116.ルールと選択肢
「お、おいおい……一体何を言ってるんだタクノフ? ここが神聖騎士団の駐屯地?ばかいえ、ここは王都ができる前からある由緒正しい元エタノー王家だぞ?」
わなわなと口を震わせながら、それでも平静を装ってモンギューがしゃべり続けるが隠しきれない動揺が口元と手先を揺らす
そんな動揺しながら否定を期待するモンギューを、タクノフと呼ばれた男は怒りながら言い返す!
「エタノー領だと?そんなもの聞いたこともないわ! ここは王都軍直轄神聖騎士団の誇り高き軍団駐屯地である! これ以上不審な事を申すならその胸に風穴を開けてくれるぞ!」
「どうしちまったんだよ! お前はそんなガチガチの喋り方じゃなくてエタノー言葉丸出しの愛嬌のある働き者だったじゃないか!」
「えぇい! この不審者め! 死ねぇ!」
我を忘れて訴えてくるモンギューに心底より怒りを覚えたタクノフが、なんの躊躇もなくその槍を振り回しモンギューに向かって突きを放つ!
慌てて両手で顔を隠すように我が身をかばおうとするモンギューの眼前に間一髪リンファが飛び込み、その槍を叩き折った
「き、貴様ゴブ……!?」
タクノフが大声でその名を叫ぶより早く、モンギューがサンダースタンで意識を奪い静かにさせる
力を失いドサリと膝をつくその音を聞きながら、二人は目を見開いたままどこに視点を合わせてよいかもわからず呼吸をしながら立ち尽くす
ほんの数秒ではあったが何時間にも感じられたその沈黙を破って、モンギューが重い口を開く
「さ、さっきのタクノフとのやり取りで誰かが来るかもしれない……ここから少し進んだところに修理中の外壁があるから……そこから進入しよう……」
「は、はい……」
「その壁さ、さっきのタクノフが演習中にうっかり壊したんだよね……「すいません!すぐ直しますから給料は下げないでください!」って半泣きで言ってて、みんなで大笑いしたんだけどなぁ……」
さっきの出来事と過去の思い出がよぎったのか、モンギューが寂しそうな顔で呟いた
数分程壁に沿って歩き、話をしていた修理中の壁に到着する
そこは途中まで修復が進められ、仮の板が設置された状態になっている
昨日までちゃんと修復作業が進められ、今日も何事もなければきっと作業が行われていたのだろう
そういった感じが丁寧に養生された作業中の箇所の端々から見て取れた
「ちゃんと直してるなぁ……明日までにはちゃんと直す気だったんだなぁ」
打ち付けられた木の板を撫でながらモンギューが寂しそうにつぶやく
「えと、ここから進入するんなら、えっと……」
「あぁ、うん 壊しちゃって 壁ならまた直せばいいからさ」
モンギューはそう言いながら寂しそうに笑った
リンファはその壁に手を当てながら少しだけ考えると、モンギューに話しかける
「モンギューさん、神聖騎士団ってご存じですか?」
「まぁ一応ね、王都の化物対策部隊でしょ? 最近は対人制圧が主な任務になってるみたいだけど」
「撲の仲間のアグライアさん……元々神聖騎士団なんです」
「え? でも君って今噂のゴブリンハーフだよね? ゴブリンハーフの仲間が元神聖騎士団? え、えぇー……?」
「そ、そうなんです……」
モンギューはその話を聞いて少し驚いた顔をしていたが、段々とその表情を険しくさせる
「それで、さっきの兵士さんの話を聞いていて神聖騎士団の名前が出たときに驚いてしまって」
「そういうことか……少しだけ納得できた、でもそうだとするとまずいんじゃないか……?」
モンギューはアゴに手を当て、舌を向き深刻な顔で考え込み始める
「この町が神聖騎士団を突然名乗り始めたのは……」
【おいおいおいおい、気づくのがちょっと遅いんじゃねぇのかぁ?】
二人の耳に突如地の底から響くような不気味な声が木霊する
その声にモンギューは身を強張らせて辺りを見回すが、リンファは即座に構え、その声の気配の先を睨む
その気配は足元
足元の影が大きく溢れ出し、やがて真っ黒でドロドロの液体が人の形を成す
だがリンファはその液体が形作る前に強く踏みこんだ!
【八極剛拳 白虎双掌打】
双掌打がその液体の魔力と共振し、一気に破裂させる
爆発するようにその黒い液体は四散し、肉片の様にそこら中にへばりついた
だがその液体は意にも介さず集まり、形状を作り上げていく
リンファはその状況に恐れること一つせず、歯を食いしばり睨みつける
『やぁれやれ、気づくのはおせぇ癖に手だけは早えなぁ、無駄な運動ご苦労さん』
ゴポゴポと液体が定着し、とある人物の姿に変わる
否、それは人ではない
「ダガー……! 」
『いよぉ、久しぶりだなぁ薄汚ない出来損ない メッセージは受け取ってくれたかい? 大変だったんだぜ命鉱石一個一個にあれをするのはよぉ』
ゲラゲラを笑うダガーの形をした何かに構えたまま歯を食いしばるリンファ
『どうした?そんな顔してぇ? せっかくいい事を教えてやろうと思ったのに失礼だろぉ?』
歯を食いしばり険しい顔をするリンファをたのしそうに嘲わらうダガー
その笑い声は神経を逆なでにする様な癪に障る響きで鼓膜にへばりつく
「ふざけるな……! アグライアさんを……みんなを元に戻せ!」
『おぉ!それよそれよぉ! それについて耳よりの情報を持ってきてやったんだから感謝しろよ出来損ないちゃんよぉ』
わざとらしく咳ばらいをし、ダガーがわざとらしい動きで喋りだす
「ここの皆さんは! 平和に暮らすエタノー領の皆さんは! おまえのせい! おまえのせいで「出来損ないぶっ殺しマシーン」に洗脳されちゃいました! ひどい!ひどいなぁゴブリンハーフ!」
くやしさで肩を震わせるリンファを見れば見るほど楽しくなって来たのか、ダガーはオーバーアクションで更に言葉を続けた
「しかし! この町の皆さんは善良でクソ汚い人間共なので、ゴブリンハーフを憎むための要素が足りません! そこで!そこでどうしたと思いますか!? はい!出来損ない君!答えて!」
「……」
「さぁさぁさぁさぁ! 答えて答えて! イージー問題! サービス問題だよ!」
リンファの顔を見ながらおちょくるように表情をコロコロと変えるダガー
「答えられない? ヒントいる? こんな簡単な問題にヒントいる?ねぇねぇねぇ!?」
「せ、みんなの洗脳情報の基礎でアグライアって人の……神聖騎士団の記憶と情報を利用したってことだね?」
有頂天のダガーに水を差すように、モンギューがボソリと答える
ダガーはその言葉に受かれていたままの姿で動きを止めると、舌打ちをしながら視線を外した
「チッ 回答者以外が答えてんじゃねぇよ…… はいそこのクソ人間正解! ゴブリンハーフをぶっ殺すための知識をいっぱい蓄えたクソ人間のアグ何とかさんの記憶を利用させてもらいましたー!えらい!すごい!クソ野郎!」
両手をバタバタと大きく動かして拍手し大歓声を上げるダガー
「すごいなあのアグなんとかって奴! っていうか人間ってやっぱりクソだな! お前を殺すためになんでもする気だったんだな! ゴブリンとしてすごい勉強になったわ!」
「アグライアさんを侮辱するな! あの人は優しい人だ!」
リンファは叫ぶが、ダガーは体に空洞を作って通り抜けたようなジェスチャーをしておちょくる
「そぉんなこたぁどうでもいいんだよ、ここからが大事なゲームの話だからよーく聞けよ? ルールも知らなきゃかわいそうだと思ってわざわざ教えてやりに来たんだからよぉ」
ここからが本番だといわんばかりにアゴを上に上げながらダガーがニヤつく
「そんなアグ何とかさんの記憶のお陰で大変有意義な洗脳になったこの町の皆さんですが一大事! その洗脳はあと数時間で完成してしまいます!」
「洗脳が完成すればもう解除することは不可能です! そして洗脳が完了したクソ人間がどうなるかは私にもわかりません! おかしくなって死んじゃうのか? 完璧なぶっ殺しマシーンになっちゃうのか!? すごいね!楽しみだね!」
「洗脳を解く方法は一つ!君の大好きなアグ何とかさんを君の手でぶっ殺すことです! そうしたらアグ何とかさんに取り付けてある命鉱石も一緒に消滅するのでみんなの洗脳はとけまーーす!」
「なっ……!?」
「時間は夜明けまで! あのお山のてっぺんに太陽が昇るまでの間です!」
きょろきょろとせわしなく山とリンファを交互に首を動かすダガーにリンファが叫ぶ
「ダガー……貴様ぁ!」
リンファが思わず拳をダガーの顔面に叩き込む!
だがその一撃は虚しく液体を散らしたのみで、グニョグニョと同じ形に戻っていく
「はい!血気盛んで大変良いですね! その調子で是非大事なクソ人間のアグ何とかさんをぶっ殺してください!」
ダガーはそういうとゆっくりと指を差す
その指の先には修理中の外壁がそびえたつ
「でも優しい俺は出来損ないに選択肢を用意した! この壁を壊さずにここから逃げたら今日だけは見逃してやるよ! 逃げるって言い方は違うな!せんりゃくてきてったいって奴を認めてやるよ!」
生ぬるい視線で優しくリンファに微笑みかけるダガー
これは当然優しさではない、逃げ道を作ることでリンファの反応を楽しみたい
進むしかない状況で逃げ道を作ることで、悩み苦しむ姿を堪能したい!
ダガーはそれを期待して拍手の構えまでしてリンファをニヤニヤと見つめる
『どうするどうするどうする? 勝ち目がない時は撤退は重要だよな!?』
リンファはそんなダガーの言葉を体に浴びながら
意にも介さずその外壁に手を当てる
だがその手にした壁は修理中の壁ではなく、傷一つない堅牢な外壁
『お、おいおい? どうした?逃げてもいいんだぞ?』
「……」
リンファはダガーの言葉など耳にも入れず、魔導発勁を練り上げていく
大地が轟き、樹々の雪が落ちる
地鳴りが響き、大地の魔力が震えていく!
「ダガー……待っていろ アグライアさんを助けて、必ずお前の顔面をぶん殴る」
『な、なんだとぉテメェ……!?』
「お前の思い通りになんて、何一つさせてやらないからなああああ!!」
練りこんだ魔導発勁が足元から背骨を走り肩を伝って拳にて開放される!
【八極剛拳 要塞崩拳】
まさに砕く拳が外壁に突き刺さり、巨大な亀裂を走らせる!
そして堅牢な外壁がまるで吠えるように轟音を発しながら、まるで砂の様に細かく砕け散った
自分が想像していた行動も見れず、それどころか想像を超えた破壊力と決断を見せつけられたダガーは今までの芝居も忘れて呆然としてしまう
『な、テメェ……この……!』
何か悪態をつきそうなる口を必死に抑え、余裕を持った顔を作ってダガーは口を開く
『お、おぉー!すごいすごーい出来損ないくんすご』
だが言葉を言い切る前にリンファが大地に強く踏みこみを叩き込み、ダガー諸共その大地を吹き飛ばす
【八極剛拳 地烈爆震脚】
まだ喋っている途中のダガーの形をした何かは、地面と外壁と一緒に遥か上空に打ち上げれて塵の如く四散していく
そしてそんなダガーの欠片を睨みながらリンファは
「そのうるさい口を閉じて待ってろダガー! アグライアさんは僕が絶対に助け出す!」
と強く叫びあげた――――




