223.笑顔のふたり
腐り行く大地に躍り出たリンファの背中を掴むかのようにアグライアは手を伸ばし声を上げようとする
ステラが展開する力の外は冥力が立ち込める地獄の世界
アグライアはその小さな後ろ姿に『行くな!』と叫ぼうとした
だがその時、それがわかっていたかのようにリンファは一瞬振り向いてアグライアの目を見た
「大丈夫!」とニカっと笑う
それは今までの笑顔と違う、力強い笑顔
挺身でもない、自己犠牲でもない
今までのリンファとは違うその笑顔を見た時、アグライアは目をわずかに見開き
そして喉まで出かかっていた言葉を飲み込み、リンファと同じ様に力強く笑ったのだ
「……頼んだぞリンファ!」
二人はその力強い笑顔を見せあうと、自らの戦いに戻ったかのように視線を変える
「ステラさん、もっと魔力を回してくれ」
「……危険ですよ?」
ステラは答えがわかっているのに、少しだけ意地悪そうに言葉を返す
その言葉にアグライアは不敵な笑顔でステラを見つめて言った
「アイツが大丈夫というのだから、私だって大丈夫と言わないとな!」
――――――――――――――――――――――――――――
マッドゴーレムとでもいうべきか
堅いはずのレッドゴーレムはその姿をまるでドロドロのヘドロみたいな色と形に変えていた
朽ちたはずのレッドゴーレムの残骸たちは冥力を噴出させながら残った魔力で強引にその身を動かす
その動きは緩慢で、かつてのアバカスが操作していた様な精密さは見る影もない
だが、その砕けた命鉱石は既にその形状を忘れ、不気味に周囲の命鉱石を積み重なり変質していく
冥力の影響かドロドロと解け始め、指先だったものから魔力と冥力が合わさった残滓が零れ落ち大地を溶かす
そしてそれらは群体となり、辛うじて光るコアがまるで眼球の様に不気味に浮かび、リンファを睨みつける
(殺してやるぞ、出来損ない)
もうそのコアはその記憶と感情しか残っていない
かつてダガーだったコアは劣化に重なる劣化でそれ以外の記録を残していなかった
そんな殺意の塊の群れ……マッドゴーレムがリンファに襲い掛かる
はずだった
【八極剛拳 電光箭疾歩】
群れが勢いを増して襲い掛からんとしたその刹那、リンファはその機先を制し拳をむき出しのコアに叩き込む!
魔導発勁の共鳴がコアの魔力を暴走
ダガーの残滓はその形状を維持できずに砕け散る
「ダガー!僕はここだぞ! お前が来るなら何度だって僕はぶん殴ってやる!」
リンファは跳ねるように次のマッドゴーレムに飛び掛かるとその泥の様な体に掌底を叩き込みその体に巨大な波紋を発生させて飛び散らせる
【八極剛拳 青龍掌底】
その身を覆っていた命鉱石の残滓は青龍の顎によって吹き飛ばされ、コアのみがむき出しとなる
コアはそれでも何度も光りリンファを殺そうと霧散した我が身を動かそうとするが、虚しく明滅するのみ
リンファはそんなコアを地面に落下する前に頂肘に破壊し、即座に振り返る
そこには数体のマッドゴーレムが不気味な声を上げながらその溶け落ちそうな顎を大きく開き強力な溶解性の吐しゃ物をリンファに向けて発射した!
大量の溶解液はリンファの周囲の土や石を無惨にも溶かし、地面を液状化させ沈ませる
溶解した物体から発生する灰色の煙が一気に立ち上り辺りを真っ白に染め上げる
その刹那、その煙を真横に切り裂くような一撃がマッドゴーレムの一匹に襲い掛かりそのコアを砕き瓦解させる
その隣にいたマッドゴーレムが再度溶解液を噴きだそうと口を開けようとした時、その大口に龍の牙の様な一撃が突き刺さりコアを破壊した
白い煙を左手で振り払い構えを作るリンファ
その右手にはマッドゴーレムの溶解液などものともしない、トランクの魔鉱石から堅牢な外骨格が展開されていた!
「そんなんじゃ……薄皮一枚溶けないってさ!」
リンファはそう言いながら飛び掛かろうとするマッドゴーレムが身を沈めた瞬間を狙って右手を鋭く振り抜きその外骨格を投てきしてコアに直撃させる
外骨格を突き刺したままのけ反るマッドゴーレム、リンファはそれめがけて跳躍!
「砕けろぉ!」
【八極剛拳 天隕流星脚】
外骨格という楔を打ち込む様にリンファの一撃がマッドゴーレムのコアを貫き、破壊する
マッドゴーレムはそれでも大量にリンファに襲い掛からんと迫るが、リンファの顔に恐れも焦りもない
何のために戦うか、誰の為に戦うか
自分がどうしたいかわかったリンファにとって殺意と復讐にとらわれたダガーの残滓など、もはや敵ではなかったのだ
その時、リンファは自らの左手を見て何かに気付く
「そうか、そうだねピスティルさん」
そしてニッコリとほほ笑むと、アグライア達の方に向かって駆けだした
――――――――――――――
アグライアの構築する法術陣は幾層に積み重なり、およそ通常の人間が構築できる魔法の域を大きく超えていた
オーバーロードしかねない術式をアグライアは必死に制御し更に展開を続ける
アグライアの傷口はその魔力の圧力でいくつか開いてしまい、赤い血が展開する魔力の奔流に巻き上げられて赤い霧を作る
その血はアグライアの顔や髪を染めるが、それでもアグライアの詠唱は止まらない
「アグライア、これ以上は無理です! この浄化法術陣は人間が扱える規模を超えている……!」
あまりの規模にアグライアの身を案ずるステラに、アグライアは疲弊し瞼をわずかに落としながらそれでも笑いながら首を横に振る
「もう少しだ……もう少しでこの山脈全てを浄化できる! 中途半端じゃ意味がないんだ!」
アグライアは自らの顔を殴りつけるように鼓舞して詠唱
だが張り詰めた神経が揺らぎ、アグライアはその意識が途切れたかのようにバランスを崩しその場に倒れこみそうになる
その時、そんなアグライアの手を力強く掴み支える者が居た
「り、リンファ……!」
「アグライアさん、大丈夫!?」
リンファはアグライアの手を掴み、少しだけ心配そうな顔をする
そんなリンファの手を握りしめながらアグライアは倒れそうな体を奮い立たせ、笑顔を見せた
「大丈夫だ……! もう少しで発動可能になる、心配するな!」
やせ我慢もあっただろうが力強く笑うアグライア
その笑顔にリンファもつられて笑う
そしてリンファはそんなアグライアの笑顔を見ながらそっと何かを手渡す
「こ、これは……?」
「ふふ……」
キョトンとするアグライアを見て、リンファは微笑む
アグライアの手には、リンファが大事に身に着けていた左手用のグローブ
小さいけれど凛と輝く真っ赤な魔鉱石が美しくたたずむ
「ピス……ティル……?」
そしてその魔鉱石はアグライアをまるで支えるかの様に魔力を放ち、その身を優しく包み込む
魔鉱石から沸き上がる清らかな水の玉はアグライアの傷口に優しく染みわたりその傷を清め、癒していく
あの時あの船中でピスティルが赤ん坊を癒す為に生み出した清らかな水が、あの時と同じ様にアグライアの傷を優しく洗い流していった
そしてピスティルの魔力はやがてステラの放つ膨大な魔力に重なり、巨大な法術陣を制御する為にアグライアに力を貸してくれた
輝きを放つその魔鉱石は何もしゃべりはしないけど、何を伝えようとしているのかはアグライアにもわかった
その輝きにアグライアは思わず涙する
そしてその涙を見てリンファは目を細めた
「ピスティルさんがね、アグライアさんと一緒に戦いたいって」
アグライアは少しだけ涙を浮かべて頷くと、そのグローブを身に着けてリンファの右手のグローブの魔鉱石と重ねる
二つの魔鉱石が小さく澄んだ音を響かせ、二人は笑った―――――――――――――




