240.薄暗い牢獄で
「転生者……って何なのさ? そんなの聞いたこともない」
「読んで字の通り、異世界の人間がこの世界の人間の体を乗っ取って転生する……世界にとって招かれざる客だ」
ガルドは忌々しそうにその転生者という言葉を吐き捨てる
リンファはその言葉にピンと来ていなかったが、ガルドが転生者という存在を嫌っているのは何となくだが理解できた
「その転生者……だったか? そいつらは異世界から来て何をしようというのだ」
アグライアがリンファの傷口を洗浄しながらガルドに尋ねる
「さぁな、理由など知らん、わかるわけもない」
「な…… お前が振った話だろ!ふざけた物言いを返すな!」
「喚くなアグライア、別に馬鹿にして答えてるわけではない」
アグライアの言葉にガルドは小さくため息をこぼす
それはアグライアの振舞いにうんざりしたというより、それもそうだろうな……といった感じのため息だった
「わからんのだ、転生したそいつらですらその理由がわからんのだからな」
困惑するアグライアをよそに、ガルドは少しだけ目を伏せて何かを考えこむ
そして何か意を決したようにリンファに真剣な表情を見せて言った
「そうだな、貴様には言うべきであろうな」
今まで見たことのないその表情にリンファは戸惑うが、ガルドの真剣さを感じ取ったリンファは何も言わずにその顔を向ける
その真剣でまっすぐなリンファの青い瞳を見て、ガルドはゆっくりと話し出した
「私はあの日神を見た…… そして、神代王を殺すと誓ったのだ」
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異形の穢れ、殺すべし
他の何を犠牲にしたとしても神の為、何より敬愛たる神代王の為にあの化け物は殺さねばならない
ガルドは神聖騎士団の隊長になったある日、心からそう思うようになった
元々王都に仇なす化け物を駆除するという使命に燃えて神聖騎士団に入隊した事を思えば、それは当然の思いだったかもしれない
だがその思いはある日急に、抑えきれない衝動と化して自分の心を燃やした
あの日ゴブリンハーフとその母親を始末しようとした10年前のあの日、ゴブリンの大群に襲われてガルドは多くの仲間を失った
当時の隊長も、その時犠牲となった
それからゴブリンハーフの行方はようとして知れず、長い年月が経った
だがある日近隣の村からその居所について密告があった
それは10年前のあの日、親子が住んでいた古い小屋
そこにずっとゴブリンハーフは生活を営んでいた
私はその情報に心が躍った
使命感と信仰心が私に異形の穢れを殺せと囃し立てた
だが、心のどこかで私は感じていた
『どうしてあの日から10年間同じ場所に住み続けていた化物を見逃していたのだろう』と
だがその考えはすぐにはやる気持ちに掻き消えた
一刻も早くあの化け物を殺す、その一心だった
だがその思いは遂げられることはなく、私はよりにもよってあの忌々しい異形の穢れ……ゴブリンハーフに敗北し苦渋を舐めさせられた
仲間を見捨て、仲間を陥れ、激情で仲間を殺し、忌み嫌う者と手を組み、そして……負けた
私は仲間を殺した罪で縄を打たれ、王都の牢獄に収監された
何の文句もなかった、むしろ当然だと思った
神と神代王の顔に泥を塗ったばかりか、自らの配下までその手で殺した
許されるわけがない
この首が吊るされようとも何の不服もない
だが、それに至ってもなおゴブリンハーフへの殺意は拭えなかった
乾いた喉に水を求めるように、その殺意への渇望はどうしても止めることはできなかった
何をしていてもその渇望を忘れることはできなかった
むしろ牢に入ってなお、その感情は留まることを知らなかった
まるで自分以外の何かが自分に命令している様な、そんなどうしようもない感情に支配されていた
理解しきれない衝動に支配されながらも、支配されていると言う事を心のどこかで認識する
まるで道すら見えない程の真っ暗な道の中で、誰かにその手を握ってもらっている様な、そんな感覚だった
けれどその手はいつも震えていて、いつも悲しそうに泣いていた
私はずっとその意味が分からずに、今日まで生きてきたのだ
異形の穢れに敗北してから王都の重犯罪者収監所に投獄された日の3日目の深夜
その日は月が出ているはずなのにやけに暗く、見張りの詰所から漏れる光も小さく心許なく感じた
自分の罪状が何になるのか気にならないわけではなかったが、そんなことはガルドにとってどうでもよかった
ただあの化け物を殺したいという渇望と、それを抑え込もうとする感情のせめぎあいに毎日必死で、それどころではなかったからだ
「このまま絞首刑にしてもらった方が楽だろうな……どうせこの渇望が満たされることはないのだから」
わずかに見える星を見上げながらあきらめたようにガルドは呟いた
「そうはいかんな、貴様にはまだ働いてもらわねばならぬ」
その声にガルドの背筋が凍り、即座に跪き頭を深く垂れた
姿など見なくともその声だけでわかる、凛とした威厳に溢れた声
目を合わせることすら自らの体が拒否するほどの威圧感を持った存在がゆっくりと鉄格子を挟んで眼前に立つのが肌で感じられた
「し、神代王……!?」
ガルドはわけもわからずにただひれ伏し、その足元を見つめる
足元からでもわかる豪奢で煌びやかな外套とブーツはこの薄暗い牢獄ですらも輝いているように感じられた
「ほう…… まだ自我を保っておるのか 随分とかかりが浅かったように見える」
「か、かかり……? 一体それはどの様な意味で……?」
言うやいなや、ガルドは我が身の異変に気付く
絶対に無礼な振舞いをしてはならないはずの神代王を前に、ガルドは顔を上げるばかりか立ち上がって神代王にその足を進めていた
「も、申し訳ありません! 体が勝手に……!」
ガルドは大いに焦り、叫ぶように弁明する
自分で言っていてそんな馬鹿な話があるかと思っていたが、現に自らの足が止まらない以上そう叫ぶしかできなかった
だが、ガルドは自らの状況がただの異変でないことに気付く
何故なら、神代王の表情に驚きも怒りもなかったからだ
平伏が常のはずのガルド程度の立場の人間が不遜にも立ち上がり近づいているというのに、神代王の表情にはなんの変化もなかった
まるでそれは当たり前の事の様にガルドをつまらなさそうに見つめると、手が届く位置まで来た瞬間にガルドの顔面を掴み上げた
「今度はもっと強く命令をしてやろう、呪殺部隊もお前が率いるがいい あのミアズマとか言うのは役に立たぬ」
「は……? がっがががががっががが!?」
神代王が退屈そうにその手を輝かせる
その光はガルドの心を照らし、焼き付け、そして焦がした
「ゴブリンハーフを今度こそ始末しろ、そして事を成したら死ね……【我に従え】」
神代王は至極当然の様に、ガルドに何度目かの精神支配の命令を植え付けた――――




