189.絞首台はそびえ立つ
体中をズタズタにしながら仰向きで浅い呼吸を繰り返すヴァレリアの顔を、神代王が覗き込む
ヴァレリアは神代王の顔が視界に入ってもさして反応することなく、ただ胸を上下させていた
「何故だ ヴァレリア」
神代王は無表情のまま血だらけのヴァレリアに尋ねる
「なんの策もなしにあんな馬鹿げた真似をすれば、こうなることは予想できたであろう」
そう尋ねる神代王には、怒りや憤りはない
ただ純粋に沸き上がる疑問を聞かずにはいられなかった
「お前がやったことはただの無駄だ、異形の化け物はここで絞首台に吊るされ、お前は手痛い傷を負ったまま戦線に駆り出される」
神代王はしゃべり続けるが、ヴァレリアはそれでも何も語らない
「我の言葉に従う方が身も心もよほど楽だろうに、そんな細工まで施して何故逆らった?」
その言葉に、ヴァレリアの口がゆっくりと動く
その目は天を仰いだまま、苦しそうに
「貴方に逆らいたくてやったわけじゃ……ありません……よ」
「では何故だ?」
「人でありたかったから……その気持ちに、従っただけです……」
そういうとヴァレリアは再度意識を失う
その姿を少しの間見つめた後、神代王は背中を向け立ち去っていった
見つめている間のその目は、身も凍るほどに冷たかった―――
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転移の魔法の影響でリンファはその体を動かすことすらできぬほどに疲弊していた
のぞき穴どころか光すらも漏れない漆黒の檻の中で、リンファは目を開けたまま微動だにせず倒れ伏す
薬湯で清められた体は道中にて親衛隊に何度も蹴られた影響で薄汚れ、応急処置してもらった傷口からは緑の血が流れる
エタノー領から連行される寸前に屋台の親父がこっそり言づけてくれたエタ芋は道中で親衛隊に見つかり、舐めることすら叶わずリンファの目の前で何度も踏みつぶされた
食べるチャンスはあったけれど、リンファはその体を動かすことも億劫で抱えこむように持ち続けているだけだった
懐に仄かに残る移り香と、無くなってしまった冷たさがリンファをより寒くさせる
わずかな温もりの残滓が、皮肉にもリンファの絶望を際立たせていた……
やがて運ばれていたであろう檻の揺れが治まり、地面に置かれたような振動がリンファに伝わる
吐き気が止まらない体を少しだけ動かそうとすると、不意に檻の壁が音を立てて倒れ、大量の光がリンファを襲った
突如目の前に溢れる光に目を開けることができないリンファを、次は大勢のどよめきによる音の圧が襲う
やがて視界が明瞭になり、その目に映る光景にリンファは絶句した
そこは断罪の丘の中心地、天を突きさしていると錯覚するほどの高い絞首台がリンファの眼の前にそびえたつ
そしてその絞首台とリンファを囲む様に大勢の人間が取り囲み、四方からリンファを睨みつける
そしてその周りには、色とりどりの甲冑を装備した大勢の兵士が武器を携え整列
その視線には隠す気もないほどの殺意が溢れ、リンファの身にその鋭い視線が突き刺さった
「こ、これは……!?」
リンファは呆然と折にはめられた鉄格子に手を触れるが、それと同時に骨まで焼けてしまいそうなほどの熱が伝わり激痛が襲いその手が反射的に離れる
「うわぁっ!?」
激痛走るその手を咄嗟にかばうリンファ
苦しむリンファノその目に夥しいほどの魔力がその鉄格子に注がれているのが視えてしまっていた
『全体、気を付けぇ!』
空を破るほどの大音量の号令が鳴り響き、それと同時に居並ぶ甲冑を着込んだ兵隊たちが一糸乱れぬ動きでその身を正す
その寸分もずれない動きにリンファは恐怖を感じずにはいられなかった
「注目! これよりこの式典の指揮号令は王都魔法陸戦団であるこの王都第二領領主、マンダリアン=トゥースが務める!」
顔に大きな傷痕を付けた毛むくじゃらと言って程に髭も髪も剛毛な筋肉の塊と言った男が、顔を全てを口にしたかのような大声で叫ぶ
その言葉に兵隊たちはその視線をそのマンダリアンと名乗った男に集中させる
マンダリアンはその集まる視線を見回すと、少しだけ声量を落とし号令する
「注目直れ! 神代王に向かって全員、剣を捧げよ!」
その声で兵隊の持つ剣や槍、弓や杖が一斉に絞首台に向かって注がれる
檻にいるリンファにはその武器の全てが自分に向けられていると感じられ、恐怖でその身が強張る
そしてその檻の前に何者かが立つ
背中しか見えないその姿からも、リンファは何者か即座に理解する
その男がその手を上げ、ゆっくりと下ろす
その振る舞いに即座に反応したマンダリアンが号令を発し、1000人からいるであろう兵隊が一斉にその武器を下ろす
「全員、神代王に傾注!」
あの雪の夜 相対した男
煌びやかで大きく、天を突きそうなほど尖った王冠
肩まで伸びた茶色の髪に、喉を覆うほどの整った髭
そして忘れようもない、あの冷たく鋭い瞳……
神代王が今、リンファの前に立っていた
「【不敬である】」
神代王はリンファを見るなり間髪も入れずリンファに向かって死の言葉を言い放つ
だがリンファはその言葉も意味も分からず、ただ恐怖に震え神代王を見つめたまま
その姿を見て神代王はため息をついた
「やはり効かぬか化け物め、今となってはどうでもよいことだがな」
「あ、あなたは……」
リンファの言葉などに耳も貸さず、神代王はその手をスッと上げるとその手を見た側近たちが神代王の元に駆け寄る
側近たちが神代王の傍につくと、何かをドサッと下ろしその場で背筋を正す
神代王が気怠そうに手を下ろすと、側近たちはすぐさま帰っていった
「これがわかるか、異形の穢れ」
神代王が側近が持ってきた何者かの襟首を掴み、持ち上げてリンファに見せつける
「あ、あぁ……なんで……なんで……!?」
見せつけられたそれを目の当たりにして、リンファは肩を震わせ狼狽した
そこには体中に目を背けたくなるほどの熱傷と裂傷を負ったヴァレリアの姿があった
「ヴァレリアさん!? なんで!?」
その無残な姿に思わずリンファは叫ぶ
その声にわずかに反応したヴァレリアは、少しだけ仕方なさそうに笑う
「や、やぁ……リンファ君…… 君を助けたかったんだけど……無理だった……ごめん……」
ヴァレリアはそう言うと激痛に顔を歪ませる
その姿にリンファは更に声をかけるが、神代王はヴァレリアを無造作に投げ捨て側近に連行させた
「や、やめろ! ヴァレリアさんにひどいことをするな! 治療をしてあげて!」
「黙れ、貴様には関係がないことだ」
神代王が冷たく見下ろす
綺麗でもあるが感情を見せない丸い瞳孔が更に暗く大きく開き、リンファを睨みつける
神代王の体が作る影が、リンファを暗く覆った
「異形の穢れを助けろと乗り込んできた我が血族の面汚しは、お前のせいであのようになった」
「そ、そんな……!」
神代王の表情は逆光となってリンファには伺い知れない
だがその瞳だけは妙に爛々と鮮明に輝き、リンファを恐れさせる
「よく聞け、異形の穢れ……ゴブリンハーフよ」
神代王がその瞳だけを輝かせながら、真っ黒な姿でリンファに告げる
「貴様を、ここに吊るす」
リンファにはその姿こそが、人非ざるものに映っていた――――




