202.鬱憤晴らし
「あんたら……ふざけてんのか!? この状況わかってんのかよ!?」
咥えたばこの男が怒りを抑えきれず怒鳴り散らす
魔法陸戦団の兵士は、その言葉を無表情で聞き流すと先ほどと同じ言葉を繰り返した
「お前らの帰隊は許可されない、神代王並びに総司令からの厳命だ 帰隊すれば逃亡行為とみなす」
アグライアの隊はあの激戦で1割の人間が戦死し、半数が怪我人となった
怪我人の中でも動けないほどに重傷を負ったものも多く、継戦可能な隊員はアグライアを含めて十数名と言った有様
そんな状態に至ってなお、神代王はアグライアの帰隊を認めなかった
「怪我人だけでも……引き受けてはいただけませんか?」
アグライアが陸戦団の兵士に向かって深く頭を下げる
怪我人の中には自力で動くのが困難な者もいる
雪深い極寒のこの場所に留まれば、次の戦闘を待たずして命を失う者も出てくるだろう
それを危惧したアグライアは必死に頭を下げるが、魔法陸戦団の反応は冷たいものだった
「それもできない」
「そ、そんな……! お願いです!」
「無理なんだ、我々に怪我人を抱える余裕はもう残ってない……すまない」
無表情のまま、兵士が頭を下げ返す
よく見れば、兵士の顔は憔悴しきっていた
「……魔法陸戦団の被害も、甚大だったのですね」
その表情を見ながらそっとアグライアが尋ねると、兵士は無言で小さく頷く
本隊である魔法陸戦団はわずか数時間の戦闘で2000を超える兵士が戦死、けが人は数千人にも及び陣営には治療を待つ者であふれていた
マンダリアンは援軍の要請を王都を始め各領地に要請していたが、その状況もまた芳しくない状況
正直なところ、アグライアなどに構っている暇など魔法陸戦団には一切ない
それでも無理をしてでもこの命令を伝えたのはマンダリアンからの情けだと言えるだろう
だが怪我人の救護が望めないのは依然として事実であり、アグライア達の苦境は何一つ変わりはしなかった
「無理を言って……申し訳ない……」
奥歯を強く噛みしめながらアグライアは頭を下げる
その表情をみることなく踵を返した兵士が、背中を向けたまま何かを話し出す
「……開戦前に魔法陸戦団の13中隊が配置されていた場所に、陣地再構築の為に派遣された山兵達がいる 魔法陸戦団は彼らの行動を関知していない」
「そ、それは……! ありがとうございます!」
その言葉にアグライアは礼を言い、深く頭を下げる
兵士たちは振り返ることはせず、ふらつきながら闇深い道に消えて行った
「アグライア隊長、今のって……」
「山兵というのはエタノー領の人達の事だ、あまり褒められた俗称ではないがな……」
アグライアはそういうとカバンから魔鉱石を取り出し、詠唱
怪我人たちを中心に治癒方陣を展開し、身支度を始める
「隊長さんが行かなくてもいいだろう!俺が行ってくるよ、隊長さんは少しでも休んでくれ」
咥えたばこの男が慌てて止めるが、アグライアは笑いながら靴ひもを締め直した
「休むのは君だよ、こういうのは一番偉そうなのが行く方が話が早いんだ ちゃんと治癒方陣に入って回復をしてくれよ?」
立ち上がった瞬間アグライアの足元がふらつく
隊員たちがそれに気づいて駆け寄ろうとするが、アグライアは笑って手を振る
「大丈夫、足元が滑っただけだ」
そういうと震える脚をごまかすように何度か足踏みし、笑顔を全員に向ける
隊員はそれを見て、少しだけ笑顔を向ける
だが、アグライアの視界に映るその光景はアグライアの心を深く痛めつける
多くの者が傷だらけでうなだれ、小さく呻く
中には骨の折れた者、手足のどこかを失ったものもいる
そして……もう何も話せなくなってしまった者も
数時間前まで言葉を交わしていた仲間が、今は冷たく眠っている
話した内容も、その声も覚えていることがよりアグライアの心をえぐる
それでも隊員をみながらアグライアは懸命に笑った
ここで肩を落としては、死んでいった者に合わせる顔がない
アグライアは笑顔を崩さないまま踵を返し、泣きながら走った
声は上げない、そぶりも見せない
ただ歯を食いしばりながら血まみれの戦場を必死に走った
リンファを延命するために命を懸けたアグライアをまるで見世物の様に弄ぶ
弄ばれるのは命だけではない、アグライアの心もまたそうだ
神代王はリンファの処刑を邪魔をしたアグライアが不愉快で仕方なかった
ただその鬱憤を晴らすために、こんな荒唐無稽な申し出を飲み、困難な状況を作り上げた
神代王はファルネウスがアグライアに兵士を付ける事も見通してた
その上でその兵士が死傷すればこのアグライアという女はより深く心を痛めるとわかった上で認めたのだ
だが、神代王はその思惑通りアグライアが暗い戦場の雪道を泣きながら走っていることを知らない
そこ自体に深い興味などない
そうなるであろう仕打ちをした後は、どうでもいいのだ
全てが終わった後で生きていれば憔悴したその顔を眺めながら、異形の穢れの目の前で吊るせばよし
仮に死んでいても、その死体を掲げて泣き叫ぶ異形の穢れを吊るせばいい
神代王にとってその程度の戯れだった
そしてその戯れは、アグライアを的確に痛めつけていた……
雪深い赤く染まったその道を、アグライアは涙を拭って前に進む
仲間を助けるために、そして何より
リンファの命を救うために――――
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戦場を一望できる山々の頂に備えられた転送用のゲートが輝く
一切の使用を禁じられたはずの転移魔法を事もなく使い、その王は雪原に降り立つ
赤と白、そして金の外套を見に纏い、威容を放つ
どこにいようとそこが王の場で言わんばかりのオーラを放つ男
神代王は戦場を無表情で見渡す
戦場の爪痕は深く、どこを見回しても戦火の煙が立ち上る
白い雪に赤い跡が刻まれ、王都の印を刻んだ兵士の死体があらゆるところに転がっていた
神代王はしばらくそれを見つめた後、小さく呟く
「……足らぬな、それに時期も浅い」
その言葉に、神代王の影が動く
「そのようですね……この地が冥力に染まるにはまだ相応の血が必要かと」
影に潜む黒く粗末なローブに身を包む男……ミアズマは言った
「呪殺士としてこのような機会を与えてくださること……心より感謝いたします」
神代王はミアズマに視線の一つすら向けず戦場を退屈そうに眺める
そして感情もなく小さく口を開き
「存分に励め、もう貴様に後はない」
と短く告げた
その言葉にミアズマが深く頭を下げ、神代王の影に消えて行った
神代王は戦場を眺め、そしてわずかに目を細める
「まだ生きておったか、あの女」
戦場にはためくボロボロの旗
アグライアの存在を示す、戦場には不釣り合いのあまりに鮮やかな赤い旗
そこには神代王の指示で示された言葉が縫い付けられている
アグライアはそれを受け取ったとき、目を見開き肩を震わせたと神代王は聞いていた
その事を想像するだけで神代王の目を細め笑わずにはいられなかった
「精々生き延びろよ、不愉快な女よ」
その旗にはこう刻まれている
『この旗が倒れる時、穢れの首は吊るされる』と―――




