246.ステラは知っている
おっさん三人が仲睦まじく醜い言い争いをしているのをどういう顔をしていいかわからずに見つめているリンファの頬に、涼やかな風が撫でるように吹いた
その空気の流れに目をやると、ふわりと空から落ちて来る美しい羽衣の様な柔らかさでステラが音もたてずにゆっくりとリンファの前に着地した
「よく頑張りましたね、リンファ よくぞ成し遂げました」
「あ、ステラさん! さっきは助けてくれてありがとう!」
ステラの艶やかな銀毛がたなびく胸元に飛び込む様にリンファは抱きついていく
その見事な毛並みは抱きついたリンファがどこに行ったかわからなくなるほどにスッポリその身を覆い隠しているようだった
「途中から力になれなくてごめんなさい……」
「い、いいんだよ! ステラさんのお陰でみんなを助けられたよ! 本当にありがとう」
申し訳なさそうなステラに精一杯の御礼を言うリンファ
そんなリンファの顔をステラは愛おしそうに舐めてやった
「いいからさっさと古文書を! ……何だあれは」
書類片手にヴァレリアに怒鳴り散らしていたガルドは突如現れた銀毛の巨大な狼とリンファが戯れていることに気付き、意識を反らす
今がチャンスだとヴァレリアは残像でも残りそうな速度でファルネウスの後方に回り込み、ファルネウスは「お前……」と小さな愚痴をこぼした
「あー、知ってると思うが王都の森の深部に生息しているステラーハウル族だ リンファ君と仲がいいらしい……詳しくは知らんがな」
ファルネウスが面倒くさそうに返事をするが、ガルドはそんなことはわかっているという表情で何も言わずツカツカとリンファ達の元に歩き去った
「全く! せっかくファルネウスが返事したのに失礼な奴だなー」
「うわーお前が逸れいうのなんかムカつくなー 天空宰相ムカついちゃったなー」
フ背中に隠れてブチブチと文句を言うヴァレリアに、ファルネウスはフレーメン現象に似た顔で毒づいた
「リンファ、貴方達に話しておくべきことがございます」
「話しておくべき……こと……? 」
優しい瞳のまま、凛とした声で話すステラにリンファは顔を上げて不思議そうな目を向ける
だがステラはその瞳を見たせいなのか視線を向けたまま、わずかに言おうとしていた言葉を躊躇ってしまった
そんな時ツカツカツカツカと無遠慮な足音が石畳に響き、リンファ達は目を向けた
「おい穢れ、なんでこんな魔獣がここにいるのだ」
「失礼だろガルド……! そんな言い方止めろよ! ステラさんって言えよ!」
「ふん、知った事か」
ステラを視界に収めた開口一番に小競り合いをし始めるリンファとガルド
と、そんな時にリンファはふとある事を思いつく
「あ……そうだ ステラさんは【神の手のひら】って知ってますか?」
その言葉に一瞬無言になるが、ステラはゆっくりと返事をした
「……えぇ、知っています」
「やった! ガルド、これで神の手のひらまでの道がわかるんじゃないか?」
ステラの返事に嬉しそうな顔をするリンファだったが、それに相反するようにガルドは無表情でわずかに視線をよそに逃がす
さっきまであれほど騒ぎ立てていた【神の手のひら】の場所をステラが知っているというのに、ガルドはさして興味を持とうとしなかった
不思議には感じたけれど、リンファはそんなガルドはさておいて無邪気にステラに尋ねた
「できるなら、どこにあるのか教えてもらってもいいですか、ステラさん……?」
リンファはおずおずと少し申し訳なさそうに聞くと、ステラはまたもわずかに沈黙する
その時、ガルドがぶっきらぼうに横やりを入れた
「おい、やめろ穢れ そいつに聞いてやるな」
「さっきからなんだよガルド……? ステラさんが知ってるならそれ一番近道じゃないか」
「いいからやめろ、あの割れ眼鏡から古文書を受け取る方が重要だ」
頑として譲らないガルドにリンファは少しだけムッとして更に言いかえそうとするが、それをステラが優しく制して言った
「わかりました、お教えしましょう……リンファ、少し下がっていて」
「さ、下がる……? はい、わかりました、ステラさん」
ただ話すだけなのに変だなぁなんて思いながらリンファはステラから少しだけ離れる
ガルドはそんなステラを見ながらわずかに舌打ちをして自らの杖を構えた
「おい、アグライア」
「な、なんだ急に……どうしたガルド
「治癒魔法の詠唱をしておけ」
ステラは三人を前に下を向き、沈黙する
リンファはステラが今から大事な事を言うのを待っているんだといわんばかりに真剣な瞳を向けていた
その視線を見つめたステラはやがて意を決したように天を仰いでからリンファ達に顔を向けた
「いいですか、よく聞きなさい」
ピシッと何かが裂けるような音がわずかに聞こえる
「お前たちが探している……」
その言葉に反応したかのように破裂音が一気に鳴り響く
リンファは最初何が起こっているかわからずに戸惑うが、その音の主がステラであること
そして目の前のステラの美しい銀毛が禍々しい鮮血に染まっていくことに気付き、おもわず声を上げた
「す、ステラさん!?」
「ぐっ……やはり駄目か……! 神の!【神の手のひら】は……ああああああ!」
その言葉を言い放つより早く、ステラのその体にまるで亀裂でも入るかのように鋭く深い傷が刻まれる!
その傷が鮮血を噴き出そうとする刹那、大量の治癒魔法が注ぎ込まれステラはその身を苦しそうに地面に伏せた
「バカが……! わざわざそんなことをせずとも説明一つで済むであろうが!」
ガルドが荒い息を隠そうともせず治癒魔法を絶やさず注ぎ込む
足元には青い魔鉱石が散らばり、魔力を使い切った物から次々と砕け散っていく
「こ、これは一体どういう事……なんだ……!?」
ガルドの言う通り治癒魔法の詠唱を済ませていたアグライアもまたステラに回復魔法を即座に実行
先ほどの戦闘の影響で残っている魔力はわずかだったが、青い魔鉱石の魔力を使用して魔法を実行させ続けていた
「やはり……ダメでしたか……ごめんなさい……」
「な、なんで……!? しっかりして! ごめんなさい! 僕が無理なお願いをしてしまったの!?」
力なく謝るステラに狼狽えながら嘆くリンファ
ガルドはそれを見ながら小さなため息をついた
「獣風情が……何故そんな命を懸ける真似をした?」
「言葉で言うよりも……直接その目にすべきだと……これからあそこに向かおうとするなら知っておくべきことだと思ったのです……」
目に涙を浮かべてオロオロするリンファの顔を舐めて申し訳なさそうにステラは微笑む
「ど、どうして……どうしてこんな……!?」
その時、街全てを揺らすような狼たちの咆哮が多重に響き渡る
『我らの呪いを言うべき相手が現れたか、ステラ』
その咆哮にステラは傷ついた体を奮い立たせて応えた
『リンファ達ならきっとあの男の眼前に至ると、私は感じました』
その咆哮は幾重にも鳴り響き、空がわずかに澱む
そしてステラは小さく息をつくと、その身をリンファ達に合わせるようにわずかに伏せた
閉じ切っていない傷から赤い血がしたたり落ちる……
「落ち着け穢れ、死にはせん……この程度の傷で命を落とすような連中ではない」
ガルドはステラの目をそっけなく見つめながら言った
「やはりそうか、奴の命令か……あの男らしい、姑息な妨害だ」
その言葉にリンファの体がピクっと反応する
そしてリンファが心配そうにステラの顔を見ると、ステラは小さく頷いた
「私達はあの男……神代王の力で多くの呪いを刻まれています そのうちの一つがこれ……口に出すこともできない【あの場所を人間に伝えようとすれば死ぬ】という命令です」
ステラは赤い血を流しながらそう言った―――




