264.扉は開かれた
「世界の敵に……された?」
リンファは古文書を見ながら冷や汗をかきながら呟く
ゴブリンの文字は読めないはずなのに、一文字一文字が叫ぶようにリンファの脳裏に響き渡っていく
痛みに呻くように 悲しみに嘆くように
その古文書に刻まれた言葉がリンファの心で叫んでいた
その言葉に茫然とするリンファの耳に突然何かを叩き壊したような音が響き、我に返る
その方向に振り返ると、肩を震わせながらガルドが目の前の机を叩き割っていた
「案内しろ……!」
「が、ガルド?」
「その花嫁の道とやらに……今すぐ私を連れていけ!」
感情を抑えきれないガルドがその両手に炎を纏わせながら叫ぶ
今にも手に込めた炎を炸裂させそうなガルドをリンファは掴みかかるように抑え込み、地面に組み伏せた
「落ち着けよ!ガルド!」
「落ち着いていられるか! ゴブリンが世界の敵にされただと!? 人間があの化け物を愛しただと!?ふざけるな! 人間に害なす化け物をまるで被害者の様に!」
ガルドが吠える
リンファはその言葉が胸に刺さるが、それでも表情を変えずにガルドを必死に抑え込んだ
「冷静になって……! 神のてのひらって奴の情報は掴めた、まずはそれだけを考えるんだ!」
「冷静になれだと!? ゴブリンは人間の敵だ!おぞましい化け物だ! それを救えだと!? どけ!どけ化け物!どかなければ貴様も!!」
「自分に都合のいいことしか信じないのが……それが人間だっていうのか! ガルド!」
ガルドの叫びをかき消すようにリンファが叫ぶ
そしてガルドはリンファの顔を見て、抵抗をやめた
ガルドの頬に涙が伝う
それは、ガルドの瞳から流れたものではなかった
リンファの青い瞳から流れる涙が、ガルドの頬に落ちて伝っていた
「穢れ……貴様……」
「僕だってどう受け止めていいかわかんないよ……! でも前に進まなきゃ、ちゃんと見なきゃいけない事じゃないのか……!」
ガルドはあまりに弱弱しいリンファの手を払いのけることができずに天井を見上げた
ゴブリンと人間の間で一番苦しんでいるであろう化け物、ゴブリンハーフ
そのゴブリンハーフが涙を流し、その真実を見極めようとしていることにガルドは何も言えなくなってしまった
「……どけ、穢れ もう醜態は見せん」
「う、うう……」
リンファは涙をこらえながらガルドから離れる
ガルドは上半身だけを起こすと、顔を伏せて床に座り込んだ
「花嫁の道に、神のてのひらか……」
重苦しい空気を気にして、ヴァレリアがあえて口を開く
「エタノーの人間は、なんとしてもこの秘密を守り続けたんだなぁ いつ読んでもらえるかわからないこの秘密を……執念すら感じるよ」
そういうとヴァレリアは小さく背伸びをして、首を鳴らしながら出口に歩き出す
その背中を見て、リンファが涙を拭いながら声をかける
「ヴァ、ヴァレリアさん……どこに?」
「ん? どこって……」
「君らは止めたって行くんだろ? 神のてのひらに じゃあ準備しないとね」
ヴァレリアの歩みに続くようにファルネウスも歩き出す
「そうだな、神代王がまた何かを企む前に事を進めないとな」
「ふぁ、ファルネウスさんまで……」
二人はリンファにニコっと小さな笑顔を浮かべる
「僕らは君にまだ、何も返せてないからね 君が安心して進めるようにするくらいはさせておくれよ」
「今度は暗殺とかそんな物騒なことは言わない、君が信じた道を心のままに進んでほしい」
ヴァレリアとファルネウスはそういいながらガルドに視線を向ける
「おいそこの恩人、なんとも素直に感謝しきれないがお前の情報はここで止めておいてやるからリンファ君と一緒に行け」
「偉そうに……この半獣人もどきが……」
「わーうなだれてても悪態をつく元気はあるのかー……お前にも行かなきゃならん理由があるんだろ? 行って来いよ 帰ってきたら改めて裁きを受けさせてやる」
そしてファルネウスは瞳を震わせながら毅然とした表情で見つめてくるアグライアの顔を見て、小さくため息をついた
「リリー……お前は」
「行きます、リンファと共に神のてのひらでも、どこへでも」
有無を言わせぬ返事に、ファルネウスはことさらに大きなため息をついて天井を見上げる
「今のお前なら、そういうよな……絶対に 先に言っておくが私はお前にもう危険な思いをしてほしくない 二度とだ」
「おじさん……」
「私は断罪の丘でお前を守ってやれなかった 自分の立場を捨ててでもお前の盾になってやることができなかった卑怯者だ」
「そ、そんなことはありません!おじさんは……!」
アグライアが目を見開いて声を上げるが、ファルネウスはさみしそうに笑って首を横に振る
「いいや、お前を死地に送ってしまったのは紛れもない事実だ、だからこそもう二度とそんな思いはさせたくない 叶うならばリンファ君と一緒に飛翔島で幸せに安寧の人生を過ごしてほしいと今でも思っている」
その言葉に泣きそうな顔で目を伏せるアグライアに近づき、ファルネウスはその頬を撫でる
「それでもお前は進もうとするなら、私も覚悟を決める だから必ず帰ってこい お前が帰る場所は私が守ってやる」
「お、おじさん……!」
「お父さんにあまり心配をかけるなよ? どんな決断をしてどんな結果を見せても、絶対にお前を守ってやるからな」
アグライアはこらえきれず、数滴の涙をこぼす
それを拭ってやりながらファルネウスは静かに笑った
「アグライアさん……」
「すまない、待たせたなリンファ お前が行きたい場所に、私も行くぞ」
「はい……行きましょう!」
暗く深い地下の扉が開かれると、上階から光が注がれる
リンファたちはその光を浴びながら、神のてのひらに向かって歩き出した――――




