「オイラは死にたくねぇし、おいしい生活がしたい だから働いて手柄を狙ってここにきた」
「多分みんなそうだべ、みんな戦って飯食うためにここに来てんじゃねぇの?知らねぇけど」
そういうとリンファの言葉を待たずにグリフは鼻歌交じりで荷物を持って去っていく
リンファはその後ろ姿を呆然と見つめる
リンファの肩に「仕方がない」という言葉が重くのしかかった――




