232.人間とゴブリンとゴブリンハーフの合奏が鳴り響く
ガルドの言葉に疑問は感じなかった
家を焼き、命を狙い、何度も戦い、対立してきた相手だったが
あの男が何とかすると言ったなら、きっとそれは間違いないはずだ
アイツが自分に対して
「やっぱりできませんでした」なんて
口どころか腹が裂けても言いたくないはずだからだ
そんなガルドの言葉を聞いてリンファは腹を括った
目の前で荒れ狂う紅蓮の龍を焼失させることができなくても、一瞬吹き飛ばすことくらいならできる、やってみせる
何故ならリンファもまたガルドにだけは
「頑張ってみたけど、ダメでした」
とは口が裂けても言いたくなかったからだ
――――――――――――――――――――――――――――――
青い魔鉱石がもたらした障壁はリンファ達の周りの大地と空気を冷やし、呼吸と踏み込みを盤石にさせる
やけただれた体はズキズキと痛むが、それを感じられるほどに紅蓮の龍がもたらす灼熱が遮断されていた
「リンファ、今の声……もしかしてガルド……か?」
「そう……みたいですね」
アグライアは自身の肩に刻まれた熱傷にはめもくれず、リンファの深い火傷の治癒に取り掛かる
流れる治癒魔法は魔力耐性のないリンファの傷口を刺すように痛みを走らせるが、リンファは眉一つ動かさずそれを我慢した
「すまないな……本当ならもっと丁寧に治してやりたいんだが……」
アグライアは辺りを見回しながら申し訳なさそうに呟く
ガルドがもたらしたであろう障壁はいまだ健在ではあったが、いまだ荒ぶる紅蓮の龍の力に目に見えてその力は削られ、いつその障壁が砕けるかわからない
「大丈夫です…… ありがとう、アグライアさん」
リンファは熱傷により感覚がなくなっていた両足からわずかな痛みが戻ってきたことを感じ、ゆっくりと構えを作る
痛みはあるが熱を感じなくなった気道に空気を送り肺を動かし、大地の魔力を感じながら腰を溜め、肩を作り手を突き出す
その手は華のように美しく咲き誇り、リンファの体に魔導発勁が練りこまれる!
大地の魔力を共鳴させて、リンファを中心に世界が揺れた
「アグライアさん、力を貸して……あの炎の龍を退ける!」
「わかった! 私の魔力、体……なんだって使え! 一緒にやろう!」
アグライアは信じ切ったまっすぐな瞳で、力強く言葉を返す
リンファはその言葉に思わず涙が滲んだが、それをごまかすように力いっぱいの笑顔を見せた
リンファの肩にアグライアの手が添えられ、白い魔力が迸る
銀毛輝く外套が魔力によりたなびき、アグライアは目を瞑り必死に詠唱しその術式を展開した
術式が進むごとに二人の周りの空気は凍てつき、氷の結晶が魔力で踊りだす
ダイヤモンドダストにも似た空気の流れが二人吐く息を白くして、足元を冷たく凍てつかせる
業火と灼熱が渦巻き荒れ狂う紅蓮の龍の目の前に世界が凍てつくほど極寒の息吹が生まれ、凍気渦巻く魔力に変わる
リンファとアグライアを包む障壁が悲鳴を上げてノイズが走る
二人はそんなノイズを聞きながらもそれを気にすることなく、集中する
リンファの左手の魔鉱石が光る
ピスティルの魔鉱石はアグライアの詠唱をその身に刻み、その術式を颶風に変える
凍気を纏ったその風は美しい管楽器を思わせる美しい音色を響かせた
リンファは颶風を掴む様に左手を突きだし、強くその足を踏み込む!
アグライアはリンファの体を支えるようにその手に力を込めた
紅蓮の龍の顎が開き、業火が走る
その瞬間、二人を守る障壁は砕け散った
紅蓮の龍の顎が二人を呑みこもうと襲い掛かろうとしたその時
絶対零度の颶風が紅蓮の龍に吹き荒れた!
「ふき……とべぇぇぇ!」
リンファの左手から美しい音色を響かせて颶風が集まり竜巻と変わる
竜巻は荒れ狂いながら紅蓮の龍を呑みこみ纏った灼熱の炎を凍てつかせる!
竜巻は留まるところを知らず紅蓮の龍の体を締め付けるように狭まり、紅蓮の炎に絡みあう
そしてその竜巻はやがてまっすぐな道を作り、その根元に構えるリンファの髪を優しく撫でるように一陣の風がそよいだ
「今だ! アグライアさん……行くよ!」
「いけぇぇ!」
リンファの左手が引き込まれると同時に、黒曜石の如く輝く外骨格に包まれた右手が鋭く撃ち放たれる!
その瞬間奏でる音は何重にも層を成し、美しい音楽を響かせた!
【八極剛拳 合奏旋風掌】
トランクとピスティルがかつて放った『ゴブリンの楽器』が、リンファとアグライアの手によって合奏に変わる
人間と、ゴブリンと、ゴブリンハーフの楽器が合奏となって音色を奏で、生れ出た凍気は紅蓮の龍の勢いを殺し……
燃え盛っているはずの紅蓮の龍は、まるで彫刻の様に凍てつきその動きを完全に停止させた
「やったぞ! 今だ! ガルド!」
『やりおったかこの化け物め! このガルドの冴えを指を咥えて見ているがいい!!』
その言葉と共にリンファ達の足元が青白く輝き始める
「こ、これは……!?」
エタノー領に元々敷設されていた巨大な魔法陣に魔力が走り、術式が展開される
城下町の塔にてそれを見ていたステラは、発動する魔法を目の当たりにしながら驚きの声を上げた
「結界ではない…… こんなことが……?」
青白く走る術式は結界ではなく、大地を走り展開される
そしてその術式に触れている者の体に纏わりつき、それらを輝かせた
迫る紅蓮の龍から必死に撤退していた魔法陸戦団やファルネウスの軍勢はその光がまとわりついた瞬間
体中から半分近くの魔力を失い、皆膝をつきその場から動けなくなっていく!
「な、なんだ……!? これは敵の力なのか……!?」
多くの兵士が恐怖に震えるが、その力は戻ってこない
輝くその魔法は次々と兵士達に纏わりつき、その魔力を奪っていったのだ
そしてその魔法の効果の前に権力の差などは存在しなかった
「が……?! な、なんだ……!?我の力が……!?」
複数の兵士に半ば引っ張られるように撤退をしていた神代王もその力で膝をつき、魔力を次々と吸い取られる
あまりの疲労に息も絶え絶えになったとき、どこかから声が聞こえてくる
『大叔父の力はやはり強大ですなぁ! 血縁としてこれほどの力をお借りできるなんて光栄ですよ』
「そ、その声……!? まさか……ヴァレリアか!?」
既に息絶えたと思っていたヴァレリアの声が響き、神代王は目を見開き狼狽する
『そうですそうです、先ほどは世話になりましたなぁ……あ、おい待て!もうちょい喋らせろ!まだ言い足りないんだ!』
「ふ、ふざけるな……! いますぐこの魔法を解け! ヴァレリアぁ!」
『そうは行きませんな、あなたの力が一番強大なんだ……精々吸い取らせてもらおう』
心臓を掴むような冷たい声が響き渡り、神代王は思わず自らの胸を押さえた
「な……なんだと……!?」
『死にはしませぬ、ご安心ください だから黙って国を統べる王として責任を取ってそのバカげた量の魔力をお貸しになるがよかろう』
神代王の満ち溢れる魔力が巨大な魔法陣を通じて展開された【魔力簒奪】の魔法によって吸い取られていく!
『兵の為、民の為、そして……』
『この私、ガルドリックが敬愛する神の為になぁ!』
「きさまああああああ!!」
ガルドはエタノー領に敷設された魔法陣を利用し、その魔法陣に触れる全ての者から魔力を簒奪!
そしてその膨大な魔力にて馬鹿馬鹿しいほどに巨大な氷の魔法を詠唱した
「お、おぉ……」
リンファは突如膝をつき倒れこみそうになったアグライアを抱きかかえるようにその手で支えながら、目の前の光景を呆然と見る
リンファの技でその周囲を凍らせられて動きを封じられた紅蓮の龍はその氷を砕き再度リンファに襲い掛かった
だがその刹那の瞬間降り注ぐ流星群の様な凍気の結晶が瞬く間に紅蓮の龍を刺し貫き、粉々に砕いていったのだ
結晶は着弾の瞬間蒸発していったが、絶え間なく降りそそぐ結晶はあっという間にその紅蓮の龍の身を大地に縫い留めながら削り取り、その炎は煙に変わる
煙に変わってもなおその降り注ぐ結晶は留まることを知らず、その煙すらも凍り付かせていった
さっきまで皮膚を焼き肉を焦がすほどだったその場所は、昨日と変わらない程の極北の寒さを漂わせていた
さっきまで目の前にいた紅蓮の龍が跡形もない雪山に変わる瞬間を見て、リンファは思わずため息を漏らす
そして疲れ果て気を失ったアグライアの吐息を確認して
ホッとその肩を撫でおろした―――――




