208.死兵は曖昧な視線で
「た、たったこれだけ・・・? これだけしか生き残らなかったというのか?」
普段部下の前で落胆など見せないように気を張っていたマンダリアンも、その時ばかりは地面に膝を落とす
生き残った兵士のほとんどは大きな怪我こそないものの精神的に疲弊しきっており、一切の覇気を感じさせない
みんなうつむき、うなだれるばかりだった
生き残った兵士の数は、わずか1000人にも満たない
1万以上は居たはずの歴戦の魔法陸戦団が、完膚なきまでに壊滅
兵達はもはや戦闘ができるような精神状態になく、時折悲鳴の様なうめき声が聞こえる有様だった
「ぜ、全員注目!」
マンダリアンが精いっぱいの虚勢で声を張り上げるが、それに反応する声はあまりに少ない
みな絶望に打ちひしがれ、頭を抱えていた
歴戦の兵士とて、化け物に一方的になすすべもなく襲われたなら気力すらも失う
それも理解すら追いつかない謎の力に続々と隣にいた仲間が死んでいったのだ、喰われていったのだ
剣で突かれ魔法で焼かれようとも戦いを諦めぬ兵士とて、漆黒に飲まれるなんて想定していない事態に戦意は奮い立たせることは難しかった
「マンダリアン様・・・」
「く、くうう・・・!」
心配そうに話しかけてくる側近の言葉など耳に届かず、マンダリアンは悔しそうに拳を握りしめる
ゴブリンにここまでやられたこともそうだが、多くの兵士を死なせてしまった己の不甲斐なさと申し訳なさがこみ上げる
「やむを得ん・・・、ヴァレリアに伝えろ、もう戦線の維持は不可能だとな・・・」
「そ、それでは・・・!」
マンダリアンがその言葉を放つことに躊躇するが、意を決して口を開く
「我々は、これよりこの地を放棄す・・・」
「我はそのような命令を下しておらぬ、その言葉を撤回せよ」
不意に聞こえるその声に、戦意を失った多くの兵士が顔を上げる
マンダリアンもまた自らの言葉を喉の奥に潜め、口を開けたままその声の方を向く
禍々しい闇が渦巻く山々を背中に背負い、そこに立っていた
「な、何故貴方様が・・・!?」
呆然とした顔のまま、マンダリアンは頭を垂れることも忘れてその男を見つめる
多くの兵士もまた、驚きと感動で言葉どころか呼吸すらも忘れたかのように静まり返る
「この戦、我が指揮を執る 全員立つがいい」
その言葉に兵士が奮起の雄たけびを上げた
だがマンダリアンは、未だに理解しきれない顔のままその男を見つめ続ける
そこに立つはこの国の王
絶対なる神に代わりし者、神代王が闇に覆われた地獄にその姿を降臨させたというのだ
絶望に打ちひしがれた兵達からすれば、まさに救いの神・・・奮い立たぬわけがない
「し、神代王様・・・申し訳ございません 王より預かった兵の命を私は・・・」
「よい、よくぞ場を整えた」
「場を・・・ととのえ・・・一体何を・・・?」
「皆の者、傾聴せよ」
マンダリアンの疑問に答えることなく、神代王が全ての兵に向けてどこまでも通りそうな鋭い号令を放つ
兵はその言葉に反応し、さっきまで憔悴していたとは思えぬほどの力強さで神代王に頭を向けた
「我々はこれよりあの下賤なゴブリン共に鉄槌を下す、全員武器を掲げよ」
その声に、全員が吠えながら武器を青い空に向けて掲げる
わずか数百人とはおもえないほどの気迫と怒号が暗黒広がる戦場に鳴り響いた
狂気乱舞する兵士の歓声を縫うようにマンダリアンは神代王に駆け寄り、膝をつく
だが神代王は足下に跪くマンダリアンなどに目も向けず、静かな目で兵士に向けてその手を上げ続けた
言葉を放つことの許しを待っていたマンダリアンが、とうとうこらえきれず無礼を承知を口を開いた
「お、恐れながら! 現在我が魔法陸戦団は壊滅状態にあり、ゴブリンとまともに戦える兵力を有しておりません! それにあの大地より湧き出る闇とその化け物に対処の目途も立っておらず」
そう言いながらわずかにその視線を上げ、マンダリアンは恐れながら言葉を続けた
「神代王が如何に兵士を王都よりひきつれようとも、今この状況は打開しがたいかと・・・!」
マンダリアンが冷や汗をかきながら必死に行う進言に視線一つ寄こさないまま、神代王は掲げた手をそのまま翻す
それを合図にするかのように当たりの影から生えるように多くの不気味な人間が湧いて出てきた
「なんだ貴様等!? ・・・じゅ、呪殺士? 呪殺部隊か!?」
突如影より這い出てきたその不気味な黒づくめの集団にマンダリアンを始め兵士たちは動揺を隠せない
存在は知っていた者のそれがどういう部隊であるのか知らない兵士達からすれば、その不気味さはより一層のものだった
「直接お声をかけさせていただくのは初めてかと思います、マンダリアン卿・・・私は神代王直轄、呪殺部隊のミアズマと申します」
「直轄・・・!? そんな話は聞いてないぞ! そもそも貴様は先日ガルドと共に殺人の罪で投獄されたはずだ!」
その言葉にミアズマは不気味に笑う
「はて・・・? あれはガルドの独断による暴走でございます 私は命令と聞いておりましたので、だまされた被害者・・・と言ったところでしょうか、ハハハ・・・」
「い、いけしゃあしゃあと・・・!」
不遜な態度をとるミアズマだったが、神代王の気配を感じ取り闇に潜り神代王からわずかに離れた後方に浮かび上がって跪く
多くの呪殺士たちもそれに倣い、整然とミアズマの後方に並び跪いた
「マンダリアンよ、お前も武器を取れ」
「そ、それはもちろん・・・! しかし兵もなく対策もなく生き残った者をむざむざ死地へ送るわけには行きません!」
その言葉に神代王がわずかに鼻で笑う
「兵がおらぬだと? おるではないか 貴様の魔法陸戦団 総勢1万余名が戦場にな」
「・・・は?」
その言葉が理解できないマンダリアンは思わず間の抜けた声を上げる
その刹那、ガシャリガシャリと不気味な規則性を持った足音がどこからか響き始める
その数は、100・・・200・・・未だその数は増え続ける
わずかにぶつかるような金属音と、何かを引きずる様な音
それらはさらに数を増して広場に集まってきた
「ぞ、増援・・・? こんなに早く? しかもどこから・・・」
マンダリアンがやってくる集団に目を向ける
そしてその風体に目を見開き、言葉を無くした
それは、増援ではなかった
多くの兵士は集まる者たちの姿を見て恐怖する
同じ制服、同じ鎧、同じ旗印・・・
ついさっきまで共に戦い、そして倒れた者たちが虚ろな瞳でやってくる
動きに精彩はなく、意思も感じられない
見えない糸に引っ張られるように、ぎこちなくそれらは歩く
それらはもう、人ではなかった
生きてはいなかった
死したものが、物言わぬ亡骸が、動かぬはずの死体が
呪殺士が大地より溢れる冥力を媒介にし、戦場に斃れる兵士達をゾンビと化し操る
大量の物言わぬゾンビの兵が、広場に集結した
「神代王様・・・我ら呪殺士、この戦場の冥力の掌握に成功いたしました」
ゾンビの群れを従えながらミアズマが口を開く
「で、あるか」
神代王はさして感情を動かさずその言葉を聞き入れる
「し、神代王! まさか策というのは!兵というのは死者を操り戦うと言う事ですか!? なりません!承服いたしかねる! このような我が兵の尊厳を踏みにじる様な作戦決して認めません!」
「間もなく下賤なゴブリン共がここを征服しに訪れるであろう、貴様らはここでそれを迎え撃て、敵軍を引き込んだのちこれらの死者の兵にて挟撃を加えせん滅する」
兵の尊厳を守るため食い下がるマンダリアンの話など聞かず、神代王は生きている兵は囮として死ねと命令した
その言葉に兵の間に動揺が走る
「神代王! どうか撤退し兵の再編を! 神聖騎士団をもってすれば冥力の対応も可能なはずです! どうかこの様な作戦は!」
「マンダリアン、二度は言わん 【従え】」
なおも食い下がるマンダリアンに神代王は力を込めて命令を下す
その命令を受けた瞬間、意志ある瞳があっという間に曖昧に濁る
「承知いたしました、我ら残存部隊は一命を持ってゴブリンを迎え撃ちます・・・」
マンダリアンはそういうと兵の方を向き、号令を発する
「聞けぇ!これより我ら残存兵はあの憎き下賤なゴブリンをここで迎え撃つ! 我らは死してもなお王都の為に戦える!安心して死ね!」
それまでのマンダリアンとは思えない命令に兵が動揺する
しかし、神代王はそれを見て表情も変えず、兵達に告げる
「マンダリアンの命令は我の命令である【従え】」
恐怖に満ちていた兵の顔から恐れが消え、その目から生気が消える
曖昧な視線のまま、言葉もなく武器を取り整列を始める兵士達
死してゾンビとして戦う死兵と、生きながらにして正気を失い武器を構える兵士
その目はどちらも同じ、意思を失った濁った瞳をしていた
誰も言葉を発さなくなった地獄の底で、ミアズマは声を上げず笑い続けた――――




