25.ゴブリンハーフが生まれた日の事
「結論から言ってしまうとね、リンファ君の討伐命令を撤回させることはできない」
飛翔島中央区の執政館の豪華な執務室の一室
先ほどまでにこやかに輸入された珍しいお菓子に舌鼓を打っていた楽しい雰囲気は凍り付いた
「ファルネウス卿!いきなりそのような言葉を……!」
「でもねリンリンちゃん、こういうのは変に希望を持たせちゃダメだよ、そうだろルカさん?」
「そうですね、しかし気遣いは致命的に足りないかと思います」
「うわー味方いないなぁー」
一縷の望みを断たれアグライアは持っていたティーカップを落とすが、当のリンファはもらったクッキーを食べ続けていた
「だ、大丈夫だリンファ! まだ手がないわけではない!」
「……いいにくいけど手はないよ、王都の命令自体は間違いでも何でもない」
「そう……ですよね、実は何となくそうかなぁとは思ってました」
食べかけのクッキーをゆっくり飲み込むとリンファはうつむき気味にそう答えた
「そ、そんな馬鹿なことが……リンファが何をしたというのです!?」
「元神聖騎士団リリー=アグライア君、リンファが何故討伐されることになったかは君がこの中で一番わかっているはずだろ?」
急に口調を変えてアグライアを指摘するファルネウス
「それは……わかってますが……! だからと言って納得はできません」
「王都は今のリンファ君ではなく、過去の事件と未来のリンファ君の危険性を恐れている」
「僕の……危険性……」
飲みかけの紅茶を少しだけ口に含むと、ファルネウスが軽くため息をつく
「リンファ君にとっては迷惑千万な話とは思う、だがそれだけ10年前の事件は王都にとって衝撃的なことだったんだよ」
リンファはその言葉を聞いてファルネウスの瞳を見つめる
「……知りたいのかい? 当事者の君にとって決して楽しい話じゃないよ」
少しの間ファルネウスの瞳を見つめ続けた後、ゆっくりと頷くリンファ
「今まで僕は仕方ないと思って生きてきました、こんな姿だから、魔法が使えないから仕方ないって」
「でもここに来るまでにたくさんの人に会ってきて、いろんなことを体験して思ったんです、知らなきゃいけないって」
「あの日何があったのか、僕が何者なのか……!」
リンファは立ち上がるとファルネウスに大きく頭を下げ礼をする
「教えてください、10年前に何があったのかを」
「……知れば君は戦いたくない相手と戦わなくてはならなくなるかもしれないよ?」
そう言いながらファルネウスはアグライアの方をチラリと見る
「私はリンファの味方です」
「……甘ちゃんだなぁ」
「戦いたくない相手なんていません」
「……なんだと?」ファルネウスの表情が険しく変わる
「だって僕は、誰とも戦いたくないから」
ファルネウスの鋭い視線を、まっすぐ受け止めるリンファ
「でもここに来るまでに、何も知らない人とたくさん戦いました、殺されかけましたし、僕も命を奪いました」
リンファの唇が揺れる
「僕が生きていることで戦いが起きるなら、せめて納得してから戦いたいじゃないですか」
「仕方がないからって何もわからないまま死にたくないし、命は奪いたく……ないです……!」
リンファが少しだけ悲しい笑顔を見せた瞬間、その青い瞳から大粒の涙が溢れ出す
「僕が生きているだけで殺したい人がいるのは、今までたくさん見てきたから……!」
泣きながら言葉を続けようとするリンファをアグライアは強く抱きしめた
「もういい!もういいから……!」
気づけばファルネウスはカップを置き天井を仰ぎみる
その目に涙などはない、ただその視線を見続けることも注ぎ続けることもできなかった
『そうだったな、この子は物心ついてからずっと人から死ねと言われ続けてきたんだったな……』
リンファに試すような視線を向けた自分を恥じる
この子はとっくの昔に想像を絶する地獄を生きてきたんだ……
「――わかった、私の知りうる限りだが教えるよ、当事者じゃないから多少の祖語は許してくれよ」
そういうとファルネウスはルカに声をかける
「リンファ君にふかふかのタオルと少しぬるめの白湯を出してあげて、泣いた後は喉が痛くなるからね」
「始まりは君たち親子だった」
淹れなおした紅茶を飲みながらファルネウスはゆっくり話し出す
目を腫らしながらリンファは耳を傾ける
「17年前だったかな、君のお母さん、ミリア=オルネストはあの村で治癒士として暮らしていた」
用意した過去の資料を確認しながら話を続ける
「元々は王都の高位術師だったけど田舎の医療が足りないからって自ら退任したらしい」
「はい……」
「住んでいたのは先日君がぶっ壊した建物だね、……で、そこでなにがあったかというと」
資料をめくる手を止め、いうべきを言葉を探すようにファルネウスは沈黙した
「何が……あったんですか……?」
「……君のお母さんはゴブリンにさらわれ、繁殖の道具にされた」
部屋の空気が張り詰め、リンファの瞳が大きく見開き揺れる
アグライアはリンファの肩を無言で握り、手を震わせる
「すまない、言葉を選べないから資料をそのまま読ませてもらう 覚悟してくれ」
リンファの瞳を見た後、無表情で資料に視線を落とす
「攫われたミリアはその数か月後たまたま神聖騎士団の定例ゴブリン掃討作戦の際に運よく救出された」
「ゴブリンにさらわれた人間の女性の多くはその苛烈な環境に耐え切れず遺体で見つかることが多いが、ミリアは生きていた」
目を見開いたまま口を強く結ぶリンファ
「だがミリアはゴブリンの子を宿していた しかも臨月間近だった為に堕胎術もできなかったんだ」
大きなため息をつくファルネウス
「だから神聖騎士団と当時の村長とミリア本人は、出産直後のゴブリンを駆除することにしたそうだ」
「ゴブリンはその生殖上、どの生物と交わろうともその雌から生まれる生物は純潔のゴブリンだ、なんなら生物相手に生殖しなくとも条件が揃えば奴らは繁殖する」
言葉をなくすリンファと、何も言えないアグライア
「ゴブリンが王都……いや人類から忌み嫌われる理由の一つだな 奴らは他の生物を自分たちの繁殖の道具として狩猟をするんだ」
「で、神聖騎士団立会いの下で出産と駆除を行うとき、トラブルが起きた」
「トラブル……?」
「――泣いたんだそうだ、生まれたゴブリンが人間の赤子の様に産声をあげたんだ」
耳が痛くなるほどの沈黙が部屋を支配する
「生まれた子は緑がかった肌、尖った耳、鋭い爪だったが……顔は丸く愛らしく、美しい青い瞳をしていたそうだ」
「その子が……」
「そう、君だ リンファ=オルネスト君」
ファルネウスは言葉を続ける
「その産声を聞いたミリアは、出産直後にも関わらずその身を挺して赤子をかばったのだそうだ」
「そしてその子を育てると決め、それが原因で村から事実上の追放、神聖騎士団の監視が常につく生活が始まったらしい」
リンファは幼い頃見た母の村を見る表情に少しだけ納得を覚えてしまう
「そうか……お母さんはだからあんな目で村を見ていたのか……」
「そして10年前のあの日、大群のゴブリンが君たちを襲った……その数は1万を超えると言われている」
「ゴブリンは気づいてしまったんだ、他種と交配することでより強大な繁栄ができる可能性があることを」
資料を読む手を止め、リンファを見つめる
「君という種族のイレギュラーが、ゴブリンという種族に野心を持たせてしまったんだ」
時間が止まったように、リンファの体が固まる
もはや泣くことも悲しむことも忘れたように動かなくなってしまう
「ルキウスおじさん!もう……もうやめてください!」
「リリー…… それはもうかえって残酷なんだよ、すまないね 私を怒ってもいいよ」
やさしくアグライアを諭すと、ゆっくりとファルネウスは話を再開する
「だが狙いは君じゃなかった、君は可能性を知る結果にしか過ぎなかった」
「ゴブリンがあの日、奪ったものは……」
「……そうだ、再び君を作るために、ミリアを再び攫ったんだ」
「今度は奪還されないように大軍勢で、邪魔する人間を始末しながらな」
リンファが体を強張らせながら、震える唇を必死に開く
「お、お母さんは……」
「……多分生きている、ゴブリンクイーンという存在を産み出したのは恐らく彼女だ」
「そして君の様な存在を今も苗床として産まされている可能性がある」
「今現在も王都は神聖騎士団を中心にゴブリンクイーンの討伐とミリアの捜索を続けている」
パタンと資料の最後のページを閉じ、ため息を漏らす
「そして……」
「そして撲という存在の駆除、ですね」
「……そうだ、王都は君というゴブリンの可能性を恐れている」
リンファとファルネウスは見つめあう
見つめあうというより、睨みあうといっていいほどの眼光
「君は、どうしたい?」
「僕は……」
「ここにいればしばらくは安寧に暮らせるだろう、私の支配下についてくれれば違う種族として町に紛れ人並みの生活ができるだろう」
所在なさげに頬のフワフワした毛並みを撫でつけるファルネウス
「だが魔法が使えない君はどこかで人に気づかれ、再び命を狙われるかもしれない、けれど運が良ければそんな日は来ないかもしれない」
「……だが君が君として生きようとすれば王都は君の命を狙い続ける 私にもアグライアにもその命令が下される、必ず」
耳が痛くなるほどの沈黙
リンファはファルネウスの瞳を見つめつづけ
ついにはその沈黙を破った
「僕は、お母さんを助けます 僕として戦います」
「……わかった」
「リンファ……!すまない……」
アグライアはこれまで言えなかったことを泣きながら詫びる
「いつかその日が来たとき、私は君の敵になるかもしれない だがそれは今じゃない」
ファルネウスがリンファの肩を掴む
「そしてその日がこないように私も尽力する、だから君も私に協力してくれ」
「わかりました、僕にできる事があれば必ず力になります」
その言葉に、ファルネウスの尻尾が少しだけ跳ねたことをルカ以外誰も気づくことはなかった
「ありがとう……ん?その首に巻かれているものはなにかね?」
「え?あぁ、これはお母さんの形見です、子どもの頃にお母さんに巻いてもらったバンダナです」
そういうとリンファはいそいそとそのバンダナを外し、広げて見せる
「おかあさん、この刺繍はお守りになってるから大事にするようによく言ってました」
「そうかぁ、この刺繍をお母さんが……」
そう言いながらファルネウスがそのバンダナに手を触れる
手に触れた一瞬、ファルネウスの毛が強く逆立ち手に持っていたカップを落としてしまう
「な、何かありましたか!?」
「い、いや何でもないよ、ちょっとしんどい話を聞かせすぎてしまったなと自己嫌悪をしてしまったんだ……本当にすまなかったね」
「そんなことないです、ちゃんと教えてくれてありがとうございます」
ファルネウスはそのバンダナを手に持ったまま、リンファの肩を軽くたたく
「それにしてもこの刺繍、だいぶほつれてしまっているねぇ! お詫びとこれからの無事を願って綺麗に補修させてくれないかな!」
先ほどまでの雰囲気を打ち崩すように軽い口調に戻るファルネウス
「大丈夫!ウチのルカさんは裁縫仕事も一級品なんだ!ビシィっと綺麗に直すからさ!破れちゃったら悲しいだろ?」
「そう……ですね、色々気遣ってもらってどうお返しすればいいのか……」
「いいんだよいいんだよ!アグライアの家族みたいなもんなんだからわたしにとっても子ども同然さぁ!」
パフパフパフとご自慢の肉球をリンファの頬に当てておどけて見せる
「あ!そーだ!ルカさんリンファ君にこの街を案内してあげてよ! 私もリンリンにちょっとお説教したらすぐ合流するからさ!」
「な!説教って何ですかファルネウス卿!?」
「さっきの監視門のことだよー!あれのせいでこんなことになったんだからね!リンリンのバーカバーカ石頭ー!」
「むむむ……!」
急な空気の変化に少し戸惑った後、たまらず吹き出してしまうリンファ
「あはは、リンリンって呼び方かわいいなぁ」
「とてもキュートな呼び方ですね、それでは行きましょうリンファ様、オススメの屋台があるので行きましょう、宰相の財布で」
「わーすぐ人の金であそぶじゃーん」
リンファが退席するその瞬間、ファルネウスが目配せをしたことをルカは見逃さなかった
「リリー」
「なんですか!お説教ならごめんですよ!」
「リリー!」
ファルネウスの空気が一変し、アグライアの表情が戸惑う
「な……なんですかいきなり」
「これを読んだか?」
ファルネウスがそっとその手を差し出す
「読むって……これはリンファのお母さんの形見ですよね?」
ファルネウスの手から魔法の光が漏れる
「このバンダナに刻まれた魔法の記述を、お前は読んでいないんだなリリー?」
「記述……?」
「わかった、読んでいないんだな、わかったよリリー」
そういうとファルネウスは詠唱し、バンダナに刻まれた記述の術式を一息に破壊する
バキンというガラスが砕けるような乾いた音が響き渡り、バンダナの魔法が消失してしまう
突然のファルネウスの行動にアグライアは驚きを隠せず、思わず声を荒げる
「な!?この魔法はリンファのお母さんが残したものではないのですか!?」
「あの子がこれを読めなくてよかった……なによりお前が読んでいなくて本当によかったよリリー、読んでいたらお前の命も危なかった……」
戸惑いながらファルネウスの顔を見るアグライア
そこにはこれまで見たこともない焦りに満ちたファルネウスの表情……
物心ついた頃から自信に満ち溢れた顔しか見せてこなかったルキウスおじさんが、自分の前で狼狽するような顔を見せていた
「ど、どうしたんですか!? 一体何が」
「聞くな!お前は何も知らないんだ!それでいいんだリリー!」
アグライアの肩をがしっと両手でつかむファルネウス
その手には信じられないほどの力がこもっていて、思わず痛みに声を上げてしまう
「い、痛いです……!」
「これは天空宰相ファルネウスとしてではなく、お前の父の友でありお前のルキウスおじさんとして言っておく……!」
揺れる瞳でアグライアを見つめる
「あの子を救えるのはきっと世界でお前だけだ、けれどもし救えないと少しでも感じたら逃げろ!ここに必ず逃げてこい!」
「ど、どういうことですか……!?」
「わからなくていい、できれば一生わからずにリンファ君には終わってほしい……」
「お前はお前の父と私が守るから、必ず……!」
「リンファに何があるというのですか……!?」
「それは……言えない……言えないんだ」
なおも強く食い込む手の力を感じながら、アグライアは無邪気に微笑むリンファの笑顔を思い描いた―――




