247.ステラに刻まれた呪いの正体
「お、おい……ヴァレリア……これ……」
「お、おう……戦いは終わったはずなのに、何故また……?」
ほんの少し前まで束の間の平和に戯れていた二人と周りのエタノーの兵士達はその状況に騒然とする
先ほどまでの青空が嘘のように上空の空は日の光を隠すほどの曇天となり、風雪が飛び交い始める
そしてその雪の吹きすさぶ音に沿うように、狼たちの遠吠えがエタノーの街を包み木霊し始める
その数は三頭や四頭と言ったわずかな数ではなく、数十体の狼の咆哮が共鳴する
しかもその声の一つ一つが大音量で、腹の奥まで響くような威圧感を伴っていた
ステラの眷属――― ハウルファングの一族が再びその巨躯から美しくも雄々しい咆哮で街を包み上げた
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「リンファ、貴方達にはこの大陸にかけられた呪い……あの男の忌々しい力が何をもたらしたのかを伝えます」
美しい銀毛を真っ赤に染め上げながら、それでも痛む素振りを見せずステラは凛々しく立ち上がった
「あの男……、神代王のことなんですね……?」
混乱する思考を必死に鎮め、体の震えを抑え込んだリンファはステラに問いかける
ステラはその言葉に小さく頷くと、ゆっくりと話し始めた
「あの男は、異世界よりこの世界の神らしき何かに導かれ……この地に舞い降りました」
ガルドはそれを聞いて小さく舌打ちをする
「神らしき……か、なるほど言いえて妙だ あのふざけた上位存在を気取った管理人風情にはお似合いの名前だ」
「最初はたかが人間風情と私達は歯牙にもかけず静観していました、人間同士の諍いなら人間同士で勝手にやればいい……私達に叶うはずがない、と」
ステラは目を薄め、わずかに唸る
「それが間違いでした、あの男の力は……文字通り神に代わる力 私達は瞬く間に多くの屍を晒しあの男に敗北しました」
「そ、そんな……! ステラさんの仲間がこんなにいても勝てなかったの……!?」
リンファが辺りを見回し不安そうに尋ねると、その言葉に応えるようにそこらかしこから遠吠えが木霊した
自らの不甲斐なさを嘆くように、怒るようにその咆哮は空に響いていった
「奴の力は圧倒的でした……もはやあれは力と呼ぶことすら憚られる 私達は牙すら交わすことができなかった…… ただあの男に「死ね」と言われただけで、数百の仲間が瞬く間に屍と変わりました」
ステラの言葉に三人の目が驚きで見開く
「た、たった一言で……多くのステラさんの仲間が……!?」
「ま、待て! それは何かの間違いではないか? 確かに神代王には相手を死に至らしめる力があることは聞いている、だが……!」
驚き口を挟むアグライアとは対照的に、落ち着いた表情を取り戻してガルドは奥歯を噛みしめていた
表情こそいつものガルドだったが、実際のところ胸中は穏やかではなかった
「驚くのも無理はないでしょう……ですが事実です あの男がこの地に現れたときの力は今の比ではありません」
ステラが哀しそうに天を仰ぐ
「あの男が一言『空よ燃えろ』と言えば蒼天は紅蓮の炎がうずまいたし、『鳥よ海に棲め』と言えば鳥はその生態を大きく変えて海に棲んだ……、あの男は世界の理を自由に捻じ曲げる邪悪な存在だったのです」
あまりのスケールの大きさに、リンファとアグライアは言葉を無くす
ガルドはその言葉を聞いて、『あぁ、やはりそのレベルの力を持っていたのか』と自分の予測……できるなら的外れであってほしかった予測の的中に切歯扼腕した
「そしてあの男はその神の如き邪悪な力を使ってこの大陸を好きなように変質させました、それはまるでおままごとの様に」
「お、おままごと……?」
「はい、私達にはそうとしか見えなかった……自分の都合の良い様に世界の理を変え、生態に干渉し、自分の理想の世界を幼児がままごとでもするように作り替えていったのです」
ステラの目に怒りが滲む
「全てにおいて平和ではなかったにせよ、全ての生き物が自然の調和で成り立っていた世界をあの男は人間……自分が住みやすい世界にする為に邪魔な生物を次々と組み替えていきました」
空が吠える
「あの男は人間が都合よく生きるために多くの生物に呪いをかけました……、私達の様な人間より力を持つ種族には【個体数の上限】を作り、種族の繁栄や拡大を阻みました」
「そ、そんなでたらめな……!?」
そう言いながらリンファは辺りを見回し、ステラの仲間たちの数を数える
それは偶然だったのかもしれない、けれどその言葉を聞いてしまうともうそれが事実なんだと考えずにはいられなかった
「その呪いの上限って……ご、50……?」
その数字を聞いてステラは小さく頷き、多くの狼たちも咆哮にて答えた
「私達は世界の理を捻じ曲げられ、50以上の仲間を増やすことができなくなりました その数になれば生殖機能が停止して子を宿せなくなってしまうのです……」
信じられない話だった
ある程度の数が増えたら間引きされると言ったレベルの話ではない
世界のルールが突然そういう者だと言わんばかりに書き換わり、その数をごく自然に制限する
1種族の個体数が誰に干渉されるわけでもないのに上限が決められている
明らかに歪で明らかに不自然なのに、それが世界の理として機能した
その話を聞いたリンファはある事実に気付き、あまりの絶望に涙を流した
「そ、それじゃあ……ステラさんのお子さんは……!」
「……仲間が老衰で天に召され、数百年ぶりに巡ってきた子でした」
気が遠くなるほどの長い期間を経て、やっと巡ってきた我が子
それを失ったステラの事を改めて感じ、リンファは涙した
「そんな……ひどい…… ひどすぎる……!」
「いいのです、泣いてくれてありがとう……リンファ そしてこの呪いの本当に恐ろしいところは……」
ステラが辺りを伺うと、周りの仲間たちがそれぞれが頷く
皆一様に目を伏せ、寂しそうな顔をしていた
「私達はこの呪いにより、お互いを信じることができなくなりました 仲間の誰かが死ねば、愛しい我が子を抱ける 誰かを殺せば、血のつながった仲間を産むことができる……その考えがお互いに渦巻き、群れで暮らすことができなくなったのです」
「そ、そんなぁ……!」
「これは私達の弱さでもあります、わずか50の数少ない仲間たちなのに……それが恐ろしくて群れを為す事が出来なくなった 私達は種族としての力を著しく失ったのです」
ステラは寂しそうに仲間を見つめ、仲間たちもまたステラを見つめる
かつて群れとして生き、群れとして守りあった仲間たちが今は皆敵に見える
誰かが死ねば、誰かに生まれる
例え誰かの死が仕方ない事故だったとしても、その死で得をする誰かが居るという状況はお互いの信頼を破壊するには十分だった
「そしてこの話は、私達だけではないと言う事……」
「ど、どういうことですか……!?」
ステラは暗く沈む目を伏せて、ゆっくりと言った
「神代王が行った呪いの力にて、この世界にいる全ての生物が故あれば貴方達に立ちはだかる可能性があると言うことなのです……」




