207.亡骸と闇しかない大地で
さっきまで領民で必死に補強した城門が、大量の兵士の移動であっという間にボロボロになる
逃げる兵士を飲み込もうと大地から湧き出した闇がまるで津波のように迫り来る
逃げ遅れた者、立ち止まった者、動けなくなった者がその闇に飲み込まれ……物言わぬ人だったものに変わり果てる
数千の兵士が半ば暴徒と化しながら必死に逃げ惑う中、ヴァレリアは状況を飲み込めていないマンダリアンの腕を引っ張りながら必死に館に向けて走り続けた
「なんだ!?何が起きてるんだ!? 教えてくれヴァレリア殿!」
「お宅のところの優秀な兵士が敵が残した毒餌を後生大事に巣穴に持ち帰った! その毒餌がまんまと破裂してこのザマだよ!」
ヴァレリアの嫌味を練りこんだ返事の内容を理解したマンダリアンの表情がみるみる暗くなり、ワナワナと震えだす
「ば、馬鹿者どもが……! すまん、此度の失態は私の責任……」
「責任の所在なんかお互い生きてからだ! 走れ!私の館まで走れ! まずは生き延びろ!」
必死に走る兵士達が迫る闇に徐々に飲まれていく
何とか生き延びて街に逃げ込めた兵士も、健闘虚しく次々とその数を減らす
100、200とその命が散っていく中、ヴァレリア達は領主の館までたどり着いた
「ヴァレリア様! 急いで!こちらは準備ができていますが魔力が足りません!」
「生きてたかランバー! 無事で何よりだ、優秀な部下を持って私は幸せだよ!」
そういうとヴァレリアはマンダリアンの腕を離すとそのまま館の扉に向かって走り出す
「ヴァ、ヴァレリア殿、どこへ!?」
「マンダリアン殿、戻ってきた兵士を館の広場に集めて人員の確認と再編成を! 王都への救援要請部隊をすぐに!」
扉の向こうから「早く!早く!」と必死に急かす部下の声を受けながら、ヴァレリアはマンダリアンを広場に行くように促す
「あの不気味な闇の侵攻は私が食い止める! マンダリアン殿は編成が済んだら手練れの魔法使いをできるだけこっちに回してください!」
「ど、どういうことだ!?」
館に入る寸前、ヴァレリアがマンダリアンの方を向いて答えた
「この街はエタノー領領主 ヴァレリア・エタノー13世の私が守らにゃならんのです!」
そういうともう振り向かずヴァレリアは館の中へ走りこむ
マンダリアンはこの異常な状況にまだ完全に対応しきれていなかったが、ヴァレリアの言葉を信じて広場に向かって走り出した
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「魔法陣の再構成は済んでるか!?」
「は、はい!なんとか今しがた修復できました、でも、試運転も動作確認もまだ……!」
ヴァレリアの問いに、魔導服を着た女性が少し語尾を弱め答える
「つい先日ゴブリンの襲撃でズタズタにされたばかりだからな、むしろよくぞ間に合わせてくれた」
女性の言葉に足を止めずにヴァレリアが言葉を返す
「仮に魔法陣が動かなくても私の魔力を絞り上げればなんとかなるよ、硬く絞り上げた雑巾みたいね」
そんな軽口に全員が少しだけ空気を柔らかくする
外では迫り来る闇が街の全てを飲み込もうとしているのに、そんなことを言っている場合ではないかもしれない
だが、そんな時だからこそギリギリまで落ち着かなければならないんだとヴァレリアは自分を言い聞かせた
「全員持ち場に着け!絶対に無理をするな! 魔力を限界までだすことよりも長時間維持することを優先しろ!」
ヴァレリアが中央の大椅子に座るとその体が強く発光し、その光は周りの部下に伝播し更に光を増す
その光は巨大なドームとなり館を包み、やがてその光のドームは迫る闇を押しのけるように街を包み込んだ
「く、くうう……!」
ヴァレリアが苦しそうにうめき声を上げる
ダガーの時に用いた町全体を包む神代王の力を、光の防御障壁に変換し展開
以前の様に洗脳を解除するためにわずかな間だけ発動させれば済むものではなく、押し寄せる津波の様な闇の塊を押しのけるため、継続的に障壁を展開させる必要がある
元々光の防壁を展開するための魔法陣でないこともあって、強引に発現させたその力はヴァレリアを一気に疲弊させていく
わずかな発動だけでも動けなくなるほど疲労困憊になるこの防御壁を、ヴァレリアは部下の魔力を並列で消費しながら文字通り命がけで展開し続けた
館のあちこちに埋め込まれた純度の高い魔鉱石が次々と砕け散り、全員が苦しそうにうめき声を上げる
中央に陣取るヴァレリアは目と鼻から血を流しながら、奥歯が砕けんほどに食いしばりその障壁を展開し続ける
光の壁は押し寄せる闇の津波を押し戻し、やがて街を強固にガードする
街に跋扈していた闇の口もこの強大な光の壁にすりつぶされ、街の脅威は去る
だがそれと同時に、街には間に合わなかった兵士の亡骸が至る所に転がっていた……
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光を纏った剣は不気味なほど白い歯を砕き、それと同時にその刃もまた砕け散る
「ちぃ……!」
アグライアは舌打ちをしながら砕けた剣を迫る闇の口に投げつけると、兵士の亡骸が装備していた剣を抜き放ちセイクリッドエンチャントを唱える
魔力の消費を少しでも軽減するためにギリギリまで範囲を絞った光の障壁は、まるで切れかけたロウソクの様に頼りなくアグライアを光らせる
そのわずかな光を目印にして不気味な軟体生物の様な闇の口が、その大口を開けて迫る
「なめるなよ……! 私の神聖魔法はまだまだ健在だぞ!」
アグライアが気炎を吐くとセイクリッドチェーンが射出され、迫る闇の口を雀刺しにして撃退する
だがそれでもなお大量の闇の口が餌を求めるようにアグライアに群がった
昨日まで戦場だったその場所は、アグライア以外の生きている者はいなかった
まるで密閉された空間に殺虫剤でも撒いたかのように、魔法陸戦団の兵士の亡骸が倒れている
傷もなく、静かに、ただ血の気を引かせて命を断たれた亡骸が冬の冷たい大地で固くなっていた
人間の死体と闇だけが広がるその場所で、アグライアは未だその剣を振るう
決して倒してはならないリンファの命であるその旗を大地に突き刺し、高らかに掲げ
アグライアは勝ち目のない戦いにその剣を振るい続ける
その目は未だ死なず、ただ遠くのリンファを見つめ続けて戦っていた
闇に囲まれてなおなびくその旗を、つまらなさそうにその男は見下ろす
その男は自分を楽しませない類の思い通りにならない事案がたまらなく嫌いだった
驚きも喜びもない、不安や恐怖すらも生まない想定外を嫌悪した
靴に入り込んだ小石の如く、遠くで未だ目を輝かせ戦うアグライアを唾棄する男
神代王は舌打ちをするとその光景から背中を向けた
「生きておったわ、思い通りにならぬゴミめ……」
神代王が向いた先には不気味な黒い粗末でボロボロな魔導装束に身を包んだ集団が膝をつき顔を伏せて整列する
「ミアズマ、数は十分となった……街へ向かうぞ」
「はい……我ら呪殺士114名、諸共に準備はできております」
神代王がその集団の中央を我が物顔で歩き、その足音を呪殺士は伏せたまま耳に刻む
広がる闇と死体が積み重なる大地をミアズマは楽しそうに見下ろした
「下等なゴブリン共に、本当の地獄という物を見せてやらねばな……」
その時、何かを思い出したように神代王は途中その足を止め、背中越しにミアズマに話しかける
「ミアズマ」
「はい」
「アレはもういい、殺せ」
背中を向けたまま顎を動かし、指し示す
その先には、アグライアの旗
「わかりました……!」
その言葉に、ミアズマは心から嬉しそうな下卑た表情を浮かべた―――――




