17.ポーション甘いかしょっぱいか
緑深い森の道なき道、二人はゆっくりだがその足取りを進めていた
騎士団と別れてから初めての夜、二人は日が暮れる前に野営を始めた
「アグライアさん、薪にできそうな木を集めてきましたよ~」
腕いっぱいに枯れ木を抱えてリンファが笑顔で戻る。
「あぁ、ありがとうリンファ こっちも火を起こせたところだ、大したものはないが食事にしよう」
アグライアはリンファから枯れ木を受け取ると、種火にくべる
焚火がやがてパチパチと音を立て始め、薄暗くなり始めた森の木々と二人を照らす
「すまないな、本来なら多少無理にでも移動をしておきたいのだが……」
アグライアが自身の傷に回復魔法を当てながら話しかける
「無理はしちゃダメです! ほ、本当なら何日か休んだほうがいいくらいなんですから」
少し慌てて言葉を返すリンファにフフっと笑いがこぼれるアグライア
「すまんすまん、そうまくしたてるな わかっているよ」
火の前に干し肉と下処理を済ませた川魚を置いて調理を始める
川魚はリンファが近くの川で獲ってきたもので、干し肉は神聖騎士団の行動食の一つだ
「しかし君はすごいな、魚を難なく獲ってきたのもそうだが川の位置もあっという間に把握してきた」
「た、たまたまです……たまたま見つかっただけです、へへへ」
照れくさそうに笑うリンファ
元々山奥に一人で暮らしてきたこともあり、自然の中で生きるための知恵や経験が備わっていた
「謙遜するな、お陰で助かっている ……そら、魚が焼けたぞ、干し肉も温まったから食べなさい」
「アグライアさんが先に食べてください、早く傷を治さないと」
「いやいや君が……フフフ、キリがないな では私は君が獲ってきた魚からもらおう、君は干し肉から食べなさい」
「は、はい!いただきます」やりとりがとても微笑ましい
だがアグライアはこの状況に少しの焦りと不安を感じていた
まず自分の体がいまだに本調子ではないこと
騎士団があの時総出で回復をしてくれたおかげで大きな傷はなんとか塞がってはいるが、それでも完治はしておらず体力にも不安がある
それに加えて、王都や騎士団本部が追撃命令をかけてくる可能性が高く、街道などを利用するのが危険なこと
ガルドが追撃の指揮を執ることはないだろうが、追撃部隊が組織されると考えた場合人の目につくわけにはいかない
そうなるとこうやって道なき道を進み続けるほかない
そうなれば飛翔島への到着は想定よりも遅れてしまいかねない
「ファルネウス卿に手回しをされてしまったら八方塞がりだ……急がないとな……」
「……大丈夫ですか?アグライアさん」
「あ、あぁ何でもない この魚、とてもおいしいぞ」
思ったことがつい口に出てしまってことを反省する
リンファにこれ以上負担をかけるわけにはいかない、今は体力の回復と移動に集中しないといけない
そう思いながらアグライアはマジックポーションで魚を流し込む
「アグライアさん、それなんなんですか?」
「ん?あぁこれか これは魔力回復用のマジックポーションだよ、そこまで劇的に効くものではないけどね」
このマジックポーションは干し肉と同じく騎士団の行動食の一つ
戦闘時などに服用する急速回復用の劇薬ではないからそこまでの魔力の回復は望めないが、それでも何もしないよりはマシと言った感じの代物だ
「回復魔法で傷を治そうとして魔力が尽きてしまっては本末転倒だからな、こうやって交互に回復しているのさ」
「へぇ~……それっておいしいんですか?」
「そうだなぁ……正直私はそんなに得意ではないかな、飲みやすくなるように味はつけられているんだが結構甘ったるいんだ」
まじまじとポーションがはいった革袋を持って眺めるリンファ
「あとはその革袋の風味が味に混じってくるんだ、行動食だから文句は言えないんだがね」
「……えい」
リンファはそういいながらポーションを少しだけなめてみる
「っておい!何をしているんだ!?」
「うぅ……舌がなんかピリっとする でも確かにちょっと甘いですね」
「ダメじゃないか!体に問題はないか!?」
ひったくるように革袋をリンファの手から奪うと、異常がないかリンファの至る所を慌ててチェックするアグライア
「わ、わわ……大丈夫ですよ! どんな味するのかなーっと思っちゃって……」
「バカ!これは魔力回復用のポーションなんだぞ!この液体自体に魔力が溶かされているんだから君にどんな影響があるかわからないんだからな!」
眉をつりあげてリンファを叱るアグライア
そのあまりの剣幕に驚き、やがてみるみる落ち込むリンファ
「ご、ごめんなさい……」
「あ、あぁいや怒っているわけじゃないんだ、そんなに落ち込まないでくれ ただ君に何かあったらと思うとつい……!」
叱られた子犬の様なリンファを見てどうしていいかわからず慌てるアグライア
「す、すまない……どうにもこういう時のいいふるまい方がわからなくてな……、男兄弟ばかりで気を使うというのがどうにも難しくて学校の後輩に怖がられたりしたものだ」
今度はアグライアの方が落ち込み始める、子犬と成犬がそろってシュンとしているようにも見える
「なんか楽しくてついはしゃいじゃいました、ごめんなさい」
照れくさそうに少し舌を出してあやまるリンファ
「う、うむ 気を付けてくれさえすればいいんだ、ここから先は何が起きるかわからないからな」
ごまかすようにとってつけたような咳払いをするアグライア
お互いこういう空気は慣れていない
けれど決して嫌いではない
それはこれまで、そういう経験をしたことがない、特にリンファはずっと一人だったからなおのことだ
「さ、さぁ少し眠り給え、私は回復呪文をかけながら警戒しておく」
「は、はい! 交代するので、必ず起こしてくださいね」
「わかっているよ、2時間くらいで交代しよう」
そういうとリンファは素直に毛布をかぶり目をつむる
疲れていたのだろう、少しして呼吸が寝息にかわる
アグライアは焚火に薪を加えながら、その火を眺めながら物思いにふける
ガルドは恐らく部下の殺害、作戦失敗の責を裁かれて投獄されるだろう
第三方面隊に隊長を後任できるような人物はジョンくらいだが、それも消去法で考えたらの話だ
そうなれば他の部隊から後任が来るか、そもそも討伐命令が他の部隊に下される可能性がある
ミアズマが生きている以上、魔法戦を主軸とした討伐部隊が構成される可能性は高い
聞けばあの時リンファはガルドとミアズマを落下から助けたという
その優しさは実にリンファらしいし、尊敬を覚える
だが、あのミアズマがこのままおとなしくしているとは思えない
呪殺部隊を壊滅させられたうえに、本人のプライドもズタズタにされている
あの性格の男が、おとなしく引き下がるとは思えない
『心配は尽きないな……』
安らかに寝息を立てるリンファの顔を眺める
焚火に照らされてほんのりと赤いその顔は年相応の幼さを感じずにはいられない
『この子にほんのわずかでもいいから安らかな生活を手にしてほしいものだ……』
ゴブリンクイーンであろうと王都であろうと、自らを否定するすべてと戦うと宣言したリンファ
高潔だと思う、勇ましいと思う
『だが私は、それでもこの子が安寧に暮らせる日が来てほしいと願わずにはいられないな……』
これから先の道行に何が待っているかはわからない
恐らく避けては通れない戦いも決して少なくはないだろう
だからこそ、戦いのない普通の日が訪れる日を願う
『その為にできることを必死にするしかないな、私自身の為にも……』
不意にリンファが寝返りをうち、毛布が肩からずり落ちる
そっと直してやるが、その時リンファの体の残るたくさんの傷痕に視線が移ってしまう
特に以前に回復魔法でふさいだ傷痕は大きく膨れ上がり、不自然にみみずばれの様に塞がっていることに気づく
自らの綺麗に塞がって消えかかっている傷痕と見比べて、少しだけため息をつく
「……早く私の傷を治して、この子の盾になってやらなねばな」
そういうと、アグライアはゆっくりと自分の傷に魔法を唱えた―
高い岩山の突端より野営地を見つめる獣がいる
白銀の体毛を風になびかせ、岩すらも砕けそうな牙を備えた彫刻のように美しく、そして馬よりも大きなその姿
その白銀の姿から赤いまなざしの輝きが二人を強く睨む
森の王、狼の魔獣
その美しい姿と咆哮からそれを目にした人間はこう呼んだ
「ステラーハウル」と
ステラーハウルの美しい咆哮が木々を揺らし、森に響く―――




