211.檻の中
レッドゴーレムの可動部に肉片がこびりつき、その動きを奪う
殴って粉々にしたはずなのに、へばりついた肉片と吹き飛ばした肉片が冥力の糸でつながり、再び結合する
結合しようとする肉片を振り払おうと暴れれば暴れるほどそれらは体のあちこちにへばりつき、とうとうゴーレムの動きを停止させた
「アバカス様!攻撃してもキリがありません!何度も何度も・・・ぎゃああああああ」
人間よりも大きい巨躯を誇るゴブリンが、泣き叫びながら体中を引き裂かれ殺されていく
その叫びを耳にへばりつかせながらアバカスはこの窮地を打開しようとあがく
『全軍! 奴らを可能な限りバラバラにして焼け! 闇の口もだ!』
反撃の一手など思いつかず、焼石に水の命令がゴブリンに下される
広場の中央で神代王とミアズマはその光景を観察する
その周りには100名以上の呪殺士が今もなお大地に溢れる冥力を媒介にして兵士の亡骸をゾンビ・・・死兵に変え続ける
ミアズマは神代王の3歩後方で跪きながら、ゴブリンの醜態を見ながら楽しそうに笑った
「愚かな・・・冥力の使い方も満足に知らぬとは哀れな事よ」
神代王は表情一つ変えずにその光景を見つめ、小さく溜め息をついた
「奴らの扱う神聖魔法も冥術も所詮は表層のみの浅い見識・・・、下賤な化け物の児戯よ」
その言葉に更にミアズマはほくそ笑む
「本物の冥術の恐ろしさを奴らにその身をもって味わわせてやりましょうぞ」
そういうとミアズマの体から瘴気が迸り、大地の冥力がさらに沸き立つ
ミアズマの動きなど微塵も気にせず、神代王は自らの足元を踏みしめる
腐りもせず侵されてもいないその地面を感じながら、わずかに眉を潜ませる
「我にあくまでも逆らうか・・・不愉快よの」
ヴァレリアはもう体裁も気にする余裕もなく血とポーションが混じった唾液を口からこぼす
とっくの昔に限界を迎えていたけれど、それでもヴァレリアは障壁の維持をし続ける
「ヴァレリア様! もうおやめください!ここは一度撤退を・・・」
「お前たちは逃げろ・・・私は・・・私は・・・!」
同じくボロボロになりながら障壁の維持をする部下に、ヴァレリアは息も絶え絶えに撤退を指示する
もはや座っているのかどうなのかもわからない程に曖昧な意識でなお、ヴァレリアはうわ言のように呟き、障壁を維持する
「私は・・・領民が・・・帰る・・・場所を・・・守る・・・守るから・・・!」
部下が必死に止めるが、まるで魔法陣と一体化するかのようにヴァレリアはそこにしがみつき続けた――――
剣は折れた、盾も砕けた
拾った武器を振るっては砕き、受けては砕く
美しい金髪は泥にまみれ、彫刻の様なその顔は返り血と自らの血で汚れている
もはやどこが痛むのかわからぬほどに全身は痛みを訴え、時折カクンと膝の力が抜ける
それでもアグライアはまだこの地獄の底にような場所で戦っていた
不気味な白い歯を見せる化け物は、ゾンビとなった兵士をかみ砕く
ゾンビもまた化け物に襲い掛かり、無惨な肉片にかみ砕かれてもなおへばりつき相手の体を力任せに千切る
もはや争いとも戦いともいえない恐怖しかない惨状に、アグライアの正気を何度も失いそうになる
その度に旗を強く握りしめておのれの心を奮い立たせる
悪意に満ちた言葉を刻まれたこの旗が何を意味するのか、アグライアは何度も何度も死地で考える
緑の肌で優しく笑う、あの顔を思い出す
ここが地獄であろうが天国であろうがどこであろうが関係ない
この旗を青空に掲げ続け、そして最後まで戦い続ける
神代王に見せるためではない
アイツの笑顔を見るために、この旗を掲げるのだ
青空の下で蠢く黒い大地に立つアグライアに、死者と化け物が迫る
アグライアはそれを見てなお威風堂々と背筋を伸ばし立ち向かった
「かかってこい! リンファの命は奪わせはしない!」
リンファを思うアグライアの叫びが青い空に響き、消えて行った―――
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リンファはあの狭い檻で膝を抱えうずくまっていた
鉄格子に流れる魔力は、魔法に耐性を持たぬリンファの柔肌を焼け爛れさせるため、逃げることも動くこともできない
いや、今のリンファにとってはそれが魔力を帯びた鉄格子てあろうと紙でできた格子であろうと変わりはなかっただろう
もはやリンファに気力と呼べるものは残っておらず、虚ろな目で自らが吊るされる予定の絞首台をただ見つめるのみ
愛し求めた母は自分を憎み、刃を突き立て
兄だと名乗る存在はそれを傍観した
人間はやっぱり自分を嫌悪し、拳を振るい
王と名乗る男は嬉々として自分を殺す準備を整える
助けに来てくれた人は自分のせいで傷つき
絶対に巻き込みたくなかった人は、自分のせいで死地に追いやられた
きっと全部自分のせいだ
自分が居なければ、大事な人はみんな幸せだった
少なくとも、きっと不幸にはなっていない
お母さんも、リーフも、トランクさんも、ピスティルさんも、ミナも、ミディちゃんも、ステラさんも・・・そして
先生も
そして、アグライアさんも
みんな僕が居るから、不幸になった
異形の穢れだから、この世非ざる化け物だから
そんな考えが脳裏にずっと流れ続け、気力も精気も枯れはてる
ただ自分がまだ生きていることがアグライアの生きている証拠だと、それだけを縋るように信じていた
リンファの世界は、あまりにも薄暗かった
リンファの心の大木にはもう、枯れ葉の一枚すら残っていない
深い深い夜が訪れ、そこにはもう誰もいない
誰の声も聞こえない
絶望で横たわる檻に、時折誰かがやってきて石を投げてくる
もう痛がる気力も失ったリンファはされるがままその石を打ち付けられる
投げてくるのは大体は子どもだった
最初は何故こんなところに子どもがいるのかわからなかったけれど、ボーっと外を見ていて何となく理解した
この場所には戦場に向かう兵士やその家族が逗留する場所にされているようだ
恐らくだが、ここまでが家族と兵士が一緒に過ごせる最後の場所
ここを区切りに兵士は戦場に向かい、家族は帰路に就く
さっきまで嬉々としてリンファに石を投げていた子どもが、大きな声で父親の足に泣き縋る
さっきまでリンファを指さして笑っていた子どもが、母親の胸に顔をうずめ泣きじゃくる
兵士である父親はリンファを差して息子に言った
「お父さんはコイツみたいな人間に牙を剥く化け物を倒しに行くんだ、母さんを頼んだぞ」
また別の兵士である母親はリンファを前に子どもを抱きしめた
「こんな化け物に、貴方を殺させてたまるものですか! 絶対帰ってくるからね、待っててね」
麗しい家族愛が、リンファの前で何度も何度も繰り広げられる
リンファが欲しくてたまらなかった親からの愛を浴びている子どもがそこにいる
優しくて柔らかいその愛を惜しみなく受けた子どもが、親に縋って泣いていた
それが手に入らなかった、それでも我慢して生きてきたリンファは涙の一滴すらもう流せなかった
その時、子どもの一人が檻に近づいてくる
泣き顔で目を真っ赤に腫らしながら、泣きすぎて止まらないシャックリを必死に押さえ込もうとながらリンファを覗き込む
その目には悲しみと、ゴブリンという敵に対する怒りと憎しみが浮かぶ
お父さんが遠くに行ってしまうのはコイツのせいだと言わんばかりに、子どもはリンファを睨みつける
その目をリンファは表情も変えずに虚ろな視線で見つめていた
親や見張っている兵士から注意説明を受けたのだろう、鉄格子には触らない
半歩下がったところで、憎しみの視線をぶつける
安全圏から感情をぶつける子どもに、リンファの心が黒く反応する
『どうせ君のお父さんは死ぬ、ゴブリンにその胸を切り裂かれて、赤い血を噴きださせて死体になるんだ』
『二度と会えないし、死体すら返ってこない お父さんはそのまま大地の染みになって土くれに変わるんだ』
『ざまぁみろ、そして君も僕と同じようになるんだ なってしまえ! お父さんもお母さんも居ない世界に独りぼっちになってしまえ!』
どうせ僕は死ぬんだ
コイツだって僕を憎んで石を投げたんだ
それくらい言ってやってもいいじゃないか
言うくらいいじゃないか!
自分の欲しい物を全部持ってるコイツに、それぐらいの呪いは吐いてもいいじゃないか!
リンファの心ににじみ出た黒い心が、ゆっくりとリンファの体を動かす
そしてその口を開ける
「君の・・・おとう・・・!」
言いかけて、喉が詰まる
溢れ出しそうな呪いの言葉が、薄板一枚の壁に阻まれて喉の奥に落ちていく
言おうとした言葉が出なくてリンファは戸惑う
怒りの目でなおも睨む子どもを前に、それでもリンファの心の薄い何かがその呪いを押しとどめた
なんでだ・・・!? なんでだよ!?
喉を押さえて必死に言葉を吐こうとするリンファ
けれどそのどす黒い心は、それでもリンファの薄く頼りない何かに阻まれ権限しない
『駄目だ!』
その時、何かの声が聞こえた
聞いたことのない、声が心に響いた
心に響いたその声があまりに大きくて、リンファは目を見開き体を震わせる
気が付けば子どもはもういない
泣きながら背中を向けて、母親の方に向かって歩いていた
母親は泣きじゃくる子どもの頭を優しく撫でて、抱きしめる
その無償の優しさに、子どもは声を上げて泣く
リンファにとってあまりに美しく残酷な光景が、隠されることもなく繰り広げられる
「なんで・・・なんでだよ・・・!」
それを見ながら悔しそうに、リンファは自分の膝を殴る
その殴る拳すらもあまりに弱くて、リンファは自らの情けなさに嫌気がさした
その時、檻の外がにわかに騒がしくなる
なんというか、誰かが大声で騒いでいる様な
大人・・・でもない、なんだか本当に騒がしい、けれどそれは嫌な気持ちにならない賑やかな響き
やがてその声は大勢の兵士ともみ合いながら、その大きさを増していく
「どけよ!どけって!通せって!オイラにあれだぞ!? 邪魔するとファルネウス様に何されるかわかんねぇぞ!フカシじゃねぇぞ!」
「そ、その声・・・?」
その声に聞き覚えのあるリンファはその身を思わず乗り上げ檻の外を見渡した
そこに、いた
まだ自分には気づいていないけど、彼が騒がしく兵士を前にその身をジタバタとさせていた
「オイラはグリフワーム様だぞ!? 天空宰相の使いの者だってんだろ!どけろボンクラ!」
その変わらない彼の振舞いを見て、リンファの乾ききった頬にわずかな雫が零れ落ちた――――




