188.丸腰のヴァレリア
断罪の丘に着いたヴァレリアは怒りに震えていた
これが王のする事か、人のする事か!
年端のいかない子どもを嬉々として殺そうと準備を進めていることに怒らずにいられようか?
断罪の丘の一番高いその場所に着々と建築される絞首台を前にヴァレリアは自分の感情が抑えられなかった
「神代王……!」
「ヴァレリアか、この王都の危機になぜこんなところにいる?」
絞首台の前で数人の側近と共にたたずむ神代王に、ヴァレリアは敢然と立ち向かう
そんな決死の表情をするヴァレリアに、心底興味のなさそうな顔で神代王は声を掛けた
「王都の壁となるエタノー領の領主がなぜ現地を離れた? 我はあの地を捨てろとは命令しておらぬ」
「ご安心を……ウチの者は優秀なのでね、それに用事を済ませましたら即座に戻らせていただきます」
ヴァレリアは額から流れる冷や汗を必死に拭いながら神代王を見る
神代王の目は他の人間と同じ青い目のはずなのに、何故かヴァレリアにはいつも黒く見える
それも吸い込まれたら二度と戻れない程の、光のない真っ黒な瞳
そんな漆黒の瞳が、まるで獲物を狙う爬虫類の様にヴァレリアを見つめる
その目がいつ予備動作もなく自分を飲み込んでしまうのではないかと怯えずにはいられなかった
だがそれでも、ヴァレリアはそんな弱腰の心に藁をかけて隠し、努めて毅然と神代王に近づいた
「神代王、親衛隊より話を聞き参りました 単刀直入に申します リンファの処刑をおやめください!」
その言葉に神代王の側近が剣を抜き、杖に魔力を込める
そして神代王はその言葉に眉一つ動かさず、静かに空高くそびえる絞首台を見上げた
「この絞首台の高さを見よ、青空の晴れ渡る日にあの異形の化け物を吊るせば国民全てにみせてやることができよう」
「神代王!」
「ゴブリンクイーンなどという穢れた獣風情が王都に牙向き、国民は不安を感じておる」
神代王がスッとヴァレリアの方にその目を向ける
「そんな不安も、異形の獣を吊るしてやれば慰め程度にはなろう 人間の心を安らかにできるなら異形の獣にもゴミ程度の価値が産まれようというものだ」
その目に冗談や迷いはない
それが正しい、それ以外に何の意味もないという傲慢な瞳
そしてその傲慢で冷徹な瞳には、実行するための力が備わっている
「そしてその異形の化け物の死骸を奴らにも見せつけ、正義を示すのだ 人に牙を剥くという事がどういうことなのかを教えてやるのだ」
「な、なんという野蛮な! 我々は人です、誇り高き王都の民です! それで戦意を高揚させるなど蛮族のすることです!」
震え上がる我が身を必死に押さえ込み、ヴァレリアはなおも叫ぶ
「あの子はその身を挺して我が領地……ひいてはこの国を守ったのです! 些細な結果かも知れませんが、それでもあの子がいなければ私の命はなかったやも知れません!」
「己の不甲斐なさを棚に上げて、あの化け物が国を助けたと言うか……貴様の様なものが血族の末席にいるなど恥辱の極みだ」
「そう、あれは私の責任で私の不始末です だからこそ、それを救ってくれたあの子に報いたいのです 神代王、ご慈悲を……!」
ヴァレリアの叫びに絞首台を建築する多くの人々がその目を向ける
兵士がその声を聞き集まり始め、神代王の傍にいる側近たちはいつでも飛び掛かれるように武器を構える
ヴァレリアは神代王の前に赴くために誰一人連れてくることは叶わず、ナイフの一つすらも携帯を許されていない
それでもヴァレリアは丸腰で神代王の前に立ったのだ
「聞けば貴様あの異形の化け物を三文芝居を使って山中に解き放ったと言うではないか」
「元々リンファは放逐せよとの命令だったはずです!」
「その意図を理解せぬ貴様ではあるまい? 貴様では処分しにくかろうと情けをかけてやったのに、親衛隊の目をたばかってまで逃がすなどふざけた真似を」
神代王とヴァレリアが睨みあう
いや、神代王の底なし沼の様な漆黒の瞳にヴァレリアは膝を落とさないように必死に耐えるのみ
睨みあいにすらなっていない……神代王の瞳に耐えるだけでヴァレリアは精一杯だったのだ
「挙句の果てにあの異形の化け物を殺すな、助けろなどと……、王都に住む童であればまだ笑い話になろうがそれをよりにもよって貴様がいうとは」
神代王が腰に差した装飾に塗れた華美で荘厳な剣を抜き、ゆっくりと天に掲げる
雲一つない空にその剣があまりに眩しく輝きヴァレリアは思わず目を細めた
「ならぬ あの異形の化け物は開戦の狼煙としてここに吊るす この世非ざる穢れた化け物に慈悲などはない」
その言葉と共に神代王の剣がヴァレリアに向けられる
その動きと共に、側近と兵士が構えたまま半歩ヴァレリアに迫った
その場にある全ての刃が、ヴァレリアに向けられた
「神代王、それでも……それでも……!」
「ヴァレリア、もうそのような事を申すのはよせ お前とてあの異形の獣を殺すべきだと思っているはずだ、立場が言わせている言葉もあろう」
剣を向けたまま神代王が目を細め優しい視線を送る
さっきまでの爬虫類の様な瞳と違う、明らかに不自然に作られた優しい表情
神代王は剣を収めると側近たちに手で指示を与え、引き下がらせる
泣きそうな目で見つめるヴァレリアにゆっくりと近づくと、その目を見たままゆっくりと口を開いた
「ヴァレリア……【従え】」
神代王の目の奥が怪しく光る
その光にヴァレリアの体が硬直し肩を震わせた
だがその時、異変が生じる
「……貴様」
神代王はその様子を見てその作ったような優しい表情を消し、冷たくヴァレリアを睨みつける
ここに来て初めて見せる、神代王の怒りの視線がヴァレリアの体に突き刺さった
「こ、効果があって安心しました…… これでもあなたの血族ですので……!」
そういうとヴァレリアはそっと胸襟を開き、その身をそっと見せる
そこにはその身にビッシリと書き示された術式と、純白に輝くこぶし大の魔鉱石
魔鉱石はすさまじい魔力を放ちながら、神代王の能力に抗っていた
「どのような命令にも従います、そもそも私に逆らうような力も本来ございません ですが、ですがこの命令だけは聞けんのです それを覚悟と見てはくださいませんか……!?」
「数代前の神代王がエタノー領にくれてやった防御術式を応用しよったか しかもその魔鉱石の純度……ファルネウスか?」
「領地防衛の際の切り札として以前にくれたものです、アイツはこの件に関わりはありません……!」
術式展開の負荷でヴァレリアの体が悲鳴を上げる
元々は神代王が扱う強力の力を魔法に落とし込んで発生させる洗脳系に対する絶対の防御術式で、それも広大な敷地に大量の魔法陣を書き示してやっと発動できる魔法だ
それをヴァレリアは強引に術式を圧縮し、強力な魔鉱石の力で無理やり発動させていた
みるみるうちにヴァレリアの胸が焼け爛れ、血が滲みだす
「私はあの子に領民と我が身を救ってもらっただけでなく、人としてあってはならぬ強制までしてしまったのです……! 私はもう間違えたくない! 神代王! ご再考を……!」
「……再考、か」
血を噴き、それでも必死に嘆願するヴァレリアを見つめる神代王
「あの子はこの戦いが終わったら私の責任で必ずこの国から離れさせます! 神代王様のお膝元の安寧はこれから一命を以て私が守ります故、なにとぞ、なにとぞ……!」
ヴァレリアはなおも必死に願う
神代王はそのヴァレリアを見て
蔑む様に笑ったのだ
その瞬間、ヴァレリアの体が大きくのけ反る
神代王の目が見開き、光が消え真っ黒な闇が広がっていく
「再考だと……? 笑わせるなヴァレリア」
神代王がヴァレリアの顔を掴み、鼻先が触れるほどに引き寄せ睨みつける
「がああああああ!!!!」
「防御術式だと? あんな遥か昔に我が適当に作ってやった粗雑な力でこの力に対抗できると思うたか!?」
神代王の力が次々と流し込まれ、それに抵抗する魔法陣と魔鉱石が発熱しヴァレリアの体から煙を噴出させた
「あの異形の化け物に与する者は王都、引いては我の敵だ! わきまえるがいい!」
「し、神代王……大叔父……ああああああ!!」
魔鉱石が砕け散り、体に書き示した術式が皮膚ごと焼き切れその能力を失う
側近や兵士たちは不安そうにそれを見つめ、神代王は舌打ちをしながらヴァレリアを地面に投げ捨てた
「お、大叔父……なにとぞ……!うぅっ」
必死に訴え続けながらヴァレリアが気を失う
その様子に神代王は不愉快さを隠せない
「力を使わされすぎたわ、ふざけおって……」
自らの手を見つめながら、神代王は怒りに震え舌打ちをした
目に見えるほどの怒りを見に纏わせた神代王の圧力は、誰一人として近づくことができないほどだった
しばらくして、恐る恐る側近の一人が神代王に近づき耳打ちをする
怒りに震えていたはずの神代王は、その耳打ちにわずかな微笑みを浮かべた
「開戦の狼煙が届いたか……!」




