229.銀狼、吠える
神代王とゴブリンクイーンは天に手を伸ばすリンファを怪訝な顔で見つめた
王とクイーンだけではない、人間もゴブリンも皆リンファの姿を不思議そうに注目した
リンファはその視線に一瞥もくれず、ただ青い空を見上げる
そしてその手に導かれるように空は青さをなくし白銀に輝き始めた
「な……これは……!?」
神代王がその空の変化に戸惑う
気候を変化させる魔法?違う、そんなわけがない
この異形の穢れは魔法など使えるわけがない
だが現に目の前で変わっていく空の色と自らの頬に当たる雪の結晶は疑いようもない
そんな神代王の耳に、何かの鳴き声が聞こえ始める
気づいた時は微かな音だったそれは徐々にその大きさと数を増していく
それは狼の遠吠え、それも一頭や二頭ではない
数十頭の狼がまるで群れを成したかのように戦場に吠え、その鳴き声と共に空は真っ白に冷たく輝き凍り付いていく!
凍てつく空は大地を吹雪かせ、瞬く間に戦場を白く染上げる
さっきまで遠く山の稜線まで見渡せたはずのその光景は隣り合ったものすらも見えぬほどに暴風雪が吹き荒れた
「ありがとう、ステラさん…… 」
その体に積もっていく冷たくも暖かい雪にリンファは小さく呟く
神代王はその目を見開き、リンファから視線を外して一点を見つめ、遥か先にて鳴くステラーハウルを睨みつけた
『何故だ! 貴様等にかけた力は不変のはず…… 何故干渉できる!?』
神代王は魔力ではるか遠くのステラに怒鳴り声を送りつける
その声は怒り以上に戸惑いが混じっていることをステラは見逃さず、思わず含み笑いを送り返す
『どうしました異世界人? 声がうわずっていますよ……何を動揺しているのやら』
『その呼び方をやめろ! 我は神代王ぞ……! 貴様等には遥か昔に人間の戦いに干渉しない命令をかけているはず! 何故だ!?』
神代王はヒステリックに言葉を込めた魔力を何度も飛ばす
送ってくる魔力の余裕のなさにステラはくだらなそうに答えた
『干渉……? 私達は小さき友の願いを受けて、この冥力とゾンビで穢れてしまった大地を雪にて癒し休ませようとしているだけです お前の邪悪な力は依然として有効です、我らの数を見れば分かるでしょう?』
ステラの魔力を通して響く声を聞いていたかのように、方々からステラと同じ様に狼の遠吠えがそれに応えるように遠吠えを強める
その数は50 過不足もなくピッタリ50の銀狼の雪と氷を呼ぶ鳴き声が木霊していた
『ふ、ふざけるな! そんな理屈が通ってたまるか! 我の力は!我の命令は絶対ぞ!』
『現に私達はこうして穢れ疲弊した大地に雪を降らせています、それが答えでしょう?』
遠くを見つめて歯を食いしばる神代王を見つめ、リンファはわずかにほほ笑む
魔法が使えずとも魔力が視えるリンファには、神代王がここから遠くに魔力を飛ばしているのはわかっていた
そしてその先にステラが居ることも
神代王の顔がみるみる焦りの色に染まるのをリンファは見つめるが、神代王はステラとのやり取りに夢中でその視線に気づかない
威厳に満ちていたその顔が崩れ、狼狽していくその様が見つめられている事に気付かない
それはリンファだけではなく、これまで見せようとしなかった……絶対に見せてはいけなかった自分の臣下や多くの兵士達に威厳のない姿を晒してしまっていることを神代王は気づいていなかった
それほどまでに神代王はこの状況に焦っていた
『元々この極北に生きる私達がこの大地の穢れを嘆き癒そうとするのは必定…… さぁか弱き人間よ、この地が凍土で眠る前に巣穴に戻りなさい さすれば生きて帰れるくらいにはこの吹雪を弱めましょう』
50頭の巨大な銀狼は、穢れた大地を癒さんと吹雪を呼ぶ
兵士達はその寒さに武器を抱えたまま炎を呼ぶが、猛烈な吹雪はその炎すらも凍てつかせる
それはゴブリン達にとっても同じで、凍てつく大地から我が身を守ろうと身を寄せ合って魔力を以てその風雪を凌いだ
『神などというふざけた存在も、これをお前たちへの干渉とは認識しなかったようですね 大地を穢し死肉を撒く……それはもう戦いではありません』
ステラそういうと、嘲る笑いを奥に潜め、毛を逆立てて怒りを露にする
『お前がどのように争い、どのように死ぬかなど興味はない……勝手に戦い、勝手に死ぬがいい だが異世界人よ』
ステラと49頭の銀狼の目が全て神代王に向く
『忘れるな、お前の力が如何に世界の理を壊そうとも我らは伏せたりはせぬ……!』
『情けをかけてやったことも忘れて我の力を忘れて牙を向けるのか……獣! 今度こそ根絶やしにしてやってもよいのだぞ!?』
神代王の言葉に、天を裂くほどの咆哮が響く!
芯まで響くほどの咆哮に一瞬身を強張らせた神代王は我に返ったかのようにその視線をリンファに戻す
リンファはその青い目を白銀の世界で爛々と輝かせ、神代王の顔を睨みつける
「もうこれで戦争なんてしてる場合じゃなくなったはずだ、貴方も、ゴブリンも」
無表情でリンファが神代王に言い放つ
神代王は無様な焦りを見せていたとも知らず、精一杯取り繕いながらリンファを睨み返した
「これで勝ったつもりか……穢れた化け物め」
「勝ったつもり……?」
神代王の鼻先にあたるほどにその顔を近づけ、リンファは目を見開いた
「勝ち負けなんてどうだっていい、貴方が僕や僕の大事な人を傷つけようとすれば何度でもこうやって戦うだけだ!」
リンファの眼があまりに鋭くて、神代王はわずかに目を背ける
それは意図もせず、意識もなく
これまで見下し生殺を握っていた醜悪で下等な生き物であったはずのゴブリンハーフ……リンファの眼を避けた
その事実に神代王は恐怖と屈辱を押さえることができなかった
「さぁ、兵を退いてください 戦えない理由はできたはずです」
剣を我が身をかばうように構える神代王を前に、何も持たず拳すら握らずその手を見せたままのリンファはそう言った
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クイーンは豪雪吹き荒れるその戦場でゴブリンの様子を見て怒りを吐き出すように深いため息をつく
漆黒の甲冑を身に着けたゴブリン=ソード……リーフは何も言わずにその傍に立つ
今のクイーンの表情は怒りとも笑いとも違う、無表情に近い顔をする
その心情は伺い知れないが、リーフをもってしても感じたことのない不気味な空気をまとっていた
雪深いこの大地に住まうゴブリンをもってしてもこの天候は戦いの意志を削ぎ、生命の危機を感じさせる
今は魔力で風雪に耐え忍んでいるが、もはや戦いなどできる状態でないことは誰の目にも明らかだった
その状況を無表情で肘を突き眺めていたクイーンが小さく息を吐く
「ソード、撤退します 各員に号令、準備が終わったらすぐ移動を開始しなさい 」
「……承知いたしました、では伝令を送ります」
クイーンの言葉にさして感情も見せずリーフは数匹のゴブリンを引き連れて指示に従う
戦争が止まったことも、リンファがそれを成したであろうことにもリーフは心が動かなかった
ただその命令を聞いて、動くのみだった
クイーンはリーフが動いてもなお変わらず無表情でゴブリンや人間の軍勢を眺め続けていたが、ふと思い立ったように顔を上げ、魔力を飛ばす
『アバカス、聞こえますか』
『はい、聞こえております……先ほどは大変な失態をしてしまい……』
アバカスは開口一番自らの非を詫びる
そんな事はどうでもいいと言わんばかりにクイーンは言葉を遮った
『命鉱石を飛ばしなさい』
『は……え? し、しかし……さきほど撤退すると命令を……』
その命令に戸惑いを隠せないアバカスにクイーンはため息をつく
『いいから命鉱石の全てをありったけ飛ばしなさい、私の元に届けるのです』
『あ、ありったけ……!? そんな……!?』
クイーンはアバカスの言葉を待たず、魔力の通信を切る
そして人間の陣地に立つリンファを見ながら
口角を不気味に上げてほほ笑んだ――――




