193.絶望の戦いはすぐそこに
「私だ、手短に言う 今からリリーを連れて戻るからルカさんは治療の準備を、外傷だけでも消す バルセルクに連絡して腕利きを30人集めてくれ 飛翔島選抜隊? あぁそこより優先だ! 装備も用意してくれ、2時間以内だ、全作業より優先だ! すぐ戻る!」
ファルネウスが切羽詰まった様子で惜しげもなく魔鉱石を消費しルカに通信を送る
その手にはアグライアの手が堅く握られ、半ば引っ張るようにファルネウスは丘を走った
整然と並ぶ兵たちの前を通り過ぎようとしたとき、何者かが急ぐファルネウスを止める
「待ってもらおう、ファルネウス卿 その騎士の身柄はコチラで預かる」
「どけ、マンダリアン 貴公と話している暇などない」
領主でありゴブリン会戦の軍勢を率いるマンダリアン相手にファルネウスはにべもなく噛みつき先を急ごうとするが、マンダリアンは部下と共にその進路を塞ぐ
「聞こえなかったのかウスノロ! 今すぐどけと言ってるんだ!」
「落ち着けファルネウス卿、貴方らしくもない その娘を連れて行ってもらっては困るんだ……神代王の命令なんだ、悪く思わないでくれ」
その言葉にファルネウスが瞳孔を針の様に細めてマンダリアンを睨みつける
「3時間だろう!?」
「……な、何がだ?」
「とぼけるな! 開戦に伴う転移術式の封鎖まであと3時間だろうが!」
ファルネウスが全身の毛を逆立てて牙を見せる
「それまでに必ず全ての準備を整えてお前らが陣を作る場所に最高にお仕立てした最強の部隊とリリー・アグライアを連れて行く! 気に入らぬならあとで裁きの場にでもなんにでも呼べ! だからどけ!どいてくれ!」
最後には懇願するような響きとなったファルネウスの言葉に、マンダリアンはたじろぐ
「私とて、アグライアの娘を無碍にはしたくない…… だが間に合わなかったら神代王に報告の上で然るべき報いを受けさせるぞ」
「その時はどうにでもすればいい……行くぞリリー! 急げ!」
マンダリアンは無言で道を譲るとファルネウスは振り返りもせず走り抜ける
その後ろを、まるで代わりに謝罪するかのようにヴァレリアが頭を下げ、共に通り過ぎる
3人の背中をマンダリアンは一瞬だけ見送った後、即座に振り返り兵の指揮に戻っていった
「チクショウ……なんだってあんな馬鹿な事を……! あんな馬鹿げた約束を神代王が守るわけないだろう! リンファ君どころかお前にまでこんな……!」
己の不甲斐なさを呪いながら、口にしてはいけないと思っていてもファルネウスの言葉が漏れ出してしまう
あんな子供じみた約束をあの神代王が守るわけがない、結果としてリンファはあの処刑台に吊るされるしリリーは戦死か絞首のどちらかだ
これからどうすべきか、どうやって最悪の事態を回避すべきかについて必死に考えを巡らすファルネウスに、アグライアは言った
「最初からあんな陳情が通るだなんて……思ってませんよ」
泣きそうな顔で、それでも少しだけ笑いながらアグライアは言う
「でも、これで少しだけリンファの寿命を延ばしてやれた……!」
その言葉にファルネウスは言葉を失い、目を丸くしてアグライアを見つめる
目があった瞬間、アグライアはファルネウスの手を強くつかみ頭を下げた
「おじさん、お願いです! 私は何として1分一秒でも生き延び戦って見せます、だからその間におじさんの力でリンファを逃がしてください!お願いです……ルキウスおじさん!」
「リリー……! 馬鹿な事を……そんな願いが通せるわけないだろう!お前が生きるんだ!私はお前の方が大事なんだ! お父さんの為にも生きるんだ!」
そう言われてもなおアグライアは手を強く握り懇願する
その手は痛みを覚えるほどに強く、そして震えていた
「私はリンファの為にこの剣を振るいます、この華美に塗れた剣を血の海に沈めても、我が身が野辺に朽ちるまで戦ってみせます……! リンファに……生きてほしいから!」
アグライアは目を見開き、歯を食いしばりながら泣いた
けれどその手は力強く、立ち止まろうともせず
その力強き決死の覚悟にファルネウスの足がわずかに止まってしまうほどだった
アグライアは丘の上に視線を送り、涙を拭いてその足を進める
リンファを助ける戦いの為に……
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1000人近くの兵たちが、携えた武器を鳴らしながら行進していく
今回の絞首は延期となり、式典は中断した
リンファは地響きのようなその足音に頭を抱え、その身を縮める
リンファの閉じ込められたそのあまりに暗い檻の向こう側から、神代王がリンファを見下ろし睨みつける
その目に気付いたリンファは、その目に怯えながらそれでも震える声で必死に訴えた
「アグライアさんを巻き込まないで……お願いだから……」
その憔悴しきった姿に少しだけ退屈そうに鼻を鳴らすと、神代王がしゃがみこみリンファの顔を覗き込む
その暗い光を持つ瞳孔に、リンファの背筋が凍る
「貴様が石に打たれ吊るされるその瞬間を楽しみにしておったのに、あの小娘のせいで台無しとなった」
喋るだけで檻に漂う空気が氷の様に冷たく感じるその声がリンファを襲う
「いくつかの些事が重なり、我は大変に不愉快だ」
そういう神代王の目が、何故か怪しく光っているのをリンファは感じ取った
「そこでなんとしてもあの小娘が貴様の心臓を貫くところを見たくなった、あの小娘に泣きながら殺されるお前を吊るさねば気が済まぬのだ」
そういうと神代王がわずかに手招きをすると、リンファにかかる影が広がる
誰かがその傍に立ったことに気付いたリンファは、その姿を見て驚愕する
「お、お前は……ミアズマ……!」
「久しぶりだな……異形の……穢れ……!」
ミアズマは神代王の傍で膝をつきながら、リンファを睨みつけてその右手を見せつけるように前に出す
肘から先のむき出しの金属で作られた骨の様な義手がギシギシと不気味な音を立てていた
「貴様のせいで失ったこの右手が毎夜疼くのよ……、お前を殺してくれと泣きわめくのよ……!」
ギシギシという金属音はまるですすり泣くような音に聞こえ、リンファは思わず耳を塞ぐ
だがその塞いだ耳の隙間から、神代王の言葉はリンファの鼓膜に侵略していった
「あの小娘は戦場で死ぬ、若しくは闇に紛れて殺してくれる」
「や、やめてくれ……やめろぉ……やめろよぉ……!」
リンファが憔悴しながらも懇願する様を鼻で笑う神代王はなおも語る
「ただ殺すだけでは飽き足らぬ、多くの死者も出るであろう戦場のスミで骸になられてもつまらぬ」
その言葉にミアズマが笑う
呪殺士ミアズマが、その義手を鳴らしながら心から下卑た笑いをリンファに見せつけた
「ま、まさか……やめろ! そんな!」
「気づいたか穢れぇ……あの夜の恨み、じっくりと果たしてやるからなぁ……!」
神代王がリンファの眼をえぐるように睨みつけ、わずかに笑う
化け物が泣くさまを、心から楽しみながら怪物は言った
「あの女が戦場で亡き者となった時、即座に冥力を注ぎ込み醜い動く死骸に変えてくれる そしてその死骸の手で貴様を葬ってくれようぞ」
「やめろーー! 神代王! ミアズマ!やめろ!やめてくれ! やめて……ください……!」
神代王の言葉にリンファが絶叫するが、その涙ながらの懇願を化け物の鳴き声として神代王は堪能する
「自害など考えぬことだ、そのような事をすれば貴様に関わった者全てを火あぶりにする お前が立ち去ったあの村の小娘も村ごと焼き払おうぞ」
「そ、そんな……!」
ミナのことまで言われて、リンファは力を無くす
自分がどれだけ叫ぼうとも、この怪物はその力を振り回す
逆らおうとすればするほど、誰かが助けてくれようとすればするほど自分以外の誰かが不幸になっていく
もう、動けない
リンファはそう心から感じ、やがてその口を閉ざした
「すっかり意気消沈したな、重畳である」
その様に神代王はわずかに目を細めると、ミアズマを手で払うように指示をすると悠々と歩きだす
その背中はあまりに大きく、邪悪で醜怪
だがリンファはその背中を見ることすらできず、頭を抱えて唸る
その檻は、あまりに暗い
ゴブリンとの開戦が近づく―――――




