210.肉片は蠢く
飛翔島のギルドに1000人以上の戦士が整列する
その集団の向かい合って立つのはギルド長のバルセルク、そして天空宰相のファルネウス
全員真剣な顔で目を光らせ、その口は堅く閉じる
「全員!天空宰相に向かって注目!」
バルセルクの天を震わせるほどの大声が島中に響き渡る
ファルネウスはゆっくりと前に進み、全員の前に静かに立った
「もうとっくに知っているだろうが北の大地エタノーで発生している大規模なゴブリンとの戦闘は劣勢を窮めている」
ファルネウスの言葉に動揺するものは誰もいない
皆真剣な表情で「あぁ、そうだろうな」という目をし、誰も疑問の一つすら差し挟まなかった
「これより我々は他のギルドと合流し、魔法陸戦団の援護に赴く 一刻も早く向かう必要があるため夜を徹しての行軍になるのを覚悟してくれ」
全員が短く頷く
戦争が始まることがわかってからエタノー領には多くの偵察員が派遣され、飛翔島からもその戦場の観測は絶え間なく行われていた
王都決戦の可能性を考慮したファルネウスは飛翔島から揃えられる兵力と兵站を可能な限り転移魔法が使用禁止になるまでに各地に送り込んでいたが、それどころではない状況が北の戦場で発生
数十人は居たはずの偵察員のだれからも通信の一切が途切れ、現場の情報がわからない
『不可視の敵についての噂』が兵士達の間で囁かれているという情報を最後に、偵察員は姿を消した
そしてその翌日、観測所から急報が届く
『北の山々の魔力が急激に弱まり、その代わりに瘴気が大地を覆っている』と
明らかな異常事態にファルネウスは神代王の命令を待たずに挙兵を決行した
戦争に正常も異常もないが、自然の摂理すらも覆される事態は異常を窮めている
もはや一刻の猶予もないとファルネウスはギルドに檄を飛ばしたのだ
「みな覚悟はしているだろうが、現地では何が起きているかわからん 飛翔島がこれをどのくらい王都にとって深刻な状況だと認識しているかを伝えておこうと思う」
集まったギルドの戦士はその空気に息を飲み、言葉を待つ
そしてその言葉に、全員がどよめいた
「この天空宰相のルキウス=ファルネウスが直接部隊を率いて指揮を執る」
王都の重要度で言えば大国の王と言っても差し支えない程のトップが直接部隊の指揮を執る
つまりこの戦いはそれほど重要で、戦場ではファルネウスが必要になるほどの破滅的状況が発生していると判断されているということ
覚悟を決めて志願したギルドの戦士たちにもわずかな動揺が走る
「現場はもう既に指揮系統すらまともに機能していない程の状況になっている可能性もある……だから私が行く 総員の奮闘を期待する 以上!」
その言葉に全員が強く返事をし、極めて迅速に移動を開始する
そんな最中、ファルネウスに何者かがノコノコと近づいた
「な、なぁなぁファルネウス様、ほんっっとうに転移魔法大丈夫なの? 禁止令の時に使ったら命はないって言うぜ?」
「誰かと思ったらお前さんかい……大丈夫だって、さっき何回も説明しただろ? こういう時の為の特別な使い捨ての魔法陣があるって」
「でもよ?でもだよ? 次元の狭間に消えるって言うぜ? 本当に大丈夫かよ?」
「しつっこいなお前さんは! 不安なのはわかるが一刻を争うんだ 絶対に届けてくれ……私が今あの子にしてあげられるのはこれくらいしかないんだ……」
ファルネウスはさっきまでの覇気が嘘のように瞳を伏せる
それを見た男は、小さく深呼吸をしてファルネウスの肩を気安く叩いた
「リンファの事はオイラに任せとけって!な!」
何の根拠もないだろうその軽口に、ファルネウスは少しだけ表情を崩した――――
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エタノー領の街を守る城門が、その光の障壁と共にゴブリンの手によって崩れ去った
まるでもう占領が済んだかのように悠々と巨大な人形たちが足音を隠そうともせず街へ進入する
道中に転がっていた人間の死体の数は数千を超え、もはや兵力と呼べるものが残っていないとアバカスは確信していた
ゴブリン達はゴーレムの隙間を添うように隊列を組み、街を闊歩する
邪魔な壁は壊し、石畳は砕き、窓は割った
エタノーの民が必死に築き守ってきたものが、たやすく破壊されていく
『敵の本拠地が見えた……どうやら残存兵も集結しているようだな』
アバカスがレッドゴーレムの目を通して領主の館を観察
そこには残ったわずか数百人の兵士が、まるで亡霊のように武器を持ちたたずむ
その集団の戦闘には指揮官であろう髭を生やした気持ちの悪い人間が剣を大地に刺して悠然と立っていた
「もうあれだけしか残ってねぇのか、人間もだらしがねぇな」
「この調子で皆殺しだ、クイーン様さえいれば俺たちは勝てる」
増長したゴブリンが調子に乗った軽口を叩く
アバカスは軽いため息をつきながらも、この状況ならそう思うのも無理はないとわずかに笑った
『あー、聞こえるか 人間諸君 先日ぶりだな、指揮官のゴブリン=アバカスだ』
アバカスがレッドゴーレムの口から拡声器の様に大きな声で話しかける
『見ての通りだが、もう君たちに勝ち目はない クイーン様の命令により降伏を認めていないが、我々にも慈悲はある 自ら命を断つのであれば少しの間待ってやろう』
アバカスの言葉に誰も言葉を返さない
集団の先頭に立つマンダリアンですらも眉一つ動かさず仁王立ちのままだった
『こちらの言葉はわかるかね? 人間の言葉と大差がないはずだが聞き取れないなら聞き取る努力をしていただきたい』
人間は誰も反応をしない
怒りに震えるでも、恐怖に震えるでもない
まるで人形の様に皆わずかにゆらゆらとその身を揺らすのみだった
『もはや正気も残っておらぬか…… 下種な人間とは言え尊厳の為に自らの始末をつける猶予を与えたというのに、やはり人間は愚かだ』
アバカスを通じてレッドゴーレム全体に指示が走り、その体を震わせる
それを合図にしたように、ゴブリン達もまた手にした武器を構え戦闘の準備を整える
ゴブリンの足元の影から闇の口が這いずりだし、その白い歯をガチガチとかみ合わせた
『戦う人間は武器を構えよ、戦わぬものはその首を差し出せ 全軍、突撃用―――――』
アバカスが号令を発しようとした刹那、大地が揺れるように鳴り響く
今まさに突撃しようとしたゴブリンがあまりの異様な雰囲気に思わず武器を下げ、辺りを警戒する
足音が聞こえる
ひどく不安定で、規則性のない気持ちの悪い響き
それも100や200ではない
石畳を歩く音が次々と増え続け、地響きすら感じられる
「あ、アバカス様! 後方より人間の軍隊が来ています! せ、千以上はいるかと……!」
殿の部隊にいたゴブリンが焦りながらレッドゴーレムを通じてアバカスに伝える
アバカスはその光景を見て、言葉をなくす
どこにいたかもわからない大量の人間が、青白い顔で続々と進撃してきた
「は、挟み撃ちだと……!? 全員怖気づくな! 数が居ようと所詮はタダの人間だ!」
アバカスが号令を発し、闇の口がその大口を開けて迫る人間に襲い掛かる
さっきと同じ様に闇の口は人間を飲み込むが、飲み込んだ瞬間口をワナワナと震わせ……
そのまま爆散し、中から曖昧な視線の人間が先ほどと同じ様に迫って来た!
「な、何故だ……何事だ! 後方部隊、武器を構えろ、蹴散らすぞ!」
後方の部隊が状況を理解できぬまま怒声を上げて迫る人間に襲い掛かる
レッドゴーレムもまたその巨体を震わせて襲い掛かった
ゴブリンの渾身の斬撃が人間の首に走り、切り裂かれた首が皮一枚でダラリとぶら下がる
殺した!と歓喜したゴブリン
だがそのゴブリンの心臓を首をぶら下げたままの人間が突き刺した
「え……?」
痛みや恐怖よりも困惑が買ったゴブリンが小さく驚愕する
そんなゴブリンに、大勢の曖昧な顔の人間が感情も見せずに襲い掛かり、その緑の体を力任せに八つ裂きにした
「ぎゃあああああ!!」
各所でゴブリンが痛みと恐怖で絶叫する
人間達はどんなに刺しても斬っても、燃やしてもその進軍を止めようとしない
『な、なんだ……!? おのれ人間、くたばれ……!』
レッドゴーレムが渾身の力で人間を殴り飛ばし、その肉体を粉々に砕いた
だが振り抜いた拳に残った肉片はウゾウゾと動き出し、バラバラになったはずの肉片が集結し始める!
『こ、粉々にしたはずなのに……!ええい離れろ!離れろ!』
両拳を何度も何度も叩き合わせへばりついた人間をすりつぶすが、その肉片はなおもまだ動き集まる
その肉片同士から瘴気が溢れ出し、その瘴気がまるで結合するようにつながって肉片同士を引っ張りあう
斬っても突いても、粉々にしても死なぬ死兵がゴブリンに襲い掛かる
ゴブリンは何度も殺しても死なない化け物に恐怖し、うまく戦うことができず次々と殺されていく
混乱と恐怖の戦場で、アバカスはそれに気づき目を開く
『ま、まさか……同胞をゾンビにしたのか!? そんなことが許されるのか……!?』
アバカスはどれだけ粉々にしても肉片のままナメクジの様に迫る人間達に、心から恐怖した
狩る側だったはずのゴブリンが、決して止まらない死兵の群れに狩られていく
戦場の地獄は、更に深く暗い場所に沈んでいった――――




