220.両者の怒りの向く先は
ブラックゴーレムの剛腕がリンファの顔面目掛けて撃ち込まれる
まともに当たれば岩をも簡単に砕くであろう腕力だったが、リンファにとってはあまりに遅い
だがリンファはかわそうとせずその一撃を敢えて真っ向から自らの拳で迎え撃つ!
拳と拳が激突し、リンファの拳がわずかに裂ける
ブラックゴーレムの拳は傷一つないように見えたが、その瞬間破裂音が響き渡り腕部に生えかけていた刃の様な鱗が砕け散った
「やっぱりかわさせる為の攻撃だったか……見え見えですよ!」
お返しと言わんばかりにリンファはぶつかり合ったままの拳に力を込め、大きく踏み鳴らす!
その瞬間ブラックゴーレムの拳に魔力の共鳴が響き、轟音と共に砕け散った
『死ねぇ!』
だがブラックゴーレムを操縦するアバカスは砕けた拳をものともせず、その砕けた腕から豪熱魔法を展開!
砕け落ちた破片もその魔力に反応し火柱となってリンファに襲い掛かる
だがその魔法が発現した時にリンファの姿はなく、煙の様に消え去る
その一瞬の間隙を縫ってブラックゴーレムの懐に踏み込み、その無防備な横っ腹に肘打ちを叩き込んでいた
【八極剛拳 金剛頂肘】
放っていた魔法がその一撃で狙いが上空に走り、爆炎がブラックゴーレムに降り注ぐ
リンファは撃ち込むと同時にゴーレムの脇腹を蹴るように後退し間合いを開き、構えを崩すことなくゴーレムを睨みつけた
自らの巨大な炎の魔法をその身に受けてなおゴーレムはガシャリと音を立てながら首を動かし、その不気味な瞳をリンファに向ける
砕けたはずの腕は不気味な黒い鱗が広がって地面に散らばった破片とつながり、何もなかったの様に元通りの腕に戻っていた
「破壊した箇所が直ってる……! タフな上に回復まですごいのか」
リンファはその様子を見て驚きの声を上げる
命鉱石というゴブリンを媒介にして作られた素材でできたブラックゴーレムは、人形でありながらその怒りと殺意を全身から漲らせリンファにその身を向けた
『あの選別の時からわかっていたつもりだが……化け物め……! その力で私達を嘲笑ったか? 仲間の命を使わなければ生き残れない私達を蔑んだか!?』
ブラックゴーレムが憤怒のオーラを噴きだしながら猛然とリンファに向かって走り出す!
「蔑んでなんか……ない!」
リンファは走りこんでくるブラックゴーレムに向かって構え、大きく踏みこみ地面を震わせ爆発させる!
【八極剛拳 地烈爆震脚】
だがブラックゴーレムは噴きだす岩や土などものともせず、減速することなく一気に間合いを詰め掴みかかってきた
「ば、爆震脚がまるで効いてないのか!?」
左右から迫る両腕をとっさに跳躍で回避するリンファの眼前にゴーレムの背中から突如生えた3本目の腕が拳を握り殴りかかって来る
だがリンファはその動きを見切っていたかのようにその拳を蹴り足で防ぎ更に高く跳躍した
「僕はゴブリンを笑ったりしない!けれど、哀しいと思った!」
跳躍から一気に下降し、踵落としをブラックゴーレムの後頭部に叩き込み、地面に撃墜させるリンファ
だがゴーレムは地面に激突したことなどまるで効いて居らず、その頭を一気に持ち上げてリンファを吹き飛ばした
『それが嘲りだというのだ! 汚らわしい人間の血を引く化け物が! 飯を食い寝るだけで生き延びられるゴブリンもどきがあぁぁ!』
アバカスは叫びながら両手を地面に突き刺すと、その肩をリンファに向ける
ゴーレムの肩はガキガキと砕けるような音を響かせながら砲台の様な筒状の突起を展開し、リンファに向けて命鉱石の砲弾を撃ち込んだ!
『砕け散れ! ゴブリンの呪われた理から外れた例外め! 死んでいった仲間に詫びろ! 罪を背負った我らに頭を下げろぉぉ!」
アバカスの怒りの籠った砲弾はデタラメな軌道を描きながらリンファに迫る
けれど魔力が視えるリンファにとってはデタラメに見えるその軌道も、不意打ちにはならない
リンファはその軌道を見切って掌底を撃ち込み破砕させた
破砕と同時にその命鉱石が雷撃を炸裂させるが、それも見切っていたリンファは螺旋の動きでその雷を捌き消失させた
しかしその攻撃を捌いた時、リンファの脳裏に命鉱石の面影が走る
命鉱石砕けるとき伝わるゴブリンの最期の瞬間
その姿にリンファは小さく声を漏らした
「あの時の……ゴブリン……さん……」
その脳裏に浮かんだのはゴブリンクイーンの城でリンファを逃がしてくれたボロ布をまとったゴブリン
発病者で、トランクの部下で、リンファの手錠を外してくれた……ゴブリン
そのゴブリンが泣きながらその瞼を閉じ、真っ暗な世界に落とされる、そんな最期がリンファの脳裏に走った
「つ、ついこの前の事なのに……もうこんなものに変えてしまったのか……!?」
『こんなもの……?』
あのゴブリンを思って怒るリンファの言葉に、アバカスは怒りを揺らす
リンファは怒っていた、やすやすと命を凶器に変えるゴブリンのやり口に怒っていた
アバカスは激怒していた
これしか生きる道がないゴブリンの血塗れの宿命を「こんなもの」と言ったリンファに激怒していた
アバカスは元々アックスやソードの様な前線で戦うために教育されたゴブリンではなかった
どちらかと言えば内務的な部分を一手に行う為の教育を施されてきた
だからこそ、ゴブリンという種族がどういう末路を辿り、どうしなければ繁栄できないのかを肌を感じ続けてきた
人と同程度の知能を持っている以上、人より遥かに短い寿命では発展などできない
魔法知識にせよ、文明レベルにせよ、社会構築にせよ、それを学び実践し発展するために時間が必要なのだ
どんなに人間が持っているその知識や道具を簒奪してこようと、それを維持できなければ意味がない
そして維持ができなければゴブリンはいずれ駆逐されてしまう
獣として生きることができていればどれほど楽だったか
意識を持ち、言葉を持ち、知識を持ってしまった今はその生き方すら選べない
だからこそ、仲間の命を踏み台にして進むことを決断したのだ
身勝手な選民思想だと自覚しながら、仲間の命を踏み台にするその罪悪感を死ぬまで背負うと決めたのだ
だからアバカスは感情を殺し、仲間の命をただの数字として処理し続けた
仲間の顔を見ないようにして粛々と選別し命をより分けたのだ
処理をしたゴブリンの情報を示した書類はどれ一枚とて捨てていない
城の地下に納めて、その日が来るのを待っている
ゴブリンの血塗られた道の終着点にたどり着いた時、その書類と共に我が身を焼却するために大事に取ってある
ゴブリンが生きようとする道が何よりも間違っていると感じているのは、他の誰でもないアバカスだった……
だからこそ、アバカスはリンファが許せなかった!
それを目の前のゴブリンの出来損ないは!血まみれの道から外れた例外風情が自分たちを「哀しい」と言った!
『苦も無く生きて成長できる貴様が! ゴブリンの命を語るなあああ!』
怒りに震えるアバカスがゴーレムの手に炎を纏わせてリンファに再度襲い掛かる!
「ふざけるな! 命を何だと思っているんだぁー!」
リンファの怒りが大地を震わせる
「あの時助けてくれたゴブリンは泣いていた!死にたくないと泣いていた!それを無理やり殺して武器に変えるそのやり方が正しいわけがないだろう!」
迫るゴーレムをリンファは迎え撃つ
分かり合えない両者の拳が再び交差した――――




