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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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215/256

215.蒼天

燃え盛る炎が風を呼びアグライアの髪を揺らす

煌々と燃え栄える炎は熱と光を呼び、アグライアの心と体を疲弊させてきた

爆音と悲鳴、そしておぞましい蠢きがそこらじゅうから響き渡る



もはやまともに動くことすら叶わず、かろうじて刃部の残る折れた剣を必死に構えるアグライア

そんなアグライアの喉元に、黒く光る太刀の切っ先が突きつけられた



「人間にしてはよくやった……望む死に方をさせてやるから選ぶがいい」


アグライアはその切っ先を喉元に感じながら、刀を向ける黒い死神の様な騎士を睨みつけていた

その視線にさして感情を見せることもなく、黒い死神は言葉を続ける



不気味な白い歯をむきだしにした黒い塊が死兵を食む

「辺りを蠢く闇の口に飲まれ、全身を瘴気に蝕まれて死ぬか」


死兵はその身を細切れにしながら闇の口にへばりつき、噛みつき、千切り、力まかせに蹂躙を繰り返す

「人間だったものにその身をズタズタに千切られて死ぬか」



辺りの地面が不意に揺れ、姿の見えぬ巨大な何かが樹木をなぎ倒しながら進んでいく

「新たに進行を始めたレッドゴーレムに粉々にされるか」



黒い死神はアグライアの喉元につけた切っ先をわずかに近づけ、その白い喉に切っ先を当てる

わずかに切れた皮膚から赤い球のような血がわずかにこぼれ、アグライアは痛みと恐怖でわずかに声を漏らした


「そして私に一刀の下に斬り伏せられるかだ…… 選べ、できれば苦しませたくない」



その切っ先が離れ、アグライアはその傷口をおさえる

皮一枚のみを裂いたその傷口はもう血が止まっていたが、その傷口をおさえる手は微かに震えていた



だがそれでもアグライアは毅然とした表情で死神を睨みつけ、その旗を支えることをやめなかった



「どれも御免被る……! 私は絶対に死ぬわけには行かないんだ!」


震えを必死に押さえ込みながら、その剣を死神に向ける

それと同時にアグライアは詠唱を始め、聖なる鎖を顕現させた

だが魔力も残り少なく集中力も途切れた状態で顕現させたその鎖はあまりにか細く、脆い

アグライアはその鎖を自らの左手……決して倒してはいけないその旗を握ったその手ごと縛り付けた



「理解に苦しむな……命を捨てるわけでもないのにわざわざその身を縛り戦いの不利を招く、生き延びるのであればその旗を投げ捨てて逃げるほうがまだ可能性が高いだろうに」

いつでも殺せると言わんばかりに刀を向けたまま死神はアグライアを見つめた


わずかに揺れる死神の切っ先を注視しないように死神の顔をにらみつけたま、アグライアは口を開く

「貴様にはわからぬ話だよ…… この旗は、この旗だけは倒すわけにはいかないんだ!」




その時アグライアの足元が微かに光る

その光は鎖となって土中を進み、黒騎士の足下で止まる


アグライアは魔法を展開させるその足を隠すように後ろに引きながら半身の構えを取り、死神の切っ先に添える

刀身の半分を失った無惨な剣は相手のリーチの半分もなく、まるでナイフを構えている様な心許ない間合いとなっていた


だがアグライアはここに至ってなお、諦めようとはしていなかった




「死に方は選ばぬか…… いや、戦いの上で死ぬことを選んだともいえるな」

アグライアの構える姿にもはや言葉などはないと刀をカチャリと鳴らす


「あぁ……戦うさ……そして生きる……!」

アグライアは半身の構えでその身をわずかに震わせながらその切っ先に触れる


お互いがにらみ合ったまま微動だにしない

爆炎が大地を焼き、煙が空を覆う

戦火の響きに曝されながら、お互いが構えたままその時を待つ




だが、死神に緊張はなかった

アグライアの隙を狙うわけでも、斬突の機会を作っているわけでもない

いつでも刺せる、いつでも斬れる、いつでも殺せる


だからこそ、アグライアが自らの意志で動いた瞬間を最後にしてやろうと構えていた





アグライアも黒い死神の力に遠く及ばないことは十分に理解していた

だからこそわずかでも隙ができるその瞬間を待ち続けていたのだ




二人がにらみ合う




数時間にも感じられたその数秒が経過したその時、曇天の空が赤い雨で光る


否、それは雨ではなかった

ゴブリンクイーンの城より打ち放たれた命鉱石がまるで雨の様に戦場に降り注ぐ

ゴブリンの命が形を変えたそれが、まるで石ころのように戦場に投げ捨てられるように放たれた



その命鉱石は魔力を帯びてその落下速度を増し、威力を持って対象を狙う



二人が構えたまま睨みあっているその時、命鉱石は着弾した



「ギャアアア!」

戦場の各所から悲鳴が聞こえる

降り注いだ命鉱石は戦場の生きているゴブリンめがけて次々と着弾

魔力を帯びた強力な力の命鉱石はゴブリンの体に突き刺さり、その体内で魔力を放出する!





「命鉱石が……ゴブリンを狙っているだと? チッ……」


命鉱石はゴブリンを狙う

それはもちろん黒い死神も例外ではなく、数発の命鉱石が黒い死神に狙いを付ける


「なんのつもりだ……! 」

命鉱石が直撃する瞬間に死神は一瞬構えを外し、その降り注ぐ命鉱石を受け流そうと刀を振りかぶる


「今だ!」



アグライアはその機を逃さずに残り少ない魔力を放出し、地中に潜めていた鎖を解き放った!

死神が命鉱石を払った瞬間にその足元がめくれ上がり、土中より聖なる鎖が伸びてその足を搦めとる!



死神が一瞬それに気を取られたと見るや、アグライアはそれを好機と鋭く踏み込んだ

折れた剣を振りかぶり、一気に打ち下ろそうとする刹那



漆黒の甲冑に埋め込まれた不気味な髑髏がその底なし沼の様な眼窩を向ける


アグライアは斬撃の瞬間、死神の髑髏と、目が合ってしまった



「残念だったな」



【北天一刀流 首刎土竜】



黒い死神の手元が一瞬消えたように鋭く動くと、地面が抉られるようにその刀が鋭く撃ち込まれ、その土を巻き上げる

その斬撃の軌道はVの字の様に地面を抉りながら地面を裂き、死神を狙った聖なる鎖と……




聖なる鎖と共にアグライアの剣を切り裂いた




「あっ……」


アグライアは叫びでもなくうめきでもなく、小さく呟く

その瞬間、アグライアの鎧が音もなく崩れる


アグライアの胸から肩にかけて血が噴きだし、ストンと力を無くした膝が大地に沈む

かろうじて致命傷には至らなかったものの、アグライアはもうまともに体を動かす事ができなかった



だがそれでも、まるで我が子を守るように力の抜ける腕で必死にその旗を支える

急速にぼやける視界の中、それでも暗中をもがくように必死にその旗を空に見せつけた



旗が血で染まる

赤く染まったその旗が、曇天の空に泳ぐ




「そこまでしてその旗を掲げるか……人間とはわからん生き物だな」


浅い息で旗にしがみつくアグライアを見ながら死神は呟く

手にした刀を見つめ、その切っ先についた血を払った


「だが、止めを刺しきれなかったことは詫びる 貴様の死に物狂いの策に手元が狂ってしまった」


血払いをした刀を両手で握り、ゆっくりと手の内を作る

膝をついたアグライアのその首を見つめ、死神は上段を取った



曇天の空に炎に煽られ赤く輝く三日月の様なその刀身を、アグライアは睨みつける

ここに至ってもなおアグライアはまだその身をよじり、旗をかばおうとした



「そこまでくると見事だ……その心意気に免じ、一太刀で命を断とう」

死神が構えたまま、ゆっくりとアグライアを見つめる

アグライアは歯を食いしばり、その旗を守る


流れる赤い血が、地面にこぼれる

もう指一本も動かせない


けれど、それでも

この旗だけは



「リンファの命だけは……守る……!」


「そうか、ではさらばだ」



死神はその名前に一瞬だけ肩を震わせたが、もはやもう関係はない

死神の刃が天を突き、怪しく輝く



大地が焼け、樹々は燃え、人もゴブリンも皆死んでいく

そして今


死神の刃が 天を離れた






【八極剛拳】





死神の刃が離れた天が光る

曇天を切り裂いて、蒼天が疾る




そして死神がその刀ごと、蒼天より撃ち込まれた一撃に吹き飛ばされる!





【八極剛拳 天隕流星脚】




死神の漆黒の装甲がひしゃげ、樹々をなぎ倒しながら十数メートル吹き飛ばされる

隕石の如き速さで舞い降りた衝撃で、大地が隆起し石と土を巻き上がる




そのあまりの音にアグライアはぼやけた視界を空に向ける

そこにはぽっかりと穴の開いた曇天に、あまりに真っ青な空


そしてその蒼天から刺す光の先に、居た





ぼやけた視界でもわかる


緑がかった肌、尖った耳、鋭い爪——

全世界にはびこる人類にとっての害獣、ゴブリンと酷似したその姿……

けれど整った顔つきと、そして何より




何より美しく青い瞳……






「リン……ファ……!」




アグライアの前に頼もしく立つ




リンファの姿がそこにあった――――――――――――



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