197.違和感
アバカスは開戦の状況をその目で確認していた
大量に送り込まれる戦場の映像に眩暈がするが、状況を見誤ればあっという間に押し切られて終わってしまう為必死にその情報を処理する
アバカスの額には命鉱石に似た深い赤色の石が埋め込まれ、その目は何処を見ているかわからない様な曖昧な視線の表情
時折体をピクっと反応するが、動き自体はない
「3番に通達 随伴が囲まれ始めた 魔法弓兵に援護させてくれ レッドゴーレムの視界では捉えきれない」
「12番 人間達の陣形が乱れた レッドゴーレムに進軍させるから後方に重装兵をつけてくれ」
独り言をブツブツというアバカスが曖昧な視線のまま突如として後ろを振り返り叫ぶ
「命鉱石が10体前後ほど撃墜か機能不全で反応がなくなった! ダガーとリンクさせ次第次々飛ばしてくれ!」
「わ、わかりました!」
アバカスは部下にそう告げるとまた椅子に座り直し、曖昧な視線で何かを見つめる
アバカスの目には何も見えていない だがその脳には戦場が映っていた
アバカスは額につけたコアを通じて戦場で稼働する無数の命鉱石と数十基のゴーレムから送られてくる情報を一手に管理、処理をする
ゴーレムの目から見える光景はほぼ同タイムでアバカスも認識することが可能で
ゴーレムの口から発せられる言葉もまたロスタイムなく伝達することができる
その大量の情報に吐き気と眩暈を覚えながら、アバカスは懸命に戦況を確認し、指示を飛ばす
開戦直後は初見殺しの命鉱石や視認不能のレッドゴーレムで先手を取れたが、数も練度もどうしてもゴブリンが一手も二手も足りない
人間達は姿の見えないレッドゴーレムに未だに攻めあぐねているが、数の暴力で見えているゴブリンを排除し始めていた
人間にとって視認できない、魔法攻撃もほぼ効果がないレッドゴーレムだったが、その操縦はアバカスが一手に引き受けていた
いや、厳密にはゴブリンの中ではアバカスだけとでもいおうか
「お前もキツいだろうが私もキツいんだ・・・まだ壊れてくれるなよ、ダガー」
そう言いながらアバカスは額に埋め込まれたコアを手で撫でる
アバカスの額にはかつてのゴブリン・ダガーのコアが埋め込まれていた
神代王の手で殺害されたダガーはその直後ゴブリン達の手でコアのみを回収
肉体も感情も失ったダガーのコアはアバカスのコアとリンクし、さながら複座式の様に多くのゴーレムと飛び交う命鉱石を操っていた
アバカスが情報の選択と指示、ダガーはその指示を元に行動・・・
想定を遥かに上回る操縦負荷にアバカスの脳は焼き切れそうになっていたが、それでも懸命に戦い続けていた
そんな時、ある戦場からの情報に目が止まる
『なんだこの人間共・・・ 他の連中と戦い方がまるで違う』
アバカスは不審に思いながら、その戦場にいるレッドゴーレムの視界を拡大した
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「まずはこいつを視認できるようにしないと・・・!」
アグライアは恐らく巨大な『何か』が居るであろう空間の足元を泥濘状態にした上でセイクリッドチェーン・・・魔法の鎖を張り巡らせる
もちろんこの鎖で視認できない『何か』の進行を止められるなどいなかったが、引っ掛かってくれれば敵の位置や捕捉できる
極寒の地では抜かるんだ地面も即座に凍り付きそうになるが、他の隊員が必死に泥濘を維持する
時折飛び跳ねる泥が何もない空間に付着しその輪郭を形作るが、その泥は吸い込まれるように消えて行った
「隊長! 結構炎魔法やらなんやらを撃ち込んだんですが・・・まるで効果が認められません!」
「みたいだな・・・ゴブリンに撃っている魔法も多分見えない『何か』に防がれてるようだ」
やりとりの最中ゴブリンが撃ち込む毒矢が迫るが、アグライアはそれを盾で弾きジョンが氷柱魔法で反撃!
だがその氷柱は弓を装備したゴブリンに直撃する瞬間何かに弾かれ霧散した
アグライアは辺りを見回し戦況を確認する
今のところ死者も大きな怪我人もでていない、全員よく健闘している
魔法陸戦団に他のゴブリンが分散してくれたおかげか、こちらの相手にする数が少ないのも幸いしている
だがこの状況がかなりまずい状況だとアグライアは認識し、冷や汗を流した
「こいつらがゴブリンの本隊のはずがない・・・恐らくあの見えない『何か』で戦線を強引に突破して中央から本体を雪崩れ込ませる・・・?」
そうなればここで戦い続ければやがて数の暴力で圧殺されかねない
ゴブリンの中には人間以上に大きい個体が存在していることを認識しているアグライアは余計にそれを危惧していた
「アグライア隊長・・・あの周りのゴブリンだけでも俺突っ込んで攻撃してきましょうか? このままじゃ埒があきませんぜ」
咥えたばこの隊員が牽制攻撃を仕掛けながら進言するが、アグライアはそれに首を横に振って答える
「苦しいだろうが耐えてくれ、必ず突破口を見つけ出す・・・!」
「了解っすわ、ジリ貧で凌ぐのはこの前の戦いで得意になったんでね!」
そういうと男はタタッと小走りで牽制をしながら離れて行った
『考えろ・・・考えろアグライア・・・! 何かないか・・・?』
敵の動きを観察しながら必死に戦うアグライア
その時、ゴブリンがアグライアに飛び掛かる!
「くっ・・・このぉ!」
アグライアは斬りかかってきたゴブリンの刃を盾で受けると、返す刀を仕掛ける
ゴブリンは盾を足場にして跳躍でよけるとそのまま炎魔法を連打してきた!
「なめるなぁ!」
アグライアは盾に魔力を込めて炎魔法を弾くと、そのままゴブリンに向けてセイクリッドアローを撃ち込む
神聖属性で構成された鋭い魔法の矢はゴブリンの肩を貫くが致命傷には至らず距離を離されてしまう
「おのれ・・・やはり威力が足りんか・・・!」
即座に離れていくゴブリンに向かって苦し紛れにセイクリッドアローを撃ち込むアグライア
当然ながらゴブリンの手前でセイクリッドアローは何者かに阻まれる
だがその時、アグライアは異変に気付く
「今の・・・なんか変だ・・・?」
アグライアはもう一度術式を展開しセイクリッドアローを撃ち込む
数発の光の矢がゴブリンに迫るが、先ほど同じようにその攻撃は当然阻まれる
だがその阻まれる瞬間をアグライアは見逃さなかった
撃ち込んだはずの光の矢の切っ先を アグライアは見た
相手の正面を向いているはずの矢の先端が 一瞬アグライアの方に見えて 消えたのだ
「た、確かに見たぞ・・・! 光の矢を・・・!」
一瞬呆然としたところにゴブリンからの氷柱魔法がアグライアに向かって降り注ぐ!
あわや直撃と言ったところでジョンが咄嗟にアグライアの手を引っ張り直撃を回避した
「隊長! しっかりしてください! お怪我はありませんか!?」
「あ・・・あぁ! すまない、助かった・・・!」
即座に武器を構え追撃に備える元神聖騎士団のジョンに、アグライアは言った
「ジョン・・・ 私達も舐められたもんだな」
「えっ・・・!?」
アグライアの突然の発言に、ジョンは間の抜けた声を上げながらアグライアの顔を見る
「教えてやらないといけないな・・・元神聖騎士団として!」
そんなアグライアの顔は冷や汗をかきながらニヤリと不敵に笑っていた――――




