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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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195/269

195.開戦

エタノーの城下町から北の山脈の近くに王都の軍勢は陣を構える


王都魔法陸戦団が主軸となって構えるその軍勢は、まさに堅牢

他国との戦いを前提とした王都魔法陸戦団は久しくその実戦の機会がなく、皆一様に興奮と緊張を覚える


王都の剣であり盾であると、士気を高めその時をまつ

だがその陣営のわずかに北寄りに、ポツンと小さな部隊が陣取る


他の軍勢に比べてあまりに少ないその部隊はわずか30人にも満たない

まるで後方の軍勢から囲まれているかのようなその少数の部隊の中心に、アグライアは居た



ファルネウスがギルドと連携して集められたその人間は、誰もかれも腕に覚えがある手練れであることは間違いない

だが戦争は数であることを思えば、彼らはあまりにもか弱く、あまりにもか細い



そんな開戦前のまだ夜が明けぬ闇の中、身を寄せ合うようにアグライア達はその時を待つ


アグライアは皆を前にして、告げた


「みんな、戦いが始まったら退却してくれ こんな事に付き合って死ぬ必要はない」


全員がその発言に返事はしない

それぞれに顔を見合わせ、アグライアに視線を戻すだけだった


返事がないことを確認したアグライアは、もう一度同じことを言おうとする

その雰囲気を察して一人が口を開いた


「アグライア隊長、それはもうここに来て5回は聞きましたよ」

元神聖騎士団のジョンが、困り顔で言う


「いや、10回は聞かされましたね…… お気持ちは嬉しいのですが」

飛翔島ギルド【双翼団】のグレイもそれに続く


「逃げる気ならそもそもここに来てないっすよ、そもそも志願してきてますしね」

火のついてないタバコを咥えて男がフフっと笑う



他の人間も皆その言葉を軽く流すと、敵が布告してきた方角を睨みながら武器の手入れに戻る

そんな様子にたまりかねて、アグライアが再度声を上げる



「し、しかしだ! これは私だけの問題なんだ! この戦いで武勲を上げるならそれこそ王都魔法陸戦団かエタノー領に再編成を……」


その言葉に咥えたばこの男がピクっと反応し、アグライアに少しだけ鋭い視線を向ける


「今の言葉、ちょっと聞き捨てならねぇっすね」

そういうと男は両手をパチっと合わせ、頭を下げる


「そ、それは一体……?」


「あの子が仲間の遺体の前でやってたことです、ゴミの中で燃えていく仲間の腕を見ながらそりゃもう一生懸命に」

咥えたばこの男が目を閉じ神妙にその所作を行う


「あの日、拠点に襲い掛かってきたゴブリンからあの子は俺たちを助けてくれたんすよ あの子のお陰で俺は帰って嫁さんに会うことができたんす」

男は目を開けてアグライアを見て、小さく笑う


「もちろん報酬とか手柄目当てですし、やばけりゃ逃げますけどね……あの子にしてもらったことをちょっとくらいは返したいんですよ」


かつてトランクが拠点を襲撃した時、怪我人がひしめく人間を救うためにリンファは戦った

ここにいる人間達の多くは、その時の恩を返すために集まっていた



「私はあの子も、隊長も死なせたくはありませんのでここに来ました 多分戻ったら除隊させられると思うんで再就職先を紹介してくださいね」

わざとらしくてジョンがおどけてアグライアに話しかける


あの夜ミアズマとガルドと共にリンファと戦った神聖騎士団のジョンは、あの日の後悔を振り払うためこの戦いに志願した



「お、お前たち……」


「できるだけやりましょうよ、アグライア隊長 人間として、間違えないように」



もはやこれ以上逃げるように訴えることはできないと感じたアグライアは、自らの頬を叩き闇を見つめる


決戦の時は近づく、今は闘いに集中するしかない


例えこの身が野辺に散ろうとも垂木に吊るされようとも、あの子に生きてほしいから


リンファを助けるために、アグライアはその剣を抜いた





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




漆黒の闇に白々とした雪がわずかに映えるその山の奥から、多数の足音が響き渡る

その音に王都の偵察が伝令を飛ばし、警鐘を鳴らす



不揃いに響くその音は徐々にその音の大きさを増し、その足音に堅い金属音も混じってくる

赤い目を光らせたゴブリンの群れ……


いや、群れと呼ぶにはあまりに多く、列をなして歩く姿は軍勢と言って差し支えない

だがその戦列は不自然に距離があり、ゴブリン同士が一足で集まれないほどに広く陣形をなしていた




「なんだあの陣形…… 所詮は戦い方を知らんゴブリン風情か」

魔法陸戦団の誰かが鼻で笑う


自分達を多く見せたいあまりに広く大きく動いているだけの浅知恵の並び

そう兵士の多くは嘲笑った


どんなに大きく見せようと所詮はゴブリン、しかも数の差は明らか

作戦の必要すら感じない、数の暴力でつぶせる程度の相手だとタカをくくった




そしてゴブリン達が人間達の前に現れ、人間達は武器を備え構える

だがゴブリンはまさに人間の兵士の目と鼻の先で全軍が停止した



攻撃を仕掛けてくるとまさに構えていた人間の兵はその挙動にいぶかしむ


そして誰かがそれに気づき、怒りを露にする


「宣戦布告の時間を守ろうというのか……! ゴブリン風情が人間を舐めやがって……!」

兵士のいら立ちの空気が次々と伝播していく



誇り高き王都の軍人たちは、そもそもからしてゴブリン風情が宣戦布告をしてきたという事実から気に入らなかった


不意打ちもせず、奇襲もしてこない

堂々の宣言通りの時間に宣言通りの場所に進軍し、開戦の合図を待つ



正々堂々と言えば聞こえはいいが、つまりは真正面から人間を撃破し侵略をするという無言の宣言に他ならない

その不遜な振舞いが王都の軍人たちは心から不愉快だったのだ




「王都の軍勢の諸君、聞こえるか? 私はゴブリンクイーンの配下でこの戦いの指揮権を持つ者、ゴブリン=アバカスだ」

突如魔法で拡声された声が山々に響き渡る


突如聞こえる人間の声に兵士たちは動揺を隠せない


「先般書状にて通達した通り、これより我々は諸君ら人間に対し戦闘行為を行う」


抑揚のない淡々とした言葉が兵たち皆の耳に届く

その態度に兵たちは怒りで今にも攻撃を仕掛けそうな空気になっていくが、それに相反するかのようにゴブリン達は静かに表情一つ崩さない



「なお我々に下された命令を先に宣言しておく、半端に降伏をされてもお互いが不幸になるからだ」


降伏という言葉に兵のみならず、魔法陸戦団トップのマンダリアンも眉を顰め怒りを露にする


「ゴブリン風情が……舐めおって……!」


マンダリアンが背筋を正し、詠唱しながら大きく息を吸う


人間の真似事をして誇り高き王都の兵を侮辱する下賤なゴブリンを許せぬ!


マンダリアンがアバカスの言葉を待たずに進軍を指揮しようとしたところ、アバカスの言葉が一瞬早く山々に響き渡った



「ゴブリンクイーン様からの命令は 『貴様ら人間を一人残らず 殺せ 』だ 以上」




その言葉に兵たちがいきり立ち、一斉に歩を進める

マンダリアンの号令はその直後に雪崩も起こさんばかりの大音量で全軍に響き渡った





山々が震え、人間達の群れが雪崩のようにゴブリン達に迫る

宣戦布告の時間まではまだ30分はあるが、もはやそんなものを人間達は守るつもりもないは明白だった


それを見てアバカスは小さくため息をつく


「やれやれ、人間共は礼儀も秩序もあったものではないな……」

そういうとアバカスは傍に立つ黒い甲冑を着込み太刀を佩いたゴブリンに目配せをする

その甲冑を着たゴブリンは返事どころか反応すら返さず、闇に消えて行った



その姿を見送るとアバカスはさっきより大きなため息をつき、気を取り直して全軍に向けて指揮を飛ばした



「全軍進軍! レッドゴーレム隊前に! 射撃開始ーーー!」




アバカスの号令が全軍に響き渡りゴブリン達が動き出す



ゴブリンと人間達の戦闘が今、始まった―――



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