198.その『何か』の正体
マンダリアンは開戦直後の報告をまとめながら、力の抜ける膝を必死に机に手を置いて支えた
指揮所に詰めている各部隊の長もその状況を見る表情は暗い
「……間違いないのだな?」
間違っている可能性などほぼないのに、一縷の望みをかけて報告を上げてきた兵士に確認する
報告に来た兵士は腕から流れる血を拭おうともせず、ただ小さく頷いた
「開戦から半日で1000人近くが戦死だと……!? しかもゴブリンへ与えた損害は極小! 」
折れてしまいそうな心を必死に奮い立たせようと握る拳で手に持っていた指示棒がへし折れる
マンダリアンは手に持っていたそれが既に折れている事にも気づかず、血を流しながらなおもまだ拳を握りしめていた
「まだ速報状態なので、情報の齟齬はあるかと思いますが……ですが……」
「わかっておる! 被害がさらにこれ以上増えると言う事をな……!」
被害の規模もそうだが、被害の箇所や状況にもマンダリアンは頭を抱える
開戦直後、前線の兵士より最初に被害を発生させたのは中央よりの魔法部隊
部隊の支援の中核に、初手から甚大な被害が発生
防御障壁を展開していたにも関わらず、それもあっさり突破されている
「『自在に動き、しかも魔法を発現しても消滅しない魔鉱石のようなもの』……だと!? そんなものが……!」
あるわけがない、その言葉を懸命に喉の奥に押し戻す
その言葉だけは吐いてはいけない
多くの部下が戦死し、その報告を命を懸けて持ってきた者がいるのだ
将たるものがそれだけは絶対に言ってはいけないと、マンダリアンは大きく息を吐いた
「……その飛ぶ魔鉱石について、他に報告はあるか?」
「こちらの魔法には反応せず、独自のタイミングで各種の魔法に変質、一定時間が経過すると砕け散ったそうです」
「厄介な攻撃だが長時間動くものではない……か 魔法部隊に重装部隊を合流、士気は魔法部隊長が一時的に兼任させよ 攻守の要である魔法部隊をとにかく死守だ」
重装部隊に過剰な負荷を与えることにストレスを感じながらマンダリアンは指揮を飛ばし、他の指揮官もそれに倣う
「魔法部隊は上空に障壁と雷雲を展開させよ、誘爆はせずとも反応があるなら猫の鈴くらいにはなろう」
効果があることを願いながら指示を出し、兵士が走る
間髪入れず前線の状況についての確認
「視認できない巨大な兵士だと……!? 視認できないとは何だ!」
「恐らくは認識阻害系の魔法とは思いますが、現時点でその解呪に成功した報告は来ていません……」
情報指揮官が眉間にしわを寄せながら苦しそうに言うと
マンダリアンは数年前から生えなくなっていた頭頂部をかきむしり眉をしかめた
「見えないだけでなく魔法攻撃に効果が認められない……!? それでいて一撃で兵士を仕留める攻撃力を有する……ふざけおって……!」
字面だけならもはや魔獣と相違ない、それもかなり高位の危険な魔獣のソレだ
こんなものが戦場で跋扈しているだと? 冗談はほどほどにしてくれ!
「前線からの報告では動き自体は非常に鈍重で、随伴のゴブリンへの攻撃は有効なようです」
「むう……視えない重装兵と言った趣か…… 魔法隊を前線に押し込んで飽和火力で……いやもし効果がなかったら魔法隊が狙われる……!」
正体の見えない敵ほど厄介な敵はいないとマンダリアンは頭を悩ませる
そもそもゴブリンなどという存在が人間に倣って人間の言葉と形式に従って戦争を仕掛けてくるということ自体が異常なのだ
自分の一手が大部隊を壊滅させかねない一手になるかもしれない重圧が、マンダリアンの肩を重くした
「前線の判断で構わん、相手の正体がわかるまでは戦線の維持と足止めに努めろ 視えない兵士について情報を密に……可及的速やかにヴァレリアに援軍を要請しろ」
その言葉に指揮所がざわめく
「エタノー領に戦闘の援護を求めるのですか!? 山兵共に戦働きなど……」
「このまま前線が崩されるよりましだ! ゴブリンの事を私達よりも知ってる奴らを前線に出すことで打開策がうまれるやもしれん……」
マンダリンは苦渋の表情で指示を出す
最初は戸惑っていた兵士も、慌てるように伝令に走る
そんな中、報告の一部を見て疲れた表情でマンダリアンは気の抜けた声を上げる
「そうか、飛翔島の旗は健在であったか……」
この劣勢の戦場で、アグライア達の旗がまだ夜の雪にはためいてることに少しだけマンダリアンは笑みがこぼれた―――
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アグライアはセイクリッドチェーンの網をまるで巻き上げるように一気に手元に引き込んだ
突如として動きを阻害する障害物がなくなったことに一瞬戸惑ったゴブリン達だったが、それを好機と見たのか攻勢に転ずる
ゴブリンが雄たけびを上げて走ってくるが、その動きとはあまりにかけ離れた大きく重い足音が響き渡った
「あ、アグライア隊長!? いきなり何を?!」
「ジョン! ヒーリングサークルを展開しろ! 時間は私が稼ぐ!」
突然の指示に戸惑いながらジョンは詠唱を開始する
「隊長、何故こんな時に回復術式を!? まだ大きな怪我人は出てませんよ!?」
その言葉を聞いてアグライアはジョンに振り返り、ニヤッと笑う
「座学で習ったことを思い出せ、神聖魔法の優先順位だよ」
「ゆ、優先順位……!?」
その言葉にピンと来ていないジョンを後目に、アグライアはゴブリンの方角に体を向けた
「術式範囲は可能な限り広く! 隊員は中央に集めさせて交戦しろ! 後は頼んだぞ!」
そういうとアグライアはせまるゴブリンの部隊に敢然と立ち向かう!
「セイクリッド・アロー!」
アグライアは迫るゴブリン達に牽制も兼ねて光の矢をばらまく
するとさっきまで魔法に対して動こうとしなかったがゴブリンが迫る矢の前に躍り出てそれを撃ち落とした
その動きにアグライアの目が鋭く光る
「やはり神聖魔法には反応せざるを得ないようだなぁ!」
足を止めず更に間合いを詰めるアグライアだったがゴブリンまであとわずかというところで踵を返しバックステップ!
その瞬間地面が轟音と共に砕け散った
ゴブリンはその轟音を確認すると舌打ちをしながら氷柱の魔法でアグライアを攻撃
アグライアは回避行動を取らず、盾を構えたまま再度間合いを詰めた
「姿が見えなくても、狙いどころはわかるさ……!」
そういうアグライアの額に冷や汗が流れていく、半分は山勘に過ぎなかったからだ
だが重要な局面を突破したとアグライアは目を輝かせた
砕けた地面の泥がパラパラと空中に浮かんだかと思えば地面に落ち、そして消えていく
その不自然な動きから、そこにいる何かの存在に確信を得るアグライア!
「見つけたぞ……セイクリッドチェーン!」
アグライアが光の鎖を詠唱
展開された鎖は勢いよくそこにいる『何か』の方向ではなく
その傍で構えていたゴブリンに絡みつく!
戸惑うゴブリンの目を見てアグライアはニヤッと笑った
「すまんが、手伝ってもらうぞ……!」
アグライアは絡みついたゴブリン事チェーンをそこにいるであろう『何か』に向かって放つ!
チェーンは何かに激突し、消滅することなく堅い岩にぶつかったような接触音が響く
その接触の瞬間、まるで暗闇で火打石でも打ったかのように巨大で硬質的な物体のシルエットが一瞬浮かび上がった!
その巨大な何かはまるで慌てているかのようにチェーンを薙ぎ払う
だが薙ぎ払った先に、既にアグライアは居ない
チェーンから投げ出されて、眩暈を起こしながらゴブリンが必死にアグライアを探す
そしてゴブリンは気づく
自分の目の前に、まるで空に浮かんでいるかのように何もない空間に膝をついたアグライアがいることに
「接触してみて確信できたよ……! 神聖魔法を使うのなら覚えておくんだな!」
振り落とそうと暴れる『何か』に必死にしがみつきながらアグライアが叫ぶ
「神聖魔法同士は効果が発現する前に干渉が起きる、そして……」
アグライアは深く息を吸い込む
そして魔力を全開にして
「その障壁はな、この魔法なら反射されずに解除できるんだよ!」
大量の回復魔法を見えない何かに叩き込んだ!
「あ、あぁ……! そうか、そうだったのか……!」
ジョンはアグライアが放つ回復魔法の輝きと、かつての座学の内容を思い出す
神聖魔法は神が人にもたらす救いの魔法
その本分は命の救済にある
神聖魔法の術式の全ては回復魔法に優先される
どのような防壁であろうと、障壁であろうと癒しの魔法が優先される
神聖魔法の障壁の中でも魔力消費が甚大な強力な魔法、全ての魔法を反射する『リフレクト・ウォール』
だがそんな絶対反射の力も、回復魔法は優先されるためその効果を失う
神聖魔法は人を癒すための魔法だからだ
「そうら、お前らの正体を拝ませてもらうぞ……!」
アグライアの回復魔法がその『何か』の姿を癒しの光で顕現させていく
まるで雄たけびを上げるように轟音を上げながらその何かはゴツゴツとした岩のような姿を見せる
それは人の形を模してはいたが、両腕に当たる部分は丸太の様に大きく、片手はハンマーの様に大きく膨れ上がっている
顔の中央に怪しく光る穴が一つ、口に当たる部分にスリットが一本
人の様にもゴブリンのようにも見える、不気味な何か
その正体は全てが命鉱石で構成された巨大なゴーレムだった――――




