304.八極剛拳 重ね蓮華掌
みんなの声が聞こえた時から、リンファは滅王から受けていた拘束に抵抗することをやめていた
滅王がガルドと言い合いリンファへの注目が薄れた時から、リンファはただ一つの事に集中していた
滅王……いや、蛮龍の山とばかりにそびえるその体をリンファは見つめ続けた
蛮龍の巨体に巡る魔力の流れ、魔力のほとばしり
それをリンファは必死に視たのだ
滅王が激昂している時も、仲間に攻撃が降り注いだ時も
やめろと叫んでいる時ですらも、その魔力の流れを視続けた
どこにある?
どこに異変を感じる?
どこが呪いの源だ?
必ず訪れる、その一瞬のチャンスの為に
仲間が作ってくれる、その瞬間を逃さない為に
リンファはその瞬間に全てをかけたのだ!
「やれーーー!」
ガルドの叫びが耳に飛び込む
リンファはその一瞬に狙いを定め、そこに飛び込む
滅王の赤黒い体が切り離されたその場所
その直下の蛮龍の頭骨のすぐ下に感じる不自然に入り乱れた魔力の奔流
まるでねじ曲がったホースのように歪に重なるその魔力の真ん中に、どす黒い魔力の塊を見た
リンファは踏み込むと同時に負傷でボロボロになっている右手で掌打を叩き込む
手から噴き出す緑の血が弾け、リンファの頬を掠る
その衝撃が手のひらから肩に抜け、体中に響き渡る
(いける……!)
さっきまであった分厚い膜の様な魔力の壁がなくなっていることをその手応えからはっきりとリンファは感じ取る
この力には、この魔力には覚えがある
「アグライアさんだ……!」
そう思った時、視界の端に大地の惨状が飛び込む
リンファが立っている場所以外は全て光に飲まれ、大地の欠片すら見えない
(考えるな、今はコイツを倒すんだ!)
リンファは乱れてしまいそうな感情を強引にねじ伏せ、叩き込んだボロボロの右手をそのまま蛮龍の頭蓋にあてがい強く抑え込む
そしてそれと同時に左手の拳を華開かせる
この時の為に取っておいた
この瞬間が来ることを信じて守ってきた
リンファはの無傷の左手は、この時の為にあったのだ!
無傷の左手を華の如く大きく美しく広げ、頭蓋にあてがったボロボロの右手めがけ
リンファはその左手を力の限り撃ち込んだ!
【八極剛拳 重ね蓮華掌】
蛮龍の分厚い頭蓋と脳の間に間にある隙間を右手の掌打で強引に抑え込み、その隙間を殺す
そして密着した頭蓋を左手にて撃ち込み、脳に魔導発勁を直接注ぎ込む
脳の中央に巣食うどす黒い魔力の塊
蛮龍の一族を長きに渡り縛り苦しめた神代王の呪いの力
それが流れ込む魔導発勁に共振し、その振動は存在の維持を困難にしていく
まるで超音波洗浄機に当てられたかのようにそのどす黒い魔力はその結合を無くし、みるみるうちに粉々になっていく
蛮龍の体が震え、翼のはためきが大地を包む
足下で巻き起こる爆発と爆風がをかきけすほどの絶叫の咆哮が、天に響いていく
その咆哮は上空を彷徨う仲間の蛮龍に届き、その蛮龍たちも鳴く
爆発と咆哮、そして眩い光に囲まれながらリンファは撃ち込んだ体勢から身を動かすこともできずに立ち尽くす
そしてその膝が限界を迎えガシャリと落ちた時に、自らの右手の痛みを理解した
リンファの一撃は、それを今まさに破壊することに成功したのだ
「滅王の気配が消えた…… どうやらやったようだな この化け物めが!」
「ガルド……!」
杖を突きながらリンファに悪態交じりの声掛けをするガルドだったが、リンファはその言葉に我に返ったようにその身を翻し走り出そうとする
「待て! そんな体でここから飛び降りるなどただの自害だ、それを望むなら止めんがそうではなかろう」
「は、離せ! その手を離せガルド!」
リンファは見開いた眼を震わせながら足下で未だに発生し続けている爆発の渦中に飛び込もうとし、ガルドがそれをため息交じりに阻止する
リンファはボロボロの右手が痛むのも構わずガルドの手を振りほどこうとするが、完全に力の抜けたその手はその拘束を外すことはできなかった
「アグライアさんが! グリフさんが!あそこにいるんだ! 助けに……助けに行かないと!」
「あぁ、そんなことか」
「そ、そんなことだと!? ガルド! なんてことを!」
リンファが力の入らない体でガルドの襟首に掴みかかろうとした時、足元が明るく光りだす
それは大地ではなく、リンファたちが立っている場所
蛮龍が柔らかな癒しの光に包まれ、痛々しく開いていた傷口が見る間に塞がり、跡形もなくなっていった
「え……?」
あまりのことに何が起きたのかわからない顔をするリンファ
そんなリンファが掴んだ襟元をガルドは面倒くさそうに振り払うと大きなため息をついた
「カウンターヒールが随分うまくなったではないか、アグライア」
足元の爆発による光と音が収まり、吹き抜ける風が砂塵を吹き飛ばし視界を明らかにする
そこには……
「リンファの願いを、失敗するわけには行かないからな……!」
わずかに息を弾ませながら、満面の笑顔でアグライアがリンファ達に微笑んでいた
「あ、アグライアさん……アグライアさん! グリフさん!うああああああ」
リンファは視界に飛び込んできたアグライアとグリフに一瞬虚を突かれたように目を見開き、そしてワナワナと肩を震わせ大声で叫んだ
「し、死ぬかと思った…… この結界陣がミシミシ言い出した時にはさすがに向こうの妹が手を振ってるのが見えたぜ……」
グリフは大声で叫びながら手を振るリンファに半笑いで反応すると、手にした朽ちる寸前の羊皮紙を見てため息をつく
「アグライアさん、よくこんな紙に命かける気になったなぁ……、あのおっさんと一緒に転移しちゃダメだったのかい?」
「転移術は人数が増えたらその分移動までの時間が延びるからな……、お前だってそれがわかってたからあれを受け止める気になったんだろ?」
「オイラは……他のところに転移しようとしたらもうどこにも逃げ場がないことに気づいて腹括っただけだよ」
そういいながらグリフは苦々しくその羊皮紙をその辺にポイっと捨てる
その羊皮紙には仰々しく【エタノー領主 ヴァレリア・エタノー謹製 結界符】と書き記してあった
「まぁ勝ったから結果オーライだな……さて、リンファとおっさんのところに行こうぜ」
「いや、その必要はないみたいだぞ」
「へっ?」
アグライアの言葉にマヌケな声を上げながらグリフが振り向く
そこには嬉しそうな笑顔で両手を広げるアグライアと
その上空からこれまた両手を広げて満面の笑顔の……
涙を空にこぼしながら飛び込んでくるリンファの姿がそこにあった――――




