209.ゴブリンの餌皿
漆黒の大地を、赤い巨人が揺らす
レッドゴーレム約100機、ゴブリン約2000名
今なお闇を噴きだす先ほどまでのレッドゴーレムとは違い、直接戦闘用に特化した特別製の巨人
右腰に据え付けられたコアが美しく光り、命鉱石の塊のボディーは頼もしくそびえたつ
ゴブリン達の傍を白い歯を輝かせながら闇の塊がゾブゾブと音を立てて這いまわる
人間の死体が進軍の邪魔にならないように、飲み込んでは唾でも吐くかのようにその死体を進路から除外する
もはや勝利の行進とでも言わんばかりにゴブリンは漆黒の大地を悠々と進む
反撃はなく、物言わぬ人間の死体が転がるのみ
『ソードはそこにいるか?』
レッドゴーレムのコアを通じて随伴しているゴブリンにアバカスは話しかける
「い、いえ……つい先ほど人間の残党狩りを単独で行うと、隊列を離れて行かれました」
『あのバカ……わざわざ行かなくても闇の口と冥力の瘴気で人間などそのうち死ぬというのに……!』
ここに来てこの戦場にいる人間を最後の一人まで根絶やしにしようとするソード……リーフの執念にアバカスは舌打ちをする
『まぁいい……今更残った人間にてこずることもないだろうからな』
そう言いながらアバカスはレッドゴーレムを通じて足元に転がる人間の死体を踏みつぶす
何の抵抗もなくその体は地面に沈み、バキバキと骨の砕ける感触がわずかにアバカスに響いた
『今はそんなことを言っている場合でもないからな……もはや物の数ではないが全員油断するな、追い詰められれば人間とて何をしてくるかわからん』
ゴブリン達は人間の死体を踏みつぶしながら、最後の決戦にその足を進めた―――
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ヴァレリアは大椅子に貼り付けられるように深く座り込み、肘置きを強く握りしめその身を震わせていた
館の各所に配置していた数十の魔鉱石はとうの昔に力を使い果たしただの石くれに変わる
街の障壁を展開するために館に残った人間も数人は力を使い果たし、冷たい床にまるで死体の様に倒れて意識を失っていた
「みんな……まだいけるか……!?」
備えていた濃度が高いマジックポーションをあおりながらヴァレリアは呻くように声を出す
「な、なんとか……!」
「ま、魔法陸戦団に手伝いに来てほしいっすね……!」
全員が魔力を振り絞りながらヴァレリアに返事をする
ヴァレリア以外は交代を繰り返しながらなんとか継続していたが、メインであるヴァレリアはそうもいかない
魔力を供給してくれる人間が増えるか、若しくは大量の魔鉱石でも投入しない限りは1日と持たない状況だった
意識を失いそうな苦境の中、それでもヴァレリアは歯を食いしばり障壁の展開を続ける
そんな時、血相を変えた部下が部屋に飛び込んできた
「ヴァ、ヴァレリア様!大変です! 広場に……広場に多くの兵士が集まってきます!」
「え、援軍にしては早いな……帰還兵か? どちらにしてもマンダリアンがなんとか対処してくれるはず……」
「ち、違うのです……!」
部下はワナワナと体を震わせながら、見てはいけないものを見たような顔で告げる
「みんな……皆死んでいるのです……! 死者が……ゾロゾロと広場に集まってきているのです!」
「な、なに……!? ゾンビ……馬鹿いえ、変質するにしても早すぎるだろ! それに何故ここに入ってこれる!?」
そう口走った後にヴァレリアは何かに気付き、目を閉じて街を覆う障壁を展開する魔法陣の魔力の流れに集中する
魔法陣の魔力の流れは正常だったが、障壁の内部から明らかにおかしな冥力の道が作られていることに気付き、ヴァレリアは目を見開く
「な、なんで障壁の内側に冥力のバイパスができてる!? ゴブリンが侵入したのか!?」
叫ぶヴァレリアに、何者かが近づく
部下はその存在を認めると即座に跪き、その身を震わせながら視線を落とした
ヴァレリアもまたその存在に気付き、わずかにその身を震わせて驚愕の表情を浮かべた
「ご苦労であった、ヴァレリア」
「し、神代王!? なぜあなたがここに……!?」
立ち上がることすらできないヴァレリアは必死にその顔を神代王に向ける
そんなヴァレリアの苦しそうな顔を、観察するかのように神代王は覗き込む
「こんな数百年前に作ってやった粗悪な魔法陣を、よくぞ今日に至るまで維持させたものだ」
「つ、作ってやった……!? これは数代前の神代王が敷設した魔法陣では……?」
ヴァレリアの疑問にわずかに目を細め神代王は笑った
「いらぬことを喋ったわ…… まぁよい、よくぞここまで場を整えた、褒めてつかわそう」
「場を……整えたですと?」
嫌な予感に目をしかめるヴァレリアを、神代王の真っ黒な目が見降ろす
神代王の作る影はまるで、ヴァレリアを飲み込まんばかりに暗い
「お前が障壁を張ってわずかばかりの兵を残したおかげで、あのゴブリン共を誘い込む餌場にすることができた」
「……!」
神代王は表情も変えず、真っ暗な影に白い眼と黒い瞳孔を不気味に浮かばせてヴァレリアを見つめ、言った
「このまま陣を張っていても無駄だ、この街は今から死兵がゴブリンを喰らう為のエサ皿となる…… 終わった頃にはこの館ごと瓦礫と変わるであろうな」
影の塊のような神代王の目が、不気味に歪み笑った
「そこまで……そこまでやるか! 大叔父!神代王ーーーー!」
「命惜しくば今すぐ逃げるがいい、腐ってもわが身内だ、王都に居場所くらいは作ってやろう」
「ふざ……けるな……!」
その言葉にヴァレリアが怒りの視線を向ける
だがそれでも障壁の展開をやめるわけには行かず、その椅子にへばりつき立ち上がることは叶わない
その様子を神代王は少しだけ見つめた後、小さくため息をつく
「瓦礫と化すとわかっていてもまだその椅子にしがみつくか、滑稽であるな」
「うる……さい……!」
ヴァレリアは絶望を感じながら、それでも必死に障壁を展開し街を守ろうと命を削る
そんな様子に、神代王は心からつまらなさそうな視線を向けた
「それも立派な領主の選択かも知れぬな、ではその椅子ごと瓦礫に埋もれるがいい」
睨み続けるヴァレリアの視線をまるで無視するかのように、神代王は背中を向ける
そして歩き出そうとしたとき、ふとその足を止めて神代王が振り向く
「あぁ、そうだ 動かぬならこれは言っておかねばな」
その瞬間、魔法陣を展開するヴァレリアの身に凍てつくばかりの悪寒が走り、思わずせき込む
鼻と口から血が噴きだし、ヴァレリアは激しくえずいた
「が……ゴホ……!? これは……!?」
「城門の入り口の障壁を内側から半壊させた、外からやって来るゴブリンが侵入しやすいようにな」
それだけを言うと神代王はツカツカと部屋を後にする
血を吐きその背中を睨むことすらできないヴァレリアと、立ち上がれずそれを助けにすらいけない部下達
ヴァレリアやエタノーの民が必死になって守ってきた小さな街が今、ゴブリンを誘い込むための罠に成り果てようとしていた
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アグライアは折れた剣を捨てて、新たに落ちている剣を拾い上げた時その異変に気付く
「い、いない……?」
アグライアは闇の口と戦いながら、近くの木々や兵士の亡骸の位置をつぶさに確認していた
それは戦っている場所を見失わない為と、武器が破損した時にすぐに拾えるように
戦闘は無我夢中になれば視野が狭くなる
だからアグライアは冷静になるためにもそういう情報を常に確認しながら剣を振るっていた
だからこそ、その異変に気付く
亡骸が、ない
さっきまで倒れていた兵士が忽然と姿を消している
自分の認識が間違っていたのかと疑うが、そうではないことにすぐに気づく
襲い掛かる闇の口達の間から何かが見えて、アグライアの背筋が凍った
さっきまで倒れていたはずの亡骸が立っている
首を不気味に曲げたまま、直立している
いや、直立ではない、片方の足は折れている
折れているにも拘らず、大地に生えるように立っている
そしてその不気味な人の形をした何かは、首をギギギと音を立てながら回し、アグライアを曖昧な視線で見つめた
「ぞ、ゾンビ……!? そんな馬鹿な……!?」
アグライアの恐怖に反応するかのように、亡骸が次々と立ち上がる
剣を持つ手の力が思わず抜けそうになるが、それでもアグライアは必死に震えながら握りしめる
地獄の底を這いずる亡霊が、アグライアを曖昧な目で見つめていた―――




