33.青くまっすぐな瞳
「提案……ですか?」
「そうだ、私としても君の人となりを知ってしまった以上、命令だからと矛を向けたくはないからね」
そういうファルネウスの顔を見上げるリンファ
「提案の内容はとても簡単だ、君はここで緑の民として生きればいい」
ファルネウスがリンファの腕をそっと手に取る
「名前も変えて、緑の民の特徴である腕周りは隠してしまえば問題ない」
「今回の一件で少なからず顔も知られてるだろうが、それでも彼らは存外受け入れてくれるだろう、元々戦災で亡命してきた種族だからね」
ファルネウスは満面の笑みでリンファの肩に手を置く
まさに名案!という自信に満ち溢れた表情だ
「もちろんここで住みやすいようにこちらでも便宜を図ろう 具体的にはまず各居住区の代表には言い含めるとする、特に緑の民にはな」
「私が道化をするときに使っている瞬間変化用のマジックリングも供与しよう、これに関しては君が使えるかどうかの確認次第だがね」
どんどんと具体的に提案をしていくファルネウスに、口を開けてポカンと聞き続けるリンファ
「仕事は鉱石採掘がいいだろう、あそこなら職場は基本薄暗いし力仕事だ リンファ君の力ならむしろ重宝される」
「現場の人間は見た目ではなく仕事の内容と取り組みの誠実さを重視する傾向にある、そういう意味でもリンファ君の人となりならバッチグー!」
腕組みをしてなんとも複雑な表情のアグライアの後ろで移住用の書類のチェックをし始めるルカ
「何か正体に対してのトラブルが起きそうならルカ君が、最悪の場合は私が動く!もちろんアグライアも飛翔島で働いてもらうから離れ離れにはならない」
「君は運がいい、私がこの島で一番偉い天空宰相だったんだからねぇ!」
ふふん!とおどけて胸を張って見せる
「そうやって2年も潜伏していたゴブリンが居たという例もあるしね!立場的にはとても不本意だが!」
「ここで暮らす……考えたこともなかったです」
「そうだろうそうだろう、手に職を持って街で暮らす!とても楽しいぞ!もちろん時々は私の仕事を手伝ってほ」
「ごめんなさい、それはできません」
「しい――今なんて?」
キョトンとした顔でそれはそうですよね?みたいな表情のリンファ
喜色満面の笑顔で固まるファルネウス
無表情で手にしていた書類を床にぶちまけるルカ
それはそうだろうなぁという感じで目を細める複雑そうなアグライア
「ごめんごめん、天空宰相ちょっと聞き間違えちゃったかもしれない、ちょっとイカ耳にするからもう一回言って?」
「えと……こんなにも力添えしてもらったのにごめんなさい……僕はここに住むわけにも名前を捨てるわけにもいきません」
ファルネウスの猫耳が空も飛べそうなくらい横に向いて反りあがる中、リンファはうつむき話し続ける
「今回のことでたくさんの迷惑をかけてしまったことは自覚しています。ごめんなさい……」
「でも自分の身に起きているたくさんの事を、なかったことにして生きていくことはできません」
少しの沈黙の後、意を決したように顔をあげる
「もし生きているなら、僕はお母さんを助けたい」
「そしてゴブリンクイーンがお母さんを苦しめているなら、僕がこの手で倒します」
その目はあまりにも純粋でまっすぐな青い色をしていた
あまりの眩しさにファルネウスは眉間にしわを寄せ目を細める
「君が君のままで居れば王都から変わらず命を狙われ続けるんだぞ」
「はい」
「それどころかゴブリンクイーンからも襲撃を受ける可能性だって高い」
「覚悟します」
「私とルカ君、そして君の最大の理解者でリリーが敵に回るかもしれないんだぞ!」
「……!」
その言葉に言葉を詰まらせる
アグライアは何か声をかけてやろうとするが、その言葉を飲み込みジッとリンファを見つめる
「皆さんとは、戦いたくありません……!」
「でももし、その時が来て仕方がなくなったら……撲と」
「そんな悲しい覚悟を軽々しく口にするな!」
「えっ……!?」
その言葉を遮るようにアグライアが声を荒げる
「お前は私を殺したいのか?仕方がなかったら殺せるのか!?」
「そ、それは……」
「私はできない!……もうできないよ、どんなに仕方がない状況になったってお前を殺して納得なんてできない!」
こらえきれなかった涙が頬を伝う
「仕方がないなんて言うな、リンファ」
その涙は二人の頬に伝う
「お前の覚悟の隣に、私も並び立たせてくれ」
「アグライアさん……!」
『青臭いねぇ……』
居心地が悪そうにファルネウスは半眼で腕の毛繕いをし始める
「……リリー、リンファ君、申し訳ないが私は天空宰相として仕方がないことは割り切って行動をする」
そういいながらファルネウスは二人を睨みつける
「私はこの島と王都守るために必要だと感じれば君を討伐することを仕方なしとすれば行動に移すよ」
ファルネウスの鋭く無慈悲な視線を、リンファは何も言わずに受け止める
「だが、その仕方ない事態を避けるための努力は絶対に惜しまないことを誓うよ、宰相としてではなく君の友人としてね」
そういうと途端に大きなため息とともに表情をゆるめ、ファルネウスはおどけて見せた
「やっぱりこうなったかぁー、ここで平和に生きて私の手伝いをしてほしかったんだけどなああああああああ」
大げさに残念がるファルネウスの所作に驚くリンファ
そして更にリンファが驚く事をファルネウスは口にした
「お前の言うとおりになったねリリー!んじゃ君は騎士団をクビだ!さぁ辞表をだせぇい!」
「えっ!アグライアさん!?」
「わかりました天空宰相、既にしたためておりますのでご確認ください」
「承りました、あとの処理は私共にお任せください」
リンファの目の前でアグライアは唐突に無職になった
「そんな!ダメですよ!」
「落ち着けリンファ、元々もう神聖騎士団からは追われる身になっていたからこれは仕方がない事なんだよ」
狼狽するリンファにフフッと笑いながらアグライアは答える
「私は騎士団をやめて、そのまま飛翔島の冒険者ギルドに所属させてもらう」
「冒険者ギルド……?」
「そうだ、行ってしまえば国や団体からの仕事を請け負って冒険者に振り分ける元締めみたいなものだな」
説明を受ければ受けるほど目を丸くして理解できてない顔をするリンファ
「そう、そしてその冒険者ギルドは何故か私ととても仲良しなんだよ!運営権を握ってるくらい仲良し!不思議だね!」
「ファルネウス様、リンファ様にそんなことを言ってもまだ理解は不可能かと」
「わかってるよぉ……でも自慢したいじゃん……」
バツが悪そうに咳払いをすると、ファルネウスは少しだけ真面目な表情に切り替わる
「リンファ君、君は王都のお尋ね者だ 君は冒険者ギルドに所属はおろか国家の大小全てに関わることをこの天空宰相は絶対に許さない」
「だが私たちは一介の冒険者が誰と組もうが感知はしない、その冒険者に天空宰相として協力が必要であれば労は惜しまない」
真面目な顔がリンファの眼前でニヤっと破顔する
「もちろん冒険者の協力者にも対しても例外ではない、その協力者がお尋ね者のゴブリンハーフであろうともね!」
「わ、わぁ……!」
ファルネウスのその言葉に、思わずリンファの顔が喜びでゆるむ
「ファルネウス卿、私は神聖騎士団に出頭命令が出ていたのですがそれについては……」
「根回しは既に済んでいるから安心するといいよリリー、先日バルトジョン君が大変迂闊な失敗をしてくれたので実にねじ込みやすかった」
その言葉に表情を変えずに噴き出すルカ
そうかと思えば取り繕うように咳払いをしながら説明を始めてくれた
「先日の神聖騎士団の行動はアグライア様への尋問の為だったという事になっております、そして天空宰相の立会いで騎士団からの辞表の話がなされたという事になりました」
「アグライアの問題とされている行動は全部ガルドの命令ってことになってるから!いやーざまぁみろだわ!」
「お見事な観劇でございますファルネウス様、大変薄汚い権力者という風情で感服いたしました」
「うわー!ひどい言われようだ!」
いつもの感じで軽口を叩きあう二人を見てなんかよくわからんけど楽しそうでよかった!と笑うリンファと、若干引いてるアグライア
『どこまでが私情でどこまでが策謀なのかわからないなファルネウスおじさんは……さすがというかなんというか』
「リンファ君、君はこれから何かアテはあるかい?」
「ご迷惑をかけてはいけないので明日にはここを出ようと思います、できればゴブリンクイーンのところに行ってみたいとは思うのですが……」
「どこにいるかなんて王都ですら感知してないから、一筋縄ではいかないだろうねぇ」
どうしたものかと頭をかいて途方に暮れるリンファに、ファルネウスが話しかける
「傷が治るまではここにいるといい、それくらいの間は私が命令を抑え込んでおくよ」
「ありがとうございます」
「立場上君に情報を与えるわけにはいかないからね、傷が治ったらすぐにここから出ていきたまえよ」
ローブをひるがえしクルッと扉の方を向くファルネウス
その時ポケットから何かが落ちる
「あぁ、しまったな 大事な報告書を落としてしまった」
「ゴブリンクイーンの部隊と冒険者が戦っていると言われているエリアの情報を落としてしまった」
そうわざとらしく言いながら振り向かず歩くファルネウス
「ゴブリンクイーンを追うものには有益な情報になるだろう、冒険者が居れば現地で情報も収集しやすいだろうなぁ」
キョトンとするリンファの傍らで深く頭を下げるアグライア
そのお辞儀の先は当然ファルネウスの背中に向けて
「ありがとうございます、ファルネウス卿……いえ、ファルネウスおじさん」
「何の話だいリリー 私は自分のミスを呟いているだけだよ」
振り向かずドアに手にかけるファルネウスが、何か思い出したようにしゃべりだす
「あぁすまない、リンリンちゃんと呼ばないとお返事してくれないんだったね? 5歳の頃初めて会った私にそう言っていたものねリンリンちゃん?」
「……!? あああなんで今そんなことを!!」
「大事な友人の娘さんとの約束だもの、忘れるわけがない これからもよろしくねリンリンちゃん☆」
赤面して狼狽する様子を感じながらファルネウスは部屋を出て、ルカがそれに続く
扉を閉めた後、ファルネウスはルカに少しだけ寂しそうな表情を見せた
「ファルネウス様……心中お察しいたします」
「ありがとうルカ君」
少しの沈黙の後、ファルネウスは寂しそうなまま笑う
「リリーには危険な目に遭ってほしくないと願うのは、わがままかねぇ」
「いえ、当然かと思います」
「アグライアさん……ありがとうございます」
「いいんだ、今は傷を治すことに集中しよう その間に私もやるべきことをやっておく」
二人は視線を交わした後、言葉もなく握手を交わす
その手は共に燃えるように熱かった――




