259.目的は終わった
「う……、お、お兄ちゃん?」
「ルイ!うわあああルイーー!」
目を覚ましたリオに、思わずルイがしがみつき泣きじゃくる
「ありがとう……本当にありがとうリンファさん!」
「僕だけの力じゃないよ……でも本当に良かった」
涙ながらにお礼を言うリオに、リンファは少しだけ困った顔をして返事をした
そこにはルイとリオ、そしてその祖父、急遽駆け付けたファルネウスの秘書であるルカ
そして……リンファだけが居た
この治療の立役者であったはずのアバカスの姿は、既にそこにはなかった
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アバカスは自らの左手の損傷がないことを改めて確認すると、黙々と手術に使った器具を片付け始めた
ガルドはルイの体に残った傷をなぞるように治癒魔法を唱えてその傷を丁寧に治療していく
リンファはルイの頭を膝枕しながらゆっくりとその顔を撫でながら、黙々と作業を続ける二人の姿を交互に見まわした
「人間、その子の治療は任せていいのか?」
「魔鉱石が体内にあるなんてふざけた状況でなければ、こんな小傷など目をつむっていても治せる」
言葉少なにルイの事について交わし、アバカスはそれに小さく頷く荷物をまとめると黒い外套をまとった
アバカスは立ち上がるとルイの眠る顔を見てわずかに笑みを浮かべると、小さくため息をついた
「アバカスさん…… 助けてくれてありがとう」
「貴様や人間の為にやったのではない、勘違いするな 貴様は敵だ、私たちゴブリン全ての忌むべき化け物だということを忘れるな」
恐る恐る礼を言うリンファにアバカスは冷たく言葉を放つ
その目は冷徹で、もうさっきまでのどこか協力者然とした空気は既にどこにも存在しなかった
アバカスは荷物を肩にかけると、二人に背中を向ける
「ど、どこに行くつもりなんだ! もしこの街で何かをしようというなら……!」
「貴様に説明をする義理などどこにも存在しない、邪魔をしようというならいつでも相手になってやる……だが」
アバカスは背中を向けたまま右手を小さく上げて、ヒラヒラとその掌を泳がせた
「私の目的はもう終わった、もうここに用はない……信じるかどうかは任せるがな」
その言葉にガルドの手が動く
気づけばその手には杖が握られ、ガルドの周りに既に詠唱を済ませた雷撃魔法が待機状態でバチバチと稲光を放ちながらアバカスの背中を狙っていた
「信じられると思うか? ゴブリンなどという害獣が街に忍び込んで何もせずに人を助けて「はい さようなら」だと? できすぎた冗談を飲めるほどお人よしではないぞ」
「や、やめろガルド!」
「口を挟むな穢れ、人として人の社会に潜り込んだ化け物は処分する必要がある」
「アバカスさんはルイを助けてくれたんだぞ!」
リンファの叫びをアバカスは鼻で笑う
「狩人とて時には気まぐれに傷ついた獣を助けることもあろう、この行動が無害の証明だと断ずることはできぬな」
今にも撃ち込まれそうな電撃を背中で感じながら、アバカスは背中を向けたまま動かない
そして身構えようともせずアバカスは口を開いた
「お前の言うとおりだな人間、こんな気まぐれで私が言葉通り立ち去るなど考える方がどうかしている」
「では武器を構えるがいい、 さきほどまでの働きに敬意を払い背面からの攻撃は勘弁してやろう」
二人の間の空気がゆがむ
だがその空気の間にリンファが我が身を顧みず割り込み鋭く構えをとった
「二人ともやめろ! ガルドも魔法を解除するんだ!」
「やめるのは貴様だ穢れ、別に私は貴様ごとゴブリンを消し炭にすることに躊躇は感じぬぞ」
割り込んできたリンファにさして驚こうともせずガルドがため息をつく
「ゴブリンハーフ、貴様はなぜそうやって割り込んでくる? どちらかに与して戦えば貴様も楽になるであろう」
アバカスは背中を向けたまま、呟くように問いかける
聞こえていてもいなくても関係ない、口にせずにはいられなかったように
「どっちかの味方に付きたいわけじゃない……僕は人として生きたい、それだけだ」
「人として生きるということは、つまりはゴブリンの敵となるということではないか? 自己矛盾だとは思わないのか」
その言葉にリンファは小さく首を振った
「違うよ……人として生きるっていうのは、何が正しいかを見極めて、理不尽に対して逆らうってことだと僕は……思ってる……」
「理不尽に逆らう……か」
アバカスはその言葉をかみしめるようにつぶやくと、ゆっくりとガルドとリンファの方を振り返る
「やる気になったか、ゴブリン」
「いや、その逆だ これを」
アバカスは手に持っていた魔法陣が書き込まれたスクロールをガルドに投げて渡す
投げられたスクロールをいぶかしそうにのぞき込んだガルドが、わずかに息を漏らし驚いた
「ほう……これは何のつもりだ?」
「それは北の山脈に繋がってるゲートだ、貴様の手で私を転移させればよかろう」
アバカスはそれを失えば帰還の手段を失うであろう、虎の子の転移スクロールを敵であるガルドに渡した
ガルドはそれを見ながらわずかに笑い、アバカスの目を見た
「そんなことをして私に何の得がある? 貴様を転移するのも殺すのも手間としては変わらんのだぞ? むしろ殺す方がメリットが大きいだろうに」
「勘違いするなよ人間、臆病者の貴様等の為に確実にここから私が居なくなったことを確認させてやろうというのだ」
そんなことを言いながら睨みあう二人だったが、不意にアバカスがその目を伏せた
「この区域の外れに、かつてリーフが設置したゲートが5つある その場所を全て教える」
「そ、それは……交換条件ってことですか?アバカスさん」
「どう取ってもらっても構わん、もう私たちはここに侵入する理由はないからな…… これで私をここから解放してほしい ダメだというなら……」
アバカスの周りに赤い魔鉱石……命鉱石が意志を持ったように飛び交い、火炎を纏う
「ダメだというなら、戦うしかない」
ガルドとアバカスの空気が再度不穏に揺らぐ
だがその瞬間、二人の魔法は消滅する
「僕は!やめろって!言ってんだ!二人とも!」
リンファはガルドの雷撃全てを破壊し、更に踵を返してアバカスの命鉱石を炎もろともにその手で握りしめ、纏った炎のみを消し去った
焼けた手の皮膚にわずかに眉をひそめながら、掴んだ命鉱石を優しく床に置いて二人を交互に睨みつけるリンファ
その姿にアバカスとガルドは少しあっけにとられた後、お互い息を合わせるようにため息をついた
「さっきの妙技を見せた褒美だ、丁寧に北のあばら家に送り付けてやろう」
「左手、わずかだが傷が残っているが見事な治癒だ、次は戦場で会おう」
ガルドがそういいながら転移術を即座に展開させて、息をつかせる暇もなくアバカスに向かって叩きつけるように魔法をぶつける
アバカスはその身が転移していくことを感じながら、リンファに視線を向けた
「ゴブリンハーフ、貴様は殺す クイーン様の意向ではなく私自身の憎しみを成就させるためだ」
「どうしても……どうしても戦わなきゃいけないのか!? 一緒にルイ君を助けたのに! アバカスさん!」
その言葉にアバカスは笑った
「笑わせるな、利害が一致しただけだ……目的は終わった 次に会うときはきっとどちらかが死ぬ時だろうよ」
「ど、どういうこと……アバカスさん!?」
その言葉の意味を聞こうとリンファが手を伸ばすが、転移術が発動しアバカスは魔力の残滓だけを残して消え去った
「アバカスさん……」
リンファの問いかける言葉は、もうアバカスには届かない
アバカスの目的は終わった
終わってしまったのだ




