30.敗北
アグライアがリンファの元にたどり着いた時、そこは戦場だった
崩落している天井、散らばる木片、そして血だまりの中に倒れるリンファともう一人
目の前に起きていることが一瞬理解できず呆然としてしまうが
「リンファさんが!リンファさんと骨皮の親父が死んじゃう!」
と必死に叫ぶ声で正気に戻って駆けつける
「リンファ!なんでこんな傷だらけに……何があったんだ!?」
リンファの体は傷ついていないところを探すのが難しいくらいにボロボロの傷だらけになっていた
特に大きい腹部の傷は多少塞がってはいたものの、そこからさらに裂けたような見るに堪えないほどの傷になっており緑の血が止まらず流れている
肩口から踵まで走ったような傷痕は血こそ拭いていないものもどす黒く内出血を起こしており、周りの肉が腫れあがり熱を持つ
「考えてる暇はない……リンファ、痛いだろうが我慢してくれ!」
アグライアは出血の止まっていない腹部に回復魔法を全力で注ぎ込む!
魔法の煙が充満しリンファの身を焼くような異臭が漂うが、当のリンファは反応してくれない
浅い呼吸と傷口の焼けるような音だけが崩れた部屋に虚しく響く
「痛みに反応できないほど意識が混濁しているのか……ダメだ!戻って来いリンファ!」
もはやリンファへの気遣いや自身の魔力の配分などお構いなしに回復魔法を流し込むが、傷は遅々として塞がらない
「なんでだ!大きな傷とはいえこれだけ回復魔法を当てたら出血くらいはもう止まってるはずだろ!なんでだ!」
もはや悲鳴に近い絶叫をあげながら回復魔法を注ぐが、状況は変わらない
たたき割るように即効性のマジックポーションを一息にあおると、さらに回復魔法を注ぎ込見続ける
その美麗な顔から鼻血がこぼれだすが、それに気づきもせずにアグライアは必死に唱え続ける
「お、おねぇさん……だめだって……それじゃダメだって……あの……」
そんなアグライアに恐る恐る声をかけるリオ
「リンファ!リンファ!頼む!」
届いているはずの言葉に反応しないアグライアに、リオは耳元に叫ぶ!
「お姉さん!回復魔法じゃダメだって!」
「うるさい!どうしろというんだ!」
その言葉に思わずリオの襟首を掴んでしまい、慌てて手を離す
「すまない……!この行為に効果がでていないはわかっている、でもせずにはいられないんだ!」
そう言いながら魔法の詠唱に戻ろうとすると、リオが震える指でどこかを示しているに気づく
チラッと視線を向けると、何か赤黒い人形のような塊から何か細い音が聞こえてきた
「セイクリッド……エンチャントだ……ねえちゃん……あんた神姫警護団だろ……」
血を吐いているのか言葉を吐いているのわからないほどの吐血をしながら、何者かが消えるような小さな声で話していることに気づく
クラタが血の池に胡坐をかいて座り込みながら、アグライアに語り掛けていた
「ば、馬鹿言うな……!エンチャントは神聖術の付与魔法だぞ!大体そんな部隊聞いたことがない!冗談ならあとにしてくれ!」
「あー……80年くらい前に神聖騎士団に……かわったんだっけか……どうでもいいや……」
喉に詰まった血の塊を力なくせき込み吐き出す、血塊が地面にたたきつけられ汚らしく飛び散る
「そいつが喰らった技は……冥力だ……解呪を使うよりも……神聖術を付与して属性を……上書きしてやる方が手っ取り早いんだよ……」
その言葉に回復魔法を使い続けるべきか迷い始めるアグライア
傷は塞がらないのに回復魔法の影響で患部の周りが焼けただれてきていて、このままだとリンファの体力が持たない
「はやくしろ!俺はそいつまで……あいつに……殺してほしくはねぇんだ……!」
「く……セイクリッドエンチャント!」
その言葉を信じ、エンチャントを詠唱するアグライア
本来エンチャントは武器や防具などに唱える魔法で、人物や生体に唱えるように構成されていない
魔法の学習の際、誤った使い方をすることは重大な危険だと教えられている
アグライアはこの使い方がどのような結果を生むのかわからず強い不安に襲われる
だがその不安もリンファの明らかな状態の変化に吹き飛んでしまう
エンチャントにより体内に残留した冥力が消失し、さっきまでかけていた回復魔法が傷口をみるみる塞いでいった!
「き、効いた……!こんなことが……!」
「解呪も……付与も……元々この辺一帯の冥力汚染を浄化するために生まれたもん……だからな…根っこは変わらねぇよ……」
「あ、ありがとう!今あなたにも回復魔法を!」
「余計なお世話だ馬鹿野郎……手を止めるな、そいつ死んじまうぞ……」
その言葉に慌てて回復魔法の詠唱に戻るアグライア
「癒されてたまるかよ……やっと死ねそうなんだぜ……って、おいおいおいおい」
クラタは突然視線を明後日の方向に向けて驚きの声を上げる
「じいさん、アンタなんでそんな姿してんだ……なに?アンタも異世界……から……?」
「そうか……冥術の残滓か……こんなこともできたのか……きづ……かなかった……」」
驚いたかと思うと血を吐きながら声を上げて笑い始め、その光景に戸惑うリオ
「ほ、骨皮の親父……な、なんか見えてるの?」
「そ、そうか……ゴブリン……ハーフってのはそういう事だったのか……ひでぇな……ファミコンのバグじゃねぇか……」
リオの問いかけには一切気にもかけず、誰もいない空間に話しかける
「ファミコン……しらねぇのか……違う世界なのかな……スゲェ昔なのかな……」
「ま、まぁいいや……じいさん、俺達にはスゲェ力が神の馬鹿野郎からもらえ……る……」
息も絶え絶えに、もはや定まらない視点で虚ろにブツブツと話し続ける
けれど、クラタは少しだけ楽しそうに話しを弾ませているようにも見えた
「礼には及ばねぇ……よ……どうだ?俺の弟子は強いだろ……? あぁ、あんたの弟子もすごかったぁ……」
「あの日……不老不死なんて望まなきゃ……俺は……嫁さんと……子どもと……あぁ、あああ……」
さっきまで笑っていたクラタが突然嗚咽をこぼす
リオはその光景から目が離せず、じっと見つめてしまう……
「あぁ、くそ……傷が……え?いいのか……?」
「そりゃ助かる……なるほど魂を直接ね……考えもしなかった……」
ブクブクと口から血の泡を吹き、その瞳の瞳孔はもはや閉じることを知らない
けれどクラタは未だ動き続けていた
「では、頼む さようなら」
「なんとか傷が塞がった! 遅くなって済まない、次はあなたの……」
振り向いたアグライアの視界に映るのは、血だまりの中に頭から笑顔で倒れ伏している男と
その傍らに立つ、白髪の老人の蜃気楼
その老人はアグライアに深く手を合わせお辞儀をすると、風とともに消えていった
「い、今そこに誰かがいたような……」
「う、うん……」
「そんな場合じゃない……!そこの君!近くにきっと自警団が来ているはずだ、その人に宰相秘書のルカという人がいるから呼んできてくれ」
「わ、わかった……! リンファさん大丈夫なの?」
「死なせるものかよ……早く!」
手持ちのマジックポーションをその種類関わらず数本全て一息で飲み込み、アグライアは回復魔法を詠唱し続けた
目は充血し鼻血も止まらないが、それ以上に回復の詠唱を決して止めようとはしなかった
どんよりと暗い、黄昏時の様な大木の傍
リンファは膝を抱え、身を縮こまらせてその根元に座り込んでいた
その身にはたくさんの痛ましい傷痕が残っている
「派手にやられたねぇ、リンファ」
顔を上げずに座り込み続けるリンファに、先生は優しく話しかける
リンファは何も答えず肩を震わせる
「何に泣いているんだい?痛くて泣くのかい?」
首を縦に振る
「自分の知らないことをたくさん知ってしまったからかい?」
首を縦に振る
「初めて力いっぱいやって負けたからかい?」
首を縦に振る
先生はリンファの傍らに座り、そっと頭を撫でてやる
「一度にたくさんの事が起きて、耐えらないと感じちゃったのかい?」
その言葉にびくっと体を震わせて、力なく首を縦に振り続ける
「そうだねぇ、怖かったねぇ、痛いねぇ」
「でもねぇ、君は生きているよぉ」
先生は頭をなで続ける
「いろんなものに負けてしまうと、一歩も進めなくなってしまうよねぇ」
「でもね、そこから一歩進めれば君はもっと強くなれる」
先生はゆっくりと立つと、静かに踏み込みの稽古を行う
「どうだいリンファ、ちょっとだけ稽古してみないかい?」
力なく首を横に振る
「そうかぁ、それでもいいんだぁ 一歩は別に前じゃなくてもいい、後ろでも、横でもいい」
「でもねリンファ、その痛みはいつかの石を投げられた痛みかい?」
リンファがその時初めて顔を上げる
その視界にはうっすらと、でも確かにアグライアが映った
見た目なんか気にしない、目を真っ赤にして涙と鼻血を流しながら、それでも回復をやめようとしないアグライアの姿
「絶対死なせないぞ……!リンファ!帰ってこい!帰って来てくれ……!」
かつて自分の手を払った冷たい手が、誰よりも熱くその胸に添えられる
体中に痛みが走る、けれどこの痛みはとても嬉しい痛みだ
「そうだね、その痛みは君が必要だよって言ってくれてる痛みだよぉ」
ぐしぐしと腕で涙を拭い、少しだけふらつきながら先生の傍に立ち踏み込みを始める
何かを確かめるように、もう一度強くなるために
「立ち向かうんだねぇ、わかったよぉ」
先生がにこやかにほほ笑み、共に踏み込む
大木の空には、綺麗な朝日の光が差した―――




