39.同行
『あのグリフとかいう奴、色々な意味で危なすぎる……』
月明かりがかろうじて辺りを照らす森の夜道、魔法で光を灯すもそれはあまりに頼りない
アグライアは街道に戻る道すがら、改めてグリフの危険性を感じていた
しっかりとアグライアの腰を掴んで馬上でウトウトとするリンファの手を握りながら、チラリと後ろを見る
その視界にはグリフが馬を面倒くさそうに乗りながら、だらしなくあくびをしているのが映る
『冒険者と接触する機会はこれまでほとんどなかったが、こういう人種ばかりなのか……?』
手柄と報酬の為に何も考えずにズカズカと行動され、結果最悪の状況を作り出されてしまった
あの時なんとか撃退できたからよかったものの、下手をすればとんでもない大けがを負っていた可能性がる
自分ならともかくリンファには回復魔法はおいそれと使えない以上、無駄な危険は負いたくないというのに……!
「グリフ、お前どこまでついてくる気だ……?」
「へ? どこまでって…… お、俺には任務があるからな!と、特命って奴よ!」
ボケっとしてるところに突然声をかけられて焦ったのか、グリフは声を上ずらせながら慌てて返答する
「白々しい……!そんなものを持っていないのは見え見えなんだ、これ以上私たちの邪魔をするなら只では済まさんぞ」
「おいおいアグライアさんよ、只では済まさないってどうするってんだよ」
何もできないと高をくくってグリフは鼻で笑うと、そんなグリフをアグライアは冷たく睨みつけた
「貴様を二度と冒険者ができないように痛めつけるくらいのことをすると言っているんだ」
アグライアはそう言いながら携えた剣を鳴らす
乾いた金属音が妙に冴えて聞こえ、グリフはつばを飲み込む
「こ、こええなぁ! 冗談でしょ?同じ冒険者仲間じゃあないですか! お二人が強いのは十分わかってます、雑用でもなんでもしますからおそばにおいてくださいよ!」
「夜が明けたら飛翔島に帰れ、帯同は許さん」
「そ、そんなぁ! オイラ役に立ちますよ!さっきはちょぉっとミスっちゃったけど、靴磨きから偵察までなんでもできますんで!」
「必要ない!」
「つれねぇなぁ、アグライアさんたちオルファン要塞の攻略に参加する気なんだろ? そこまでは一緒にいこうぜ」
思いがけず目的地の名前がグリフから飛び出し、アグライアは言葉を失い目を丸くする
「お?図星って顔だね? オイラ色んな冒険者の随伴……というか小間使いしていろんな情報を集めてるんだよね」
こっちのターンが回ってきたと言わんばかりに目を輝かせ、調子よくグリフの舌が回りだした
「最近腕っききの冒険者がこぞってギルドにこねぇし、団長の一番の部下のグレイの姿が見えなかったんだよね」
楽しくなってきたのかグリフはもぞもぞと懐からメモを取り出す
今度はアグライアがグリフの言葉に息を呑む格好となった
「えぇっと……最近鉱石採掘所で転移とかに使う純度の高い魔鉱石が市場に回らずにギルドに回されてんだよね、オイラ帳場の手伝いもするから魔鉱石の数字メモってたんだけど、多分これ大規模な作戦行動してるってことじゃんか?」
「魔鉱石事態を転移させることが確かできないはずだから、多分現地は魔鉱石が欲しくてたまらねぇはずなんだよ 連絡にしても輸送にしても転移魔法は必須だものね」
「お前……まさか……」
「へっへっへ……採掘所に出入りしてるって言ったろ? これを現地に持ち込んだら大手柄だぜ」
そういって懐からジャラジャラと魔鉱石が入っていると思われる革袋を自慢げにグリフは見せつけた
「それにその緑肌、この前商業区でマイヤーの親父相手に大暴れした奴だろ? あの腕自慢相手に圧倒してたからよぉ、相当の手練れだって思ったね」
転移魔法を発動させる場合、専門教育を受けた資格者が数人がかりで長時間で詠唱することが必要となる
神聖騎士団などはその資格を持つことをかなり重要視されており、アグライアも転移魔法の教練を受けていた
転移魔法は人だけで発動させる場合多くの専門的な人間が必要となるため、拠点などを設置する場合は魔法陣や魔鉱石を用いた設備的な転移システムを組む事も珍しくない
『そうか……考えてみれば現地は大規模な人数が駐留しているのだから、転移魔法は人ではなく設備で発動させるのがメインになるのか』
そしてアグライアは出発前にセルクが言っていたことを思い出す
【死人の数は少ないが、膨大な怪我人が出ている】
恐らく怪我人は転移魔法で飛翔島に搬送されている、ということは魔鉱石が枯渇すれば拠点が機能しなくなってしまう……!
「どうしちゃったのアグライアさん?もしかしてオイラの重要性わかっちゃった?」
「その魔鉱石の出どころはどこだ……?」
「そりゃあお互い詮索しないのが身の為でしょう~? ひとつわかってるのはこの魔鉱石を現地は絶対欲しがってるってことよぉ」
袋から一個だけ取り出し、うっとりと眺めるグリフ
「これだけ純度の高い魔鉱石、目利きの採掘人じゃなきゃ掘れないんだよねぇ これ一粒で300人くらいは転移させられるもんにぃ」
わざとらしく粘っこい喋り方に思わずイラっとするアグライアだったが、グリフはさらに調子に乗る
「このままじゃオイラ置いてかれそうだから自分の手札を全部見せたんだぜ? 現地につくまでアンタらの邪魔はしねぇ!ゴブリンも無理して殺さねぇ!だから連れてっておくれよ、その方が得だろぉ?」
グリフの芝居がかった願いに奥歯を噛みしめながらアグライアは考えこむ
その時後ろで眠っているリンファが少しバランスを崩しそうになったので、腰に回されている手を握って体勢を整えてやる
言葉にならない寝言を言ったかと思うと、また静かな寝息を立て始める
握った手を優しく撫でてやると、アグライアは意を決して口を開いた
「……3つ条件を出す、それを全部呑んだ上でこちらの行動に従うなら拠点まで帯同してやる」
「おう!やるやるなんでもやる!いいねぇそうこなくっちゃ!」
「一つ、現地についたら我々は他人だ 随伴者などと口が裂けても言うな」
「いいのかい? 手柄わけなくて済むからオイラは願ったりかなったりだけど」
「そんな手柄は必要としていない、出世とやらの糧にするんだな」
「二つ、お前の持っているオルファン要塞の情報を提供しろ 些細な事でも何でもだ」
「えー、情報ってのはタダじゃねえんだけどなぁ……まぁそれくらいならいいよ、現地についたらほとんど無価値になりそうだしな」
「これまでの戦闘結果や怪我人の搬送状況、現地の人間が持ち帰ってギルドに上がっていない情報なんかを優先にしろ」
「そして三つ目、これが一番重要な事だ 心して聞け」
おどけて耳を傾けるグリフを睨みつけるアグライア
「緑肌という蔑称を二度と口にするな、この子の名前はリンファだ リンファに対しての無礼な態度は絶対に許さん」
「……なんだって? この卑怯者の緑肌共におべんちゃらを使えってのか? この角牙の民のオイラが!?」
二人の間に緊張が走り、空気がひりつく
さっきまで調子よくおどけていたグリフが不愉快さと敵愾心をむき出しにする
「種族間に過去何があったかは知らんし理解する気もない、他種族が訳知り顔をされても不愉快だろう」
「わかってんなら口を挟むなよ、オイラのじいさんは緑肌のせいで戦死してんだぞ!」
まるで種族の代表になったかのように緑の民への恨みを口にするグリフ
「緑肌のせいでこんな知らねぇ国で石ころ掘って暮らす羽目になってんだ!それぐらい言わなきゃ気が済まねぇよ!」
歯を向き睨みつけ、決して折れようとしないグリフをさらに強い目でアグライアは睨みつけた
「もう一度言うぞ、よく聞け リンファだ 緑肌ではない、この子は貴様の祖父を殺したものでもなければ飛翔島に追いやったものでもない、私の大事な友人のリンファだ」
「リンファに対して無礼を働けば、私は貴様を許さんぞ……!」
「……わかったよわかりましたよ! リンファ!リンファ様ね!美しい緑色のお肌をお持ちのリンファ様!」
その言葉を不愉快に感じ睨みつけるアグライアと、これまた納得がいかず不貞腐れるグリフ
『くそう……屈辱的だぜ……でも我慢だグリフ、お前は出世するためならなんでもするってあの日に決めただろう?』
グッと奥歯を噛みしめてグリフは胸に手を当て深呼吸をする
その時、グリフの胸元から何か布のようなものが零れ落ちる
「んん……ご、ごめんなさい もしかして僕寝ちゃってましたか?アグライアさん」
そうこうしているとリンファが寝ぼけた目をこすり眠りから目覚める
「体は大丈夫か?気にするな、夜が明けるまではゆっくり休んでおくといい」
「だ、大丈夫です……歩きますね」
そういいながら馬上から降りるリンファだったが、戦闘の疲れがあるのか少し足元がふらついてしまう
「無理するなリンファ!夜の山道なんて誰もいないんだから気にせず馬に乗ってくれ」
「えへへ、バランス崩しちゃっただけなので……あれ?これなんだろう?」
リンファは足元に転がっている布のようなものに気づき、何の気もなく拾いあげる
その布には小さな子どもが書いたようなたどたどしい文字で「 ぐ り ふ わ ー む 」と記されていた
その横には何やら顔の様なものも描かれているようにも見えた
「あの……グリフさん……」
「あぁ!?なんだよ緑……リンなんとかさんよぉ!」
「こ、これグリフさんの落とし物ですか……?」
グリフの剣幕に気圧されながらおずおずと落ちていた布を差し出す
「何がだよ……あ!?てめぇこの!」
リンファの手にあったものが何かわかった瞬間、ひったくるようにグリフは掴み取った
その勢いに思わず尻もちをつくリンファ
アグライアは即座に馬を降り、こけたリンファの体を支えた
グリフはそんな二人に目もくれず、お礼も言わずにその布を必死に胸ポケットにしまい込み身を固くする
その布の裏には小さな字で「 おにいちゃんへ 」と書かれていた―――
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