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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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196/268

196.赤い血ばかりが戦場に舞う

「進軍の号令はまだ出てないぞ! ぜ、全員前進! 魔法陸戦団の進行に巻き込まれるな!」


突如雄たけびと共に始まった後方の大軍勢の進軍に押されるようにアグライア達は駆ける

まるで背中側から襲われるような感覚になりながら、大地震の様な軍靴の響きに追いつかれないように敵陣に特攻をする



だがそれは結果としてアグライア達の命を救う行動となった





戦闘が始まるやいなや、漆黒の空に無数の赤い星が煌めき消える


その赤い煌めきはまるで雨の様に進軍する魔法陸戦団……人間達の頭上に降り注ぎ、地面に突き刺さる


赤い雨の様な何かが地面に落ちたと気づいた人間は、その直後に視界が暗転しそのまま地面に倒れ伏す


進軍と怒声を共に意気旺盛、夢中で進む人間達はその状況に気付かず進み、倒れた者に進むものが足を取られ、隊列が乱れる

何が起きたのかわからず倒れた同胞を支えようと足を止めた瞬間、その兵士も一瞬痙攣し、物言わぬ人だったものに変わる



状況に気付いたものが力の限り叫び、そして叫んだものも撃ち抜かれて倒れる


「上だ! 空から何かが撃ち込まれている!」


その言葉に近くにいたものが反応し、即座に警戒をして情報を伝播させる


軍列後方に位置していた魔法兵たちが焦りながら防壁を展開する




何故なら、全軍が進軍する前から防壁は常に展開していたからだ

にも拘らず上空からの攻撃で進軍している兵の中央は攻撃された


「魔法部隊!防壁はどうした!」

「既に展開している! 今つい……か……」


そのやりとりの最中に魔法部隊の小隊長が口を血を噴き膝をつく

震えながらその手をやると、胸部に親指ほどの穴が空き、それは背中まで貫通していた


消えゆく意識で空を見る

ついさっき展開した防壁は傷一つなく広がる


じゃあ……どこから……?




小隊長が地面に崩れ落ちると同時に周囲の魔法部隊が次々と倒れていく



意気旺盛に進む者と傷つき倒れる者で阿鼻叫喚になるその戦場にゴブリンはまだいない




そこに飛び交うは……命鉱石!



ゴブリンの命を石に変えた邪悪な結晶が、使い手の指示を受けて高速で飛び交い、戦場をかける人間の命を次々と奪っていった


他の魔法部隊は上空からの攻撃がきているものと更に防壁を展開するが、空を見上げる魔法兵たちは真正面から命鉱石に撃ち抜かれ死んでいく

それがさらに混乱を呼び、ゴブリンをその目に捉える前から多くの兵が死に、戦場は混乱の坩堝と化した



多くの兵たちは……いや、魔法陸戦団の総指揮官であるマンダリアンですら知らぬのだ

魔法を発現しても消滅せず、蜂や虻の様に自由自在に動く魔鉱石の存在など!





ゴブリン達の初見殺しの奇襲は見事に成功し、接敵前に数百人の歴戦の兵士たちが雪原の染みに変わった……



―――――――――――――――――――――――――――――――




命鉱石の襲撃で後方が混乱しているという情報が入るより早く、前線の兵たちはゴブリンを目の当たりにする

革の鎧と短めの両刃の剣を装備するゴブリン達の装備はお世辞にもそこまで上等なものには映らず、またその体躯も人間より一回り小さい


大人と子ども程の体格差のあるゴブリンに、表情に出さずとも胸中で嘲る


『こんな貧相な体格と装備で俺たちと戦争だと……? 身の程知らずにもほどがある』




小隊長が攻撃の命令を発し、兵士たちが自らの剣に炎の魔法を纏わせ勇ましく飛び掛かる!


それに対しゴブリン達はその攻撃を受けようともせず、そのまま背中を向けて後方に構える


怖気づいたか! 所詮は獣――――



飛び掛かりながらそんなことを考えていた兵士は、その考え諸共に何かに撃ち抜かれて粉々になって果てた


すさまじい衝撃音が鳴り響き、今まさに攻撃しようとした兵士たちの手が混乱と恐怖で一瞬止まる

攻撃を殺されてだけならまだしも、さっきまで隣で軽口を叩いていた仲間の一人が血と肉をまき散らしながら肉片に成り果てたのだ


人間であれば、恐怖しない方がおかしい 仕方のない反応


だがその仕方のない一瞬の反応の間に恐怖した兵士の一人が仲間と同じ様に肉片に変わった

戦場ではおおよそ聞いたことがない、巨大な破裂音

それは人間がはじけ飛んだ音に他ならない


そのはじけ飛んだ血が雪原の何もない空間に飛び散り、その輪郭を浮かび上がらせる

そこには不自然に両腕を膨れ上がらせた人の形をした何か……


けれどあまりにゴツゴツに角ばったそれは、生物の体を成していない

そして返り血を浴びたその何かはその血を取り込む様にその無色透明に変え、風景に溶けて消える



同胞がわずか数分の間に血の海に変わり果てたのを自覚した兵士の一人は半狂乱になりながら手持ちの魔鉱石をばらまきながら叫ぶように爆発魔法を連打する


だがその爆発は人型の何かの輪郭を浮かび上がらせるだけで、その強固なシルエットにヒビの一つすら入れることは叶わない


「な、何で魔法が効かないんだよぉ!? 魔鉱石全部ぶつけたんだぞ!なんでだよ!?」


どんなに強固な素材であってもダメージの大小はあるはずなのに、その物体にはそれすらも見当たらない


魔法が効かない、姿も見えない

繰り出される攻撃は人を肉片に変えるほどの一撃






なにがなにやらわからぬまま恐怖に駆られて飛び掛かる兵士はその何かの剛腕を受け、他の物と同じ様に肉片となり果てた



ゴブリンは迫る人間の兵よりもその後方や側面への警戒を欠かさない


迫る人間を倒す必要はない、それよりも生き残り状況を伝えることが重要だ


戦うことも守ることも俺たちの仕事じゃない

レッドゴーレムの目となり耳となればそれで勝てる



人間からは姿も見えない、命鉱石で作られたゴブリンの決戦兵器、レッドゴーレム




そう信じてゴブリン達は敢えて軽装備で人間達に向かって行軍していった






――――――――――――――――――――――――――




「セイクリッドチェーン!」


アグライアが光る鎖を地面スレスレに無数に展開し、迫るゴブリン達の足を止める


グレイやジョンはその動きに反応し、魔法にて迫るゴブリン達に攻撃を仕掛ける

ゴブリン達に大きなダメージは与えられていなかったが、アグライアの鎖やグレイたちの牽制攻撃にゴブリンは攻めあぐねている様子だった


攻めあぐねていたのは、それだけが原因ではない



「炎魔法で地面を焼け! その上から水魔法と泥魔法を撃ち続けろ! 敵を近づけるな!」


アグライアは鎖を蜘蛛の巣の様に周辺の樹々に展開すると、それに接触してきたゴブリンに対して魔法の攻撃を仕掛ける


数十人のわずかな兵たちは役割分担でゴブリンの進撃の阻害、足を止めたゴブリンへの攻撃、そして……





レッドゴーレムへの攻撃を展開していた





「見えるゴブリンよりもその間の見えない何かに警戒しろ! いいか!狙うのは空間じゃない! 地面だ!とにかく足場を崩すんだ!」


「了解! しかし敵が見えないってのは厄介ですね隊長ォ!」

「全くだ……待ってろ! もうすぐ見えるようにして見せる」



敵への攻撃よりも足止めを優先したアグライアの部隊は、その目論見通り迫るゴブリンたちをくぎ付けにする

アグライア達は接敵の寸前に敵の目論見を看破し、即座に戦い方を決めたのだ




――――――――――――――――――――――


開戦のわずか前、アグライアはゴブリンの陣形を見て強烈な違和感を覚えていた

「なんですかあの陣形? あれじゃあ一匹一匹狙い撃ちされて終わりじゃないですか」

元神聖騎士団のジョンが困ったように鼻を鳴らす



他の人間も同じよう見るが、その目に油断はなく、息を呑む

アグライア達の部隊はそのゴブリンを見て他の魔法陸戦団の様に嘲け笑うようなことはしなかった


「ありゃあ、多分何か仕掛けがありますね……」「だよなぁ……」

ギルドからの戦士たちは皆が皆、それを何かの作戦だと定義しボソボソと話し込む



「あのゴブリンがあんな何の目的もなく不自然な動きをするわけがない、あいつらは俺たちが思っている以上に頭がいいんだ」

グレイはそれを見ながら冷や汗を流す




ここにいる人間の多くは、かつて要塞でゴブリンと戦ったことのある者たちばかり……

あの時の拠点の地獄の経験がゴブリンの狡猾さと恐ろしさを感じ取っていたのだ



「不自然に空けられたあの空間に何かがあると見るべきだろうな……周りのゴブリンは軽装だから警戒兵か、随伴か……」


全容は見えないが、アグライアはその空間の正体を考察する

その時思ったのはあの時対峙した巨大なゴブリン、トランク


もしあのクラスのゴブリンが潜んでいたとすればどうか?

いや、そうでないとすれば考えられることは……?



いくつかの想定を思案したのち、アグライアは全員を集める



「いいか、敵の正体がわかるまでは絶対に手を出すな 防御役と妨害役をあらかじめ決めておこう 見えるモノ以上に、見えないモノに警戒するんだ―――」




―――――――――――――――――――――――――――――




アグライア達の考えは敵の狙いと8割方合致し、今に至る


まだ敵の正体の全てはわからない、いつ部隊は瓦解するかもわからない

そんな恐怖に駆られながらもアグライア達は懸命に気力を振り絞る




戦いはまだ、始まったばかり



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