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3.騎士と異形

霧の中、少し薄暗いけど気持ち悪さはない

リンファはどこか懐かしい場所に立っていた


目の前には大きな大きな一本の樹

しっかり大地に根付いた樹に、リンファはなんの疑問も持たず

いつも通りゆっくりと打ち込む


どしん、ぱしん、どしん、ぱしん

太ももの内側に力を込め、足裏に大地を感じながら踏み込む、手のひらを、拳を、肩を、背中を、体中を大木に打ち込んでいく



夢中で打ち込むリンファの視界にいつの間にか

白髪の老人が立っている

その目はとても穏やかでリンファを見つめている


「あ、先生……」

「リンファ、今日も丁寧な打拳だねぇ とてもいいよぉ」


先生と呼ばれた老人はニコニコとうなづく

「さっきの金剛鉄山靠も凄く綺麗だったねぇ、教えた私も鼻が高いよぉ」


どしん、ぱしん、どしん、ぱしん……

照れ隠しなのか、言葉を返さず打ち込みを続けるリンファ

少しだけ頬を紅潮させ、嬉しそうに技を繰り出す


その姿にうんうんとうなづく先生

「現実はつらいだろうよぉ、手を取ってあげられなくてごめんよぉ」

ほんの少しだけ表情を曇らせるリンファ、けれどその打ち込みは止まらない


「でもねリンファ、君は一人だけど、孤独ではないよぉ」

先生が大木に右手をそっと添える


「君が積み上げた八極剛拳は、君の血を超えるからねぇ」

老師の手が動き、ゆらりと大気が動く


一瞬遅れて大地が大きく揺れ、樹が震え、葉を雨の様に散らす

小さく非力に見える老人が手を添えただけなのに、その大木が大きく動いた


その力を目の当たりにして、リンファの口角が小さく、けれど嬉しそうに上がる

忘れないように、その身に刻み込むようにリンファはその技を真似る

どしん、ぱしん、どしん、ぱしん、


ズドンッ


その音に先生は目を細める

「おはよう、行ってらっしゃい」

やがて霧は濃くなり、老人とリンファを飲み込むように真っ白に消えて行った




森の奥、リンファは冷たい地面で目を覚ます

「うっ…夢…?」

首に巻かれた母ミリアの形見、

青い布切れが血に汚れている

頭に残る声

「君は一人だけど、孤独ではない」

誰かに言われたはずなのに、顔も記憶も曖昧でもどかしい

夜の闇の中、燃え尽きた小屋の灰が、かすかにくすぶって風に舞った


近くで、かすかな呻き声が聞こえる

リンファが顔を上げると、

木にもたれた女騎士が目に入る


アグライアだ


白と金の制服が血と泥にまみれ、

剣が近くに転がっている

神聖騎士団ご自慢の魔玉は泥にまみれていた


彼女が薄目を開け、静かに呟く

「生き残った……いや助けられたのか」


リンファがそれを見てゆっくりと声をかける

「大丈夫ですか…?」

だが近づくリンファに手を出し動きを制する

そのまま剣を拾い、切っ先を向ける

「近づくな お前が私を助けたとしても、信用はできん」


我ながらなんと身勝手な物言いだろうとアグライアは自嘲する

騎士にふさわしくない無礼なふるまい

だが相手は人ではない、人の言葉を発する化け物だ

化け物を相手に人の礼儀など必要がない


「何をたくらむ……私はお前を殺そうとしたものの一人だぞ」

アグライアの睨みに思わずひるむリンファ


「あ、危なかったから……助けなきゃって……」

「異形が人の様な口を聞く…… 一体どこで覚えた、殺した人の脳でもすすったか?」


「そ、そんなことはしません!言葉は……お母さんに教えてもらったんです」

「母だと?ゴブリンのお前に?」



怒気をはらむアグライア

「ゴブリンはあらゆる女の胎に寄生する獣だ

女の体内に幼体を埋めて育てる化け物

それを母だと……?貴様らゴブリンがこれまで幾人の女の胎を裂いて生まれたと思っている!」


「そ、そんな……!」


「当然の様に人の言葉をしゃべるか……!言葉だけではない、その姿、その瞳

お前が半分人間の形してるなんて、神への冒涜……忌まわしい!」

リンファが呟く

「お母さんは…僕を一生懸命育ててくれたと……思います……!」


母への思いを悲しい瞳でつぶやく姿があまりに人間すぎて

アグライアはバツが悪そうに剣を下ろす

「……もしそうであるなら、母の愛はあったのかもしれないな」

その愛は、歪んだものであったかもしれないが


その言葉を、アグライアは飲み込んだ





不自然な沈黙を振り払うようにアグライアが立ち上がろうとするが、失った血が多すぎたのかよろめく

左腕に深い傷が走り、血が滴っている

リンファが慌てて近づき、心配し手を差し伸べた

「その傷…ひどいです」


その手をアグライアは振り払う

「触れるな! 問題ない……!」

一人で再び立とうとするが、彼女の足が震え、体を支えきれずに木にもたれる

リンファが呟く

「このままじゃ…こ、殺されちゃうかもしれません:

アグライアが顔をしかめ、

「……何?」

リンファが立ち上がり、

「魔獣は、確かつがいで子もいたと思います

早くここを離れないと ち、血の匂いで呼んでしまうかもしれません」


アグライアが静かに返す

「……そうであれば何故一人で逃げない?私を助ける理由などないだろう」




リンファが拳を握り、目を伏せながら答える

「助ける理由なんてないです……

 でも、助けない理由もないんです……僕には」


「こういう時、多分人なら人を助けるのかなって……」


アグライアが息を吐き、

「……好きにしろ

だが、私がお前を信じると思うなよ」


リンファが頷き、

「じゃ、じゃあ行きましょう……ふもとの村まで案内します」


進もうとするリンファの肩から緑の血が流れ落ちる

アグライアはそれに嫌悪感を感じつつも、魔獣の習性を警戒した


「待て、まことに不本意だがお前の止血をさせてもらう」

言うや否や回復魔法を唱えるアグライアに慌てるリンファ

「まって!やめ……」

傷を癒し痛みを消し去るはずの神の加護である回復魔法

それがリンファの傷口をはしり、リンファに耐えがたい激痛を生み出した


「ああああああああ!!!いたいいいいいい」

あまりの激痛に警戒することも忘れ絶叫をするリンファ

「ぼ、僕に魔法を使わないで……!お願いします……!」

魔力のオーバーロードにより発生する魔法煙が傷口から立ち昇る

傷口こそふさがっているが、見るも無残に膨れ上がっていた


「そうだったな……お前は魔法が使えないどころか全ての魔法に耐性がなかったのだな」

『化け物め……』と心中でアグライアは吐き捨てた


異形の穢れであるこのゴブリンは魔法が使えない

そして魔法の耐性がない

騎士団からの情報通り、神の加護から外れた醜怪な化け物め……!



「も、もう大丈夫です…… ごめんなさい、行きましょう」

「……」


アグライアが剣を杖代わりに、黙って従う

二人が森を進む

木々の間を抜け、灰が風に舞う





しばらく歩いたところで、リンファが足を止め歩いてきた山の方を見つめる


「魔獣が吠えてる……多分僕らを探しています、早く麓まで降りないと…」

「お前が倒した魔獣の仲間か」


リンファが拳を見下ろし

「倒した……僕が倒した……

わからないんです、体が勝手に動いて……

アグライアが静かに呟く

「あの力も異常だ

爆発系の魔法術式に似てはいたが、詠唱もなしにあんなことはできないはず

そもそも貴様は魔法が使えない化け物だと聞いている」


「……はい、僕は魔法を使えません」

万物生きとし生きるものが大なり小なり持ちうる魔力

水に棲む魚も、地を這う虫ですらも魔法を使うこの世界で、リンファだけ魔法を使えない


「いったい何者なんだお前は……?」

あの力と異形の姿にゴブリンクイーンという脅威の影を見ずにはいられないアグライア


「僕は……僕は……」

『大丈夫だよぉ、君は……』


夢の中の、あの優しい声が背中を押してくれた気がした


「僕は……僕は人間です……!」





森の端

木々が薄くなり、

遠くに人里の灯りが見える

リンファが振り返り、

「村が見えてきました、あと少しです」

とアグライアに告げる


アグライアは流れた血が多すぎたのか、夜を徹しての移動で

息も絶え絶えだった


「何とか……辿り着けたか では、村に行くぞ……!」

その言葉に返事をしないリンファ


「ぼ、僕は村には行けません……」





朝餉の煙が立ち上り、民家にわずかな光が灯る

そんな立ち並ぶ民家の中央に、屋根が抜け壁が苔むした大きな建物があった

あの頃と何も変わらない



この村はかつて母が住んでいた村

母と自分を忌み嫌い、追放した村


「ここに…戻るなんて…」

村人に投げられた石の痛みが昨日のことのように

リンファの胸を締め付けた


かつて優しかったあの子の絶望に満ちた顔が、浮かんで消えた―――



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