239.敵として認める
神代王は手にした剣を忌々しく握りしめた
絶対の力がもっと使えれば、こんな苦境に立たされることなどなかったはずなのに
わずかなイレギュラー以外を一声で始末し、近くにいる兵士全ての記憶を改竄する
かつてはそれで事は済んだはずだった
だが今はそんな簡単な事ができずに、目の前の雑魚共に追い詰められている
その現実が、神代王のプライドを深く傷つけていた
だがそれと共に、神代王の心にある感情が強く燃え盛っていた・・・
「さぁ、神代王 お答えください」
ファルネウスが神代王に迫る
その背中にはリンファやヴァレリア達が武器を持たず並び、皆一様に神代王を睨む
神代王の背後では取り押さえられながら未だにおかしな笑いを続けるミアズマと、わずかな親衛隊
呪殺隊はミアズマの取り乱し様を見て狼狽えるばかり
周りの兵士やマンダリアンに命令をかけたところでこの状況でまともに従うとは思えない
なにより、あいつだ
あのゴブリンハーフ・・・あれの攻撃は苛烈すぎる
コチラが戦闘に移れば即座に制圧されかねない
魔力もさきほどのガルドの簒奪でまともに残っておらず、戦力で期待できる者はあまりに少ない
だが神代王はそれでもこいつらに頭を下げることは我慢がならなかった
醜悪で不気味な化け物に頭を下げ許すなど、神代王にあってはならぬと心の底から思っていた
剣を抜き放ったのも、攻撃を放ったのも神代王側
それをなかったことになど、今の神代王にはできようもない
情けなく無様に言い訳など、神代王はしてはならぬのだ
そして神代王は決断する
「ゴブリンハーフ・・・」
その目にはもう怯えも恐れもない
「・・・はい」
リンファが神代王の変化に敏感に反応し、鋭い声を返す
神代王の目に、傲慢さと冷徹さが戻る
それと共に、目の奥に恐ろしいほどの怒りが宿る
リンファはそれを視て、理解する
理解するしかなかった
その目に戸惑えば、自分を大事にしてくれた人みんなが奪われてしまうから
「貴様は 我の敵だ 必ず打ち滅ぼす」
神代王が切っ先をリンファ喉に向けて堂々と宣言する
「貴様を異形の化け物と蔑むのは今日で終いだ、貴様はこの神代王たる我の堂々たる敵として認めてやろう」
そして神代王はリンファの周りのファルネウスやヴァレリアに目を向ける
「貴様等も覚悟するがいい、ゴブリンハーフに与する者は我の敵だ!」
その言葉に全員が息を呑む
王都に長年君臨し続けた神代王が、自分達を敵だと宣言した
その意味がわからない者など誰一人いないわけがない
「・・・ってこい」
いや、居た
ただ一人、ここにいた
「狙うなら、僕だけを狙って来い! 僕は逃げない、お前がどんな力を持ってきてもお前だけを必ず倒して見せる!」
人の道理にずっと虐げられ、それでも人を憎むことができなかった化外の民
ゴブリンハーフのリンファは威を発する神代王の目を真っ向から睨み返した!
「お前が僕の大事な人に手を出そうとすれば、それより早くお前の顔面をぶん殴る! 誰も傷つけさせるものか!僕自身もお前に傷つけさせてたまるものかよ!」
リンファが吠える
神代王の威光や巨大な権力などものともせず、まっすぐ言い返す
「そうであろうな、貴様ならそうするであろうな」
神代王が表情を変えず言葉を返す
「だからこそ我が敵と認めてやったのだ、久方ぶりの敵としてな・・・!」
権力や頭数や命令などでは決して屈することのない、シンプルな強さ
言ってしまえば伝説の龍、伝説の狼・・・そういったすさまじき力の象徴・・・リンファはまさにそういう類の敵であると神代王は認めた
もうリンファは人の枠内にて倒せるような存在でないと認めざるを得なかったのだ
「帰るぞ、マンダリアン」
神代王は剣を鞘に納めると警戒もせずに踵を返し背中をリンファに向けた
そしてその背中から禍々しい魔力を醸し出しながら、わずかに視線を向けた
「この窮地、この屈辱、なにより胸に沸いたこの恐怖・・・二度と忘れん」
その目にはもう慢心も嘲りもない
ただ自らの敵を撃ち滅ぼす覚悟を決めた、強者がそこにあった
「貴様は我の真なる力にて殺す・・・待っておれ、その首を脊髄ごと引き抜いてくれるわ!」
その瞬間、神代王の手が振り抜かれる
あまりに速いその動きにその場にいる全員が気づくことはできなかった
その振り抜かれた腕から発せられた極限まで圧縮された炎の一閃はファルネウス達に放たれていた
その炎の爆縮は周囲を呑みこみ、街全てを消し飛ばし瓦礫と化すほどの威力
街も、大地も、そしてそこにいた全ての人が皆一瞬で消滅するほどの炎の塊だった
それほどの早く眩しい魔力に反応できる者などいなかった
ただ一人を除いて
【八極剛拳 一閃無骸】
爆縮が始まる寸前、ただ一人その攻撃を認識できたリンファがその魔力に向かって刹那の連撃を叩き込み魔力を共鳴させその力を破壊する
破壊された魔力は膨大な炎と変わり、リンファに注がれる
その炎をリンファは螺旋の流れにて捌き、炎に呑まれながら自分の背中に立つ者達に火の粉一つ飛ばさせはしなかった!
「くっ・・・この愚か者がぁ!」
「り、リンファ!」
わずかに遅れて気づいたガルドとアグライアが即座に魔法を叩き込む
ガルドは膨大な水にて炎を抑え込み、アグライアは治癒魔法にてその熱傷を回復させた
リンファの体から魔法煙がたちのぼり回復を受けた傷が醜く盛り上がり腫れあがる
煙と熱に撒かれながら、リンファは必死に呼吸を抑え込みたじろぐことなく神代王に構えを向けた
「我が敵に救われたな、ファルネウス、ヴァレリア・・・貴様等如き、殺そうと思えばいつでも殺せた」
「大叔父・・・!」
「せいぜいこのちっぽけな街と島をその日が来るまで治めるがよい、その化け物を殺した後にゆっくりと滅ぼしてくれる・・・」
神代王はそういうと悠々と歩きだす
マンダリアンはファルネウス達に何かを言いかけたが、その言葉を抑え込む様に兵士達に号令をかけ撤収の指示して神代王の後に続いた
「神代王! 街も島も、みんなも絶対に滅ぼさせなんかしない!させはしないからな!」
熱と炎でボロボロになった体でリンファが吠える
今すぐにでも飛び掛かりたいほどにリンファは猛っていたが、ここまでの激戦と最後の攻撃がもうリンファの足を動かすことを許さなかった
神代王はそのリンファの雄たけびを背中で受け止める
マンダリアンはその時、見た
神代王のその表情を見てしまい、恐怖で脚を震わせる
神代王は心から笑っていた
歯をむき出しにして、眉を吊り上げ、その瞳を歪ませてニヤリと笑っていた
神代王はリンファに恐怖し、屈辱を感じ、怒りに震え、そして覚悟した
だが、それ以上の感情がその胸にあった
神代王の胸に燃え盛るその感情の正体
それは、興奮だった
自らを危機に追い込むほどの強敵の出現に、神代王は強い興奮を覚えていたのだ
退屈を吹き飛ばすほどの敵の出現に、神代王は笑わずにはいられなかった
「勝った・・・ いや、助かったの・・・のか・・・?」
ファルネウスがヴァレリアの方を見ながらポツリと呟く
「さあねぇ、死ぬ日が伸びただけかも知れんね」
ヴァレリアは小さくため息をついた
そんなお互いを見て、わずかに笑う
自らの王に歯向かい、敵としてみなされる・・・少し前なら、きっとそれだけはさせまいと何でもしただろう
でも今はちがう
すべきことをしたんだと言わんばかりに二人は笑いあった
「これからが大変だな・・・」
「あぁ、その事なんだが実は・・・」
ヴァレリアが何かを言いかけたとき、響く怒鳴り声がそれを妨害した
「魔法も使えぬ魔法に耐性も持たぬ愚かで醜怪で異形の穢れがふざけたことをするな! この化け物が!」
「うるさいなぁ! でもあぁしないとみんなが危なかったんだからしょうがないだろ!」
「貴様如きが私を守ったつもりか! 傲慢な物言いを申すな!穢れがぁ!」
別の意味で緊張感を漲らせた二人が睨みあいながら噛みつきあっているのを見て、ファルネウスとヴァレリアは思わず苦笑する
「人として大事な物は守った・・・ いや、守ってもらったって感じだな」
「そうだねぇ、そしてこの戦いの鍵を握るのはリンファ君、それと・・・」
リンファはアグライアをかばう様に前にガルドの前に立つが、アグライアがバスケのスクリーンアウトの様にリンファの前に立つ
「ガルド! リンファにそんな言い方をするな!」
「あ、アグライアさん! 僕大丈夫ですから!」
「やかましい! こんなことを言ってる場合じゃないんだこの馬鹿者どもが!」
ガルドがアグライアの肩越しに見えるリンファを睨みながら、ある事を尋ねた
「穢れ、貴様には神代王の力が効かないのはまことか?」
「え? あ、あぁ・・・なんでかはわからないけど・・・」
「・・・」
ガルドはそれを聞くと、さっきまでの剣幕をおさめて真剣な目を向ける
突然の変化に驚くリンファに、さらにガルドは言った
「その理由が、恐らくは神代王を倒す為のカギになる・・・それを明らかにするために私はここに来た、この街を守ったのもそのためだ」
「ど、どういうこと・・・?」
戸惑いながら問うリンファに、ガルドは小さなため息をついた
「転生者・・・この世界に突如現れる恐るべし力を持った存在のことだ」
「転生者・・・?」
「その転生者の力を私は持っている、そして何より・・・神代王は転生者そのものだ」




