293.赤き血と緑の血は脈々と
リンファの両手にアグライアの肋骨の砕ける感触がダイレクトに伝わる
金属で作られたプレートアーマーの装甲とて、リンファの魔導発勁の前には何の意味ももたらさない
アグライアの心臓のきしむ音がリンファの耳に響く
あの綺麗な顔が激痛で歪むところをその目が捉える
恐怖と後悔がリンファの心に津波の様に押し寄せる
『ダメだ』
リンファは心の中で唱える、何度も何度もダメだと唱える
『ダメだ!ダメだ!』
何度も唱えて、自らのてのひらを更に強く押し込む
『恐れるなんてダメだ! 後悔なんてもっとダメだ!』
リンファはこみ上げる恐怖の感情をねじ伏せるように抑え込んだ
アグライアさんは僕を信じてくれたんだ
だから僕もアグライアさんを信じるんだ!
リンファの反撃を見てからの神代王の決断は早かった
いや、こうなってもいいように備えていたという方が正しいだろう
もっと言えば、自分がやろうと思っていたことをリンファにされたというべきだろう
『もう少し面白い余興になるかと思ったが、つまらん幕引きをされた……』
神代王はアグライアをリンファにけしかけた時から既にアグライアに向けて閃光魔法の照準を絞っていた
泣き叫び狼狽するリンファが仲間に切り刻まれて行く様を見届け、そして目の前で処分するつもりだった
そしてその絶望に震えているであろうその眼前で、この魔法を唱えるつもりだった
だがそんな余興は事もあろうに主演であるリンファに台無しにされたことが、神代王にとってはたまらなく不愉快だった
「我をここまで不愉快させたのだ、もう少し踊ってもらわねば割に合わぬなぁ……!」
神代王の指先が黒く染まり、瘴気が立ち上る
それは古代に編み出され禁術として長年封印されし魔法
死者を冷たき体のまま立ち上がらせ、意のままに操る尊厳を踏みにじる魔法
冥術【呪殺】
「死体となった仲間と滑稽な余興を頼むぞ、ゴブリンハーフ……!」
神代王は小さくため息をつきながら、そのどす黒き冥術をアグライアに向けて放つ
そのどす黒き瘴気がまるで大蛇の様にアグライアの背後から牙を突き立てんと襲い掛かる
リンファはアグライアの背中越しに神代王の動きに気づき、目を見開く
「あれは……呪殺! やめろおおおお!」
リンファは叫びながら我が身を盾にせんとその身を突き動かす
だがその大蛇の如き冥術がわずかに速く、リンファがその魔法の盾になることはできなかった
いや、違う
できなかったのではない、させなかった
彼女が盾になろうとするリンファを優しく止めたのだ
大蛇がその牙を突き立てようとした瞬間、四方から撃ち込まれた無数の光の剣が大蛇に突き刺さりその瘴気を霧散させる
わずかに残った闇の残滓すらも光の泡に包まれ、消えていった
神代王の目が驚きで見開き、その口は情けなく閉じることを忘れる
リンファは目の前の腕に少しだけ驚くと、ワナワナとその肩を震わせた
「芸がないな、神代王……! これならいつぞやのゴブリンの方がよっぽど達者だったぞ!」
真白きマントを翻しながら、彼女は振り返る
振り返った拍子に輝く金髪がまるで太陽の様に煌めき、リンファを照らした
「アグライアさん……アグライアさん!!!!」
「リンファ!信じてたぞ……ありがとう」
アグライアがいつもと変わらぬその姿で、凛々しくそこに咲き誇っていた
「そ、そんなバカな……! 私の力だぞ!? 転生者が得ることができる最強の力を受けてなぜ動ける! なぜ自由になれる!」
神代王は狼狽えながら多重詠唱を展開して半ばヤケになったような火炎魔法を連発する
アグライアはわずかに胸の傷に顔をしかめながら、その魔法を障壁で弾く
更にリンファもそのアグライアをフォローするように、迫る火炎を螺旋の動きで捌き切った
「か、完全に命令が解けている!? 何故だ! まさかあの時のゴブリンと同じ、貴様は既に……」
「動く死体だとでも? ふざけるな! 私は生きている! 生きてリンファと共にここに来たのだ!」
狼狽える神代王の言葉に毅然と言い放つアグライア
その手は燃えるように熱く、リンファの手にその熱が伝わるほどだった
「お前の目の前でこの赤き血と緑の血は脈々と流れている、あまり私たちを舐めるんじゃあない!」
赤き血と緑の血
その言葉にリンファの目にわずかに涙が浮かぶ
アグライアは生きていた
生き残ってくれた
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リンファは以前からずっと考えていたことがあった
考えてはいたが、恐ろしくて実行どころか実験すらもできなかった考え……
『自分に神代王の力が通用しないのであれば、自分の技であれば神代王の力を破壊できるのではないか?』
魔導発勁は魔力の共振を以て相手の魔力に影響を与え破壊する力
八極剛拳は外的な打撃以上に内部に浸透させて破壊する技
であれば、たとえ絶対の神代王の力であっても破壊できるかもしれない
そう思ってはいたけど、当然それは試すことすらできなかった
それを試すという事は、生きている誰かにそれを叩き込むということ
八極剛拳の技を全力で叩き込めば、どんな相手でもただでは済まない
だがその力を防がれても、ましてや手加減などすれば意味がない
だからできなかった
けれど、アグライアはあの時リンファの目を見て言った
『信じている』と
だからリンファは覚悟を決めて撃ち込んだ
相手の中に渦巻く力を破壊するリンファだけの絶招 【八極剛拳 蓮華双纏手】を
アグライアはその技を受け、激痛と重傷に喘ぎながら神代王の力が消え去った瞬間
そのダメージを自らの回復魔法を瞬時に発動させ、致命傷を避けた
アグライアはリンファの魔法ではないその技を信じて
リンファはアグライアの治癒力を信じた
共に並びあい戦ってきた二人だから、そのお互いの力を信じられたのだ――――




