36.追跡者
移動を始めてから3日目の夜、二人は初めて街道を逸れて野営をすることにした
街道には粗末ではあるが夜露を凌ぐための小屋などが複数建築されており、移動する者に無料で提供されている
その日はたまたま夕暮れにたどり着いた小屋は全て使用者がおり、それなら少し移動して森で野営をしようという事になったのだ
そしてその夜、二人はわずかな違和感に気づく
「リンファ、気づいたか?」
「はい、ちょっと変ですよね……」
ここに至るまでの数日も、その存在にはきづいていた
誰かが少し離れた位置から同じペースで自分たちを移動をする者がいる
とはいえ一本道の街道である以上、数日移動方向が一緒になるというのはない話ではない
安全対策などがされているとは野盗などがいないとも限らないから
常に人が見えるように移動したい人もいるだろう
だが、この状況はおかしい
「野営の為に森に入った私達をわざわざ追いかける理由はないはずだ……」
「ですね、遠目にうっすら見た限りですがここ数日後ろを馬でついてきてた人だと思います」
リンファの夜目の強さに今更ながら感服するアグライア
「相手は一人だと思うが、どうだ?」
「僕も一人だと思います……多分まだこっちが気づいてることに気づいてません」
「そうか……」
相手に気づかれないように小声で話した後、アグライアはしばし考え込む
「……このままついてこられると厄介だ 相手の目的が分からない以上、先手を打った方がよさそうだな」
「じゃあ撲が後ろに回り込みます、位置についたら合図で口笛を鳴らします」
「わかった、それを聞いたら焚火を消して相手に勧告する、何かあれば挟み撃ちでいこう」
「わかりました」
そういうとリンファが物音ひとつ立てずゆっくりと森の闇に融けていく
焚火の火を見ながら辺りを伺うと、森の風と木々のざわめき、動物の息……そして追ってきた何者かが出す物音が響く
『こいつ……追手にしては仕草や行動が雑すぎないか? 私でもどこにいるのか見え見えだぞ』
さっきからガサガサ、バリバリ、ゴソゴソと森ではおおよそ聞こえないだろう衣擦れや紙を破る生活音が小さく響く
なんなら小声で「今日はここかぁ……」とか独り言すらも聞こえてくる始末だ
思い込みは危険だとわかっているが、もしかしてこいつバカなんじゃなかろうか?
そんなことが頭に浮かんで慌ててその考えを打ち消すアグライアの耳に、鳥の鳴き声の様な高い音が飛び込む
リンファの口笛だ!そう思い焚火を消そうとすると
「ひゃああああなになに!?獣!?モンスター!?ゴブリン!?ひいいいい!」
その口笛に狼狽した追跡者が悲鳴を上げながら自らの所在を明らかにした
そのあまりの狼狽ぶりにアグライアは焚火を消すことも忘れ、リンファも口笛を吹いたままのポーズで硬直してしまう
そんな状態でも未だビビり散らかしている追跡者に呆然してリンファの口から思わず息が漏れ、プヒョウみたいな変なメロディーが流れる
その音にも反応してしまうくらいパニックを起こしている様なので、アグライアは呆れながらセイクリッドチェーンで追跡者を拘束した
「な、なんだいきなり!あんたら失礼だろ! オイラはただここで一泊してただけだぞ!」
「ここ数日ずっと後ろをついてきておいてそんな言い訳が通るわけないだろ……ご丁寧に双眼鏡まで用意してこっちを見ておいて」
追跡者の荷物を確認したところ、こちらの特徴をメモした紙、双眼鏡、オルファンまでの地図……とこちらを追跡する気満々の道具がゴロゴロ飛び出してくる
飛び出してくるというか、捕縛した時点で足元に転がっていた
「追跡する気があるんならこんなに荷物を広げるなよ……こっちがいきなり逃げたら対応遅れるだろう」
「あ、そうか……って追いかけてねぇから!」
「まだごまかせると思ってるのかお前は……すごいな」
相手の粗忽具合に立場を忘れて思わずアドバイスまでしてしまうアグライア
「あ、あの……差し支えなければお名前を教えてもらってもいいですか? 僕はリンファです、別に偽名でもいいので……」
「あぁ!? 緑肌風情がオイラの名前を聞こうってのか 生意気だぞお前!」
「ご、ごめんなさい……!」
すごまれて思わず謝ってしまうリンファ
それをみて追跡者への締め付けを強めて鋭く睨みつけるアグライア
「私の連れへの無礼を詫びて名乗れ、この場合貴様を斬り捨ててもこちらは一向に構わんのだぞ……?」
「あ、アグライアさん!大丈夫ですから!」
「ヒィッ!す、すいまっせん……! オイラは角牙の民のグリフワーム……グリフって言います」
アグライアのあまりの圧に思わず種族と本名までペラペラ喋ってしまうグリフ
「角牙だと……?」
訝しがりながらグリフの被っていたフードを恐る恐る外すと、頭部には角牙の特有の牛の様な角が額から二本、確かに生えていた
まさかと思い腕も確認すると、これまた角牙の民の特徴である生半可な刃物な弾いてしまえそうな立派な鱗が備わっていた
「ほ、本当に角牙の民だと……!? お前、何故飛翔島の外に出ている、国内に侵入したとわかれば死罪の可能性すらあるんだぞ!?」
「へ、へへ……オイラこういうもんで……」
拘束されたままもぞもぞと芋虫の様に体をよじるグリフの首元から、見慣れた首飾りが零れ落ちる
「あ、これアグライアさんが持ってるやつと同じだ」
「冒険者の首飾り、色は……私と同じブロンズか」
「そ、そうなんす だから外にも出れるんすよ、納得でしょう?」
「そんなわけがないだろう、冒険者だろうと理由もなく国内に侵入すれば罪に問われるのは同じと聞く」
グリフの一挙手一投足にアグライアは疑念を感じずにはいられない
国外の人間が冒険者になれる場所というのは現状飛翔島しか存在しない
そして飛翔島の冒険者になったところで国内への入場など他国の人間がおいそれとできるわけがない
王都は他国の人間の入場をとても厳しく制限している、王都の真意としては【一歩たりとも国内に他国を侵入させたくない】なのだ
冒険者だから飛翔島を出ているという理屈は通用しない
リンファを緑の民の従者として連れているアグライアですら国内入場に際して非常に煩雑な手続きを行っており
(多くの書類はルカの手引きにより改ざんされてはいるが)
国内で他国の従者が行方不明、逃走などをすれば死罪も含めた非常に重い罪に問われることになる
この王都で他国の人間が生きるのは飛翔島以外では非常に厳しいのだ
「グリフと言ったな、貴様の目的はなんだ?相応の内容がなければここに貴様がいる理由にはならんぞ」
「そ、それはその、ほらあれです、に、任務……そう任務で!特命でここまで来ました!」
「特命ぃ?入国制限のある他国民の、しかもブロンズ冒険者にわざわざ?」」
「そ、それですよ!だからです!そんな難しい条件の奴を普通入国?させねぇじゃないですか! それだけ特殊性のある任務ってことなんす!」
「そんな理屈が通るものか! やはり怪しいぞお前、いますぐ飛翔島に帰れ!これ以上ついてくるならここに縛り付けてでも置いていく!」
「こんな!こんな真夜中の森の中で縛り付けて置いていくってんですか!?そんな非道な事ありますか!?オイラがなにしたって言うんですか!」
「数日後を付けてきていれば理由としては十分だろうが!」
「道中お二人に何かあってはいけないと陰ながら護衛させてもらってたんですよ!」
「口笛にビビッて大声上げる奴に護衛されるいわれなんかないわ!」
「用心深いっていってください!」
「やかましいわ!」
「オイラは絶対に帰りません!任務!任務が待ってるんです!責任感の強い男なんですオイラは!!」
「おのれ、まだ言うかコイツ……!」
縛られたまま必死に口八丁で言い訳をするグリフに怒鳴り返すアグライア
そんなやりとりを大変そうだなぁーとリンファは焚火のお守りをしながら見ていると、不意に森の気配が不穏に変わったことに気づく
木々のざわめきは聞こえるけれど動物の鳴き声が小さくなっていく……
「これ以上屁理屈をこねるなら警備の駐屯所につきだすぞ!」
「そ、そこをなんとか!」
「アグライアさん、静かに」
「ど、どうしたリンファ?」
「なんだぁてめぇ口をはさむな緑肌!」
「グ、グリフさんも静かに! 何者かが近づいてきます……それも複数人で」
リンファが耳を澄まし辺りを伺うと森のざわめきに紛れて枯れ木などを踏む足音が辺りから聞こえてくる
この重さ、足運び……
「相手は何だと思う?」
「それが……少し変なんです」
「変……?」
「ゴブリンと……ゴブリン以上の大きさの二本足の何かです」
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