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4.忌み嫌われた村と幼馴染


朝霧が漂う人里の入り口

細い煙が立ち上がり、民家の影が揺れる



リンファが足を止め、震える声で呟く

「僕は…村には入れません……」

首に巻かれた母ミリアの形見、青い布切れをぎゅっと握る

指先が冷たくなる


かつての村人から石を投げられ迫害された記憶が蘇る

「化け物」と罵られた声が、耳にこびりつく


アグライアが剣を杖に、息を切らして振り返る

「入れない……?どういうことだ」



リンファが目を伏せ、「ここにいたら…穢れた化け物って、また嫌われるから…」

声が小さく途切れる



アグライアが息を吐き

「ここにいたくない理由はなんとなくだが理解した、だがここでお前を逃がすわけにはいかない」

「えっ……」


「お前の討伐命令はまだ騎士団から撤回されていないだろう、そんなお前を野に放つことはできない」

そういいながらアグライアは悩み、言葉を選ぶ

「だが、命令で受けていた特徴とお前は違いすぎる、それにあの力だ」


しばらく悩んだ後、意を決したようにアグライアがリンファの腕を掴み半ば強引に村へ引き入れる

その手はとても冷たい

「討伐するかどうかは別として、お前を国に報告するまで逃がすわけにはいかない、それに……」


掴んだ手を震わせながら、言う

「お前に助けられた恩は、返すべきなんだろうな」


その震えを感じたリンファは、何も言えずに歩を合わせた

冷たくて弱々しいその手を振り払えずに、村の入り口を抜けた



木造の家々が軒を連ね、屋根から煙が立ち上る

鶏が鳴き、遠くで子どもの笑い声が響く


しかし、村人がリンファに気づくと奇異と嫌悪の視線が突き刺さる

「穢れが来たぞ…」「緑の肌、気味が悪い…」

囁きが風に混じる

リンファは肩を縮め、視線を伏せながら小さく歩く

その視線が、心無い言葉が責め立てる



その状況を看過できず、ため息交じりでアグライアが吠える

「聞け、村の者!このモノは神聖騎士団の私アグライアに関わりがあるものだ、無礼は許さん」


携えた剣が朝日に光り、村人が顔をしかめて後ずさる

だが、目には侮蔑が滲んだままだった



道を進む

リンファの足が重い

石畳を踏むたび、膝が震える

村の空気が、胸を締め付ける



その時、道の先から明るい声が響く


「リンファ!?」


その声にリンファの肩がゆれる

顔を上げた先から長い黒髪の少女が、目を輝かせて駆けてくる


「ミナ……!?」


ミナと呼ばれたその女の子は、その声に優しく微笑む

粗末な麻の服に、土のついた手

だが整えられた髪や手入れの行き届いた衣服から、キチンとした生活が伺える


ミナがリンファの前で立ち止まり、弾ける笑顔で叫ぶ

「リンファ!生きてたんだ!?」


その声に、リンファの体が揺れる

「う、うん……元気だったよ……」

「やっと会えた!ずっと心配してたんだから!」

コロコロと表情を変え、嬉しそうにはしゃぐミナ


リンファはその姿に安堵し、昔の思い出があふれ出す


森のはずれ、木々の陰で隠れて笑い合った日々

石を投げる大人から守ってくれた、小さな背中

彼女はいつも明るく元気にリンファに気をかけてくれた


「ミナ、覚えててくれたんだ…」

「当り前じゃない!忘れようがないよ!」

リンファの唇が微かに上がり、緑がかった頬がわずかに紅潮する



だが、その二人を見る村人達はとても冷ややかだ


「ミナの奴、異形とベタベタと気持ち悪い」

「アイツは子供の頃から異形と付き合う、そういう人間だよなぁ」

囁きが風に溶け、鋭く響く


そんな時、ミナがくるりと振り返る

「何か問題があるんですか!?はっきり言ったらどうですか!?」

小さな拳が震え、声を張り上げる


その言葉にバツが悪くなったのか、村人が言葉を潜めそそくさと去っていく


「君らは以前からの顔見知りなのだな」

アグライアが歩きながら声をかける

リンファが小さく頷き、ミナが笑う

「違うよ騎士さん!リンファは大事な友達なんだ!」

その明るさに、リンファの胸が温まる

ミナの笑顔が、凍えた心を溶かす


「ずっと村にいていいからね!前みたいに一緒に遊ぼう!」

「ミナ…ありがとうでも…僕、ここにいると…」


その言葉をミナが遮る

「私がいるから大丈夫!安心してね!」

その声に、妙な力がこもる


ミナはあの頃と変わらず優しい

思わず涙が緑の肌に伝った



それからしばらく歩いた先にそれはあった

村の中央に立つ大きな建物

この村の象徴であるかのような位置に建築されているのに

不自然なほどに老朽化した建物が佇む


屋根の一部は抜け、壁に大きなひび割れ

窓は板で粗雑に封じられ、膝まで伸びた雑草が敷地を覆っている


ここはかつてリンファの母、ミリアが暮らしていた場所

ミリアはその卓越した神聖回復術から、村の医療をこの場所で担っていた


窓枠に刻まれた「化け物」の文字

石で削られた壁の傷

「穢れの女」と殴り書かれた跡

迫害の爪痕が、色褪せず残る


ミナが指さし、「ここなら居ても大丈夫だよ!騎士様の手当てもしなきゃね!」

くったくなく笑うミナ


「随分と立派な建物だな……神聖術の紋があるという事は医局所か」

リンファが呟く「ここ…お母さんの住んでいたところ……」

「そうか……そういうことか……」アグライアはそういうと言葉を止めた



リンファがここで暮らした記憶はない

母ミリアが、遠くからこの建物の事をわずかに教えてくれた程度

張り付いた笑顔で「いいところだった」と呟く母がとても印象的だった


建物に踏み入る

扉が軋み、埃が舞う

崩れた天井から薄光が差し、床にガラス片が散らばる

壁に残る「出て行け」の刻印

「化け物の子」と殴り書かれた跡


「お母さん…ここでどんな気持ちだったんだろう…」

形見の布をなぞる――



「ごめんね、宿屋とか他の場所だとリンファが村の人の目を気にしちゃうと思って……」

「大丈夫だよ、ありがとうミナ」

その言葉にミナが笑う

「埃っぽいけど、大丈夫だよ!私も一緒にかたづけるから早く休もう!」

リンファが小さく頷く



アグライアが崩れたベッドに腰を下ろし、傷を押さえる

包帯が赤黒く染まり、血が固まっている

ブツブツと小さく呪文を唱え、光る手のひらを傷口にあて回復を始める


「すまない、傷口の周りを洗いたいので水をもらえれば助かる」

「わかりました、水と……何か綺麗な布を持ってきますね!」

ミナがテキパキとその場を離れる


部屋を片付けながらリンファは壁の傷を見つめる

「化け物」「穢れ」

悪意の文字が目に焼き付く


少ししてミナが戻り、布袋に水と綺麗な布、干し果実を持ってくる


「クルピの実、覚えてる?昔みたいに分けっこしよう!」

笑顔で差し出す

「ありがとう、ミナ」

少しだけ恥ずかしそうに、だが嬉しそうにリンファは受け取る


果実を口に運ぶ甘酸っぱい味が、懐かしさを運ぶ


リンファが目を伏せ、つぶやく

「ミナは…小さい頃から優しいよね……」

言葉が途切れ、布を握る



アグライアが咳払いをして空気を軽く払う

「軽くだがなんとか動ける程度には回復できそうだ ありがとう」

「はい!お役に立ててうれしいです!」

そのやりとりにすらリンファは笑顔をこぼした



だが、アグライアの疑念の目がミナを捉える

『妙な違和感だ……この子、こんな廃墟に平気で招くか?

母親の生家とはいえ、こんな惨状の場所に……』

そう思いながら足元に転がるガラス片を手に取り、無造作に放った




陽が傾く

廃墟に夕闇が忍び寄る


埃っぽい空気が重い


リンファは崩れたベッドに座り、形見の布を握る


ミナの笑顔が、温かい

だが、壁の傷が心を締める


静寂が建物を包む

外の木々がざわめく



リンファが疲れと、ミナのふるまいに安心したのか眠りについた頃

隣の部屋で寝息を聞いたミナがそっと立ち上がり、闇に溶ける



建物の裏、朽ちた井戸のそば

苔むした石に月光が落ちる


ミナとアグライアが向き合う

月に照らされた二人の影が長く伸びる


「こんなところに呼び出して、何の用だ?」

「……なんで生きてるんですか?」

ミナの声に冷たさが滲む

笑顔は消え、目が鋭い


「途中で逃げさせられたからわからなかった、山が燃えてたから死んでると思ったのに……」

「! お前あの時の……」


「なんで騎士様があれと村に来るんですか、騎士団はあれを殺しに来たんでしょ?」

「騎士団に密告した案内者……!」

「ダメじゃないですか、神に仇?とかを成す化け物なんでしょ?」

ミナが唇を歪め、奇妙に笑う


「騎士団がみんな揃えば、ちゃんと処分してくれますよね?騎士様」

言葉に嘲りが混じる

風が冷たく吹き抜ける


「……本隊への命令が撤回されていなければそうだろうな」

アグライアが静かに呟く



「そっかぁ、すごく嬉しいなぁ」

ミナが笑う


「リンファを処分する時は、あの建物に吊るしてくださいね」

先ほど見せた、屈託のない明るい笑顔がとてもグロテスクに浮かんでいた



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