236.故あれば
あの日から神代王に抱いた疑念は、日ごとに大きくなっていた
きっかけはリンファが飛翔島に来たあの日の出来事
最初は「ゴブリンハーフという神代王と国民が忌避する化け物を見定めてやろう」くらいの気持ちだった
大事にしている友人の娘であるアグライアに少なからず懐いている化け物だ、悪し様に除外するよりも何者か理解したうえで可能なら子飼いにしておく方が使い道があると思っていた
駄目ならいつでも処分する大義名分は立つ相手だ、処刑するも海外に放逐するもどうとでもなる
だがリンファと実際に話してみて、そこまで危険な存在でないと判断した
多少なりとも腕は立つようだし、しばらくは泳がせてみるのもいいかと思った
だが、あのメッセージを聞いた時にそんな考えはどうでもよくなった
母親の形見だというバンダナを何げなく手に取った時、そのバンダナに残されたメッセージに我が身が震えた
『ゴブリンハーフ を 殺すな 産めと 私は 神代王 に 命令 された 絶対 に 拒否 できない 力 で』
『あの 化け物 を 使って 神代王 は この 化け物 の 可能性 が わかる まで 育てよ そう いった』
『私は 神代王を 憎む それ 以上に この 化け物を 憎む ミリア=オルネスト』
いくつものぶつ切りの言葉が練りこまれた呪いの様な呪文が、そのバンダナから伝わってくる
感じる魔力は微弱だったけれど、その色はあまりに漆黒
ゴブリンハーフという化け物を殺すな、育てろと言ったのは神代王……・?
その日まで信じてきた記録とあまりに違う事実に、私は戸惑った
そしてこの事実が他の人間……特にアグライアに知れてはいけないと思い、その場でその魔力のメッセージを消去した
この事実を知っていることが神代王にバレれば、その命はあっという間に消される
そう感じずにはいられないとんでもない秘密だと私は断定した
そしてその日から、私……ルキウス=ファルネウスは神代王への疑念を持ち、その疑念を調べる為に動くに至ったのだ
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神代王は何も言わず、ヴァレリアの首を掴んだままファルネウスを睨みつける
ファルネウスは神代王の真っ黒な瞳の奥をまるで覗くように見つめ返すと、ポツリと言った
「『数百年前に作ってやった粗悪な魔法陣』とは、おかしなことをおっしゃる」
神代王の表情は動かない、だがファルネウスは見た
漆黒に染まる神代王の瞳の奥がわずかに揺らいだことを、ファルネウスは見逃さなかった
「どんな言葉も言い放つ貴方様が、この言葉にだけは何故か『いらぬことを喋った』とおっしゃっている……不思議ですね」
「……それがどうした」
「ヴァレリアを前に防御壁を破壊しゴブリンを招き入れるという裏切り行為まで放言したあなたが、この言葉にだけは失言だったという態度を取った」
神代王は動かない
ファルネウスは自分のヒゲを撫でながら、ゆっくりと尋ねた
「神代王、あなたは人を超えた力を持っている……そしてその力を今、失いつつあるのではないですか?」
その言葉に神代王は鼻で笑う
「何を言うかと思えば……下らぬ」
「『王都直轄 第15集落』」
ファルネウスが不意に出した集落の名前に、神代王の体が揺れる
明らかにその言葉に反応し、わずかに肩が震えた
かつてリンファ達がパット……ミディを助ける為に戦う原因となった集落、そしてガルドがその住民をほぼ虐殺した因縁の土地だった
「食糧生産地の直轄の集落が獣に襲われた これだけ見れば大したことではなかった」
神代王の手が緩み、ヴァレリアの首を放す
ヴァレリアはわずかに下がるとファルネウスに肩を並べ神代王に相対した
「だが、この長い王都の歴史で直轄集落は『神の御力』で絶対に襲われることはなかった 獣にも野盗にも、災害にすら……だからこそ直轄地は楽園と呼ばれ、防護柵の一つすらも作られては来なかった」
神代王はその手がヴァレリアを放したことに気付いていないかのように、その手を所在なく曲げたままにしていた
「そして、ゴブリンハーフ出生の秘密……何故あれほどまでに異形の穢れと処刑を行使しようとしたあなたが、わざわざその誕生に赴き嫌がる母親に育成を強制したのです?」
神代王は何も語らない
ただその口を閉じ、身じろぎ一つしない
もしかしたら次の瞬間、神代王の絶対の力でファルネウスは絶命させられるかもしれない
だがファルネウスは、それができないはずというわずかな自信と……それ以上に戦うと決めた心で神代王に更に立ち向かった
「何代も変わってきたはずの神代王……だが実のところ、その人知を超えた力でこの国を初代神代王が人の寿命を超えて君臨し続けてきた その力で世界の理を変えてこの世界を統治していた」
神代王は何も語らない
その沈黙は怒りか、それとも……
ファルネウスはその沈黙に冷や汗を流しながら、それでも神代王の目を見つめる
獲物を狙うネコ科の動物の様に、ファルネウスはその瞳孔を広げていった
「だがその力は近年において力を失いつつあった、あってはならない力のほころびを見せつけられた貴方は焦った……いや恐怖した」
ファルネウスは初めてそれを見た
長年見てきた神代王に、それを見たのだ
「いずれその力がなくなれば、絶対の力を振るう事が出来なくなってしまう、もう生き続けることができなくなってしまう……だからそれに変わる力を得ようと様々な研究に手を出してきた」
神代王の表情が曇り、額には汗が流れる
これほどまでわかりやすく狼狽する神代王を、ファルネウスはここに至るまで見たことがなかった
「オルファン要塞の魔鉱石の研究、古代禁術である冥術の研究、そして生まれるはずのないゴブリンハーフの異常な存在を利用しようとした……」
神代王の目が揺れる
「あなたはその失われつつある力を取り戻す、若しくはそれに変わる力を得るためにあらゆることに手を出した」
ファルネウスとヴァレリアは、わずかに視線をリンファに向ける
リンファはいつでも神代王に飛び掛かれるように、微塵も構えを崩していなかった
きっとヴァレリアやファルネウスに何かあれば、我が身を挺して神代王に飛び掛かるつもりだろう
ファルネウスはアグライアに視線を移す
まだ朦朧とした意識なのだろう、わずかに膝をつきながらそれでもリンファと同じ様に身構えている
幼少からずっと面倒を見てきた、我が子と変わりないくらい大事なアグライア
その子を戯れに命を弄んだ神代王を、ファルネウスは許せなかった
だからもう、覚悟を決めたのだ
「その妄執があの化け物を産んだのです、そしてあなたはその化け物の力を恐れ……欲している」
ファルネウスの目が、大きく見開く
「ゴブリンクイーンという化け物を作ったのは……神代王、貴方だ」
故あれば主君に矛を向ける、そういう覚悟を決めたのだ




