297.我、破滅の王
神代王は自らの血塗れた手を見つめ、肩を震わせた
それと別の視界が憎いゴブリンハーフの顔を睨みつける
異なる視界がまるでデュアルディスプレイの様に同時に脳内に展開される
視力どころか聴覚、嗅覚すらも異なる二つが脳内に繰り広げられる
だがそれに脳は混乱しない
それが生まれてから今日までそういう生き物だったと錯覚してしまうほどに、それは馴染む
化物に成れ果てた
その事実が、神代王の心を深く傷つけた
『もうこの姿になってしまった以上、私は王でもなければ、人ですらない……』
神代王の流した血の涙が地面を焼く
「神代王……!」
リンファが血まみれの神代王を拳を握りながら睨みつける
ついさっきまで様々な感情を見せてくれた蛮龍の目は白く濁り、もうかつての面影すら感じられない
その体を我が物の様に扱う神代王に、リンファはこみ上げる怒りをとても抑えきれなかった
『やがてこの身も近い未来に崩れ落ちて、野辺に朽ちる ならば……』
神代王が手を広げると寄生している蛮龍の翼も大きく開き、真っ赤な稲妻がその翼膜より次々と降り注ぐ!
まるで神代王のの怒りを象徴するかのように、大地と空が赤い血と稲妻で燃え盛った
『貴様等全てを道連れだ! よくも私をこんな目に! 許さんぞゴブリンハーフ! 許さんぞぉぉ!』
「蛮龍さんを返せ!神代王おおお!!」
リンファが大地を割らんばかりの勢いで踏み込み飛び掛かると同時に、ガルドとアグライアは即座に回復の詠唱を破棄してリンファの援護に移る
「セイクリッドチェーン!」
アグライアが光の鎖を神代王を囲うように立体的に多重展開し閉じ込める
『何かと思えばこんな脆弱な鎖……この神代王を舐めるなぁ!』
神代王はその鎖を吠えながら翼を振るい、一気に引きちぎる
だがその鎖は引きちぎられるその瞬間に次々と連鎖爆発を引き起こし神代王の巨躯を痛めつける!
『な、なにぃ……!』
次々と巻き起こる連鎖爆発に痛みよりも驚きで戸惑う神代王を見て、ガルドがほくそ笑む
「総身に知恵が回っておらぬな神代王……! 貴様なら嬉々として鎖を千切りに来ると思ったぞ!」
ガルドはアグライアの肩に手を置きながら神代王の驚く顔を煽るように笑う
ガルドの手からはアグライアの放つ鎖に次々と魔力が注がれていた
『小細工を……!』
神代王がその目に怒りを灯らせながらその鎖を爆発などものともせずに引きちぎり、次々と大爆発が起こる
『どこだ!どこに行ったゴブリンハーフ!』
爆炎を消すために振るう翼から旋風が巻き起こり、その場は風と煙が渦巻く
「ここだぁ! 神代王!!!」
そんな爆炎と煙を切り裂いて、一気呵成にリンファが神代王の眼前に飛び掛かる!
『ゴブリンハーフ……!』
突如現れたリンファにわずかに驚くが、神代王はその手を突き出し魔法を展開する
神代王から繰り出される音速の熱線をリンファは歯牙にもかけず全て捌きながら接近し続けた
「こんなもの効くものか! 蛮龍さんから離れろぉぉ!」
リンファの目に躊躇などは存在しない、狙うは血にまみれた神代王ただ一人
神代王が憤怒の形相でリンファを睨み、次々と熱線を放つが、足止めにすらならずとうとう神代王の眼前にリンファがたどり着いた
「今すぐそこから離れろぉぉ!」
リンファは先ほどまで練り上げていた魔導発勁を惜しみなく開放し、その手を華の如く開く
手加減などしようはずもない、全身全霊でその一撃にリンファは全てを込めた
『く……この化け物があああ!』
今だ巻き起こるガルドアグライアの連鎖爆発に飲み込まれたままの神代王が叫びながらリンファ一撃に身構える
たじろぐ巨体に大地が震え、天が軋む!
【八極剛拳 一閃無骸】
リンファの最強の技が惜しみもなく、その血にまみれた赤い体に突き刺さる
刹那の連撃が神代王の体を揺らし、その衝撃がその龍の巨躯に注がれた
だが……
「そ、そんな……」
リンファの目が見開き、大きく揺れる
その体は、まるで時間が止まったかのように連撃の最後、鉄山靠を撃ち込んだ型のまま動けなくなってしまう
爆発の音すら聞こえなくなってしまうような不自然な感覚の静寂が、リンファと神代王を包み込んだ
そして
神代王の血にまみれたその体はわずかに顔を天に向けると、ゆっくりとその顔を下ろす
そして凍り付いたように固まっているリンファの肩にそっと手を置くと、無表情のままそっと口を開いた
『効かなかったよ……ゴブリンハーフ』
その一言にハッと息を飲んだリンファは、次の瞬間に強い衝撃と大きく揺れる視界に襲われる
蛮龍の巨大な前脚が蠅でも払うように強烈な平手打ちを叩き込み、リンファはあっけなく吹き飛ばされる
神代王は自らの人間の小さな手と、龍の巨大な前脚を同時に見つめて、わずかに笑いだす
そしてその笑いは高笑いに変わり、やがてそれは狂ったような叫びに変わっていった
『そうか……! これが力か! これが最後にもたらされた破滅か!!! ならば楽しもう! この力をこの世界に存分にもたらしてやろうじゃないか!』
神代王が笑いながら翼から雷と炎を無差別にまき散らす
それは喜びに打ち震えているようにも、悲しみにくれているようにも感じられる正に大暴れといった様相
その恐るべき力の奔流にアグライア達も回避に専念することしかできず、爆発と雷撃に追い立てられた
『我、破滅の王…… 滅王なるぞ! 全ての者はこの力に千切れとべええええ!』
神代王は全てを捨てた無敵の者、滅王としてこの地に君臨した――――――




