107.ガルドの凶行
「ガルド!やめろ!やめてくれええええ!」
リンファが叫びながらガルドに飛び掛かろうとするが、ガルドはそれを巨大な炎の壁で制する
「やめろだと? 何をだ?」
ガルドはリンファの言葉を聞いて表情に感情を映す
それは恐ろしいほどの怒り
こらえきれぬほどの怒りを抱いてリンファを睨みつけた
ミディはその目を大きく見開いたまま体を強張らせ、言葉をなくす
そして村人はパットが地面に倒れたことに気付き、一瞬の動揺の後に我先とそこから逃げようと踵を返す
だがその足が一歩を踏み出す前に頭部に風穴があき、次々と人が倒れていく
「やりなおすだと? 片腹痛い」
まるで銃弾の様な速度で打ち出される真空の魔法が、次々と村人の急所に命中し、絶命させていく
恐怖で悲鳴すらあげられず、ガタガタと泣きながら糞尿を漏らし必死に逃げようとする者も絶命させる
かろうじて足を動かし逃げようと走ったものも絶命させる
恐怖を振り払うように向かってくる者はミディをかばいながらその者の両ひざを撃ち抜いたうえで脳天に数発叩き込んだ
「もう殺すのをやめろぉぉ!」
リンファがガルドに飛び掛かる、それはいつもの練られた技ではなくがむしゃらな縋りつくような動き
そんなリンファの顔面をガルドは全力で殴り飛ばす
魔法も何もない、ただただ力を込めた全力の拳骨
いつもならあっという間にその拳を捌きカウンターを叩き込めるはずのリンファが無様に殴り飛ばされる
たまらずアグライアがリンファをかばうように抱き支える
だが、アグライアはガルドを止めない……止めることができない
リンファはアグライアがそうであることにすら気づかないくらいにいっぱいいっぱいで、何も見えなくなっていた
そんなリンファに背を向け、ガルドは殺戮を再開する
遠き者も、近き者も、臆病者も、勇敢な者も、壮年であろうと老年であろうと、分け隔てなくガルドは狙う、そして殺す
その恐ろしいまでの平等な殺意はまるで天の厄災……神の断罪とすら感じられる
だが、ただ一人だけその厄災から死を免れた
「ぎゃあああああああ!!!!!」
村長はその両膝に執拗に攻撃を受け絶叫し悶絶する
ガルドは膝の皿と腱が切れたことを確認したうえで回復魔法で出血のみを止める
「アグライア、王都の犬どもへの褒美は残しておく こいつの家を漁ればこれまでの盗賊との下衆な取引の記録くらいは残っているだろうよ」
「が、ガルド……貴様! これは神の裁きのつもりか!?」
その言葉を聞いて鼻で笑う
「そんなものがないことは、お前もわかっているだろう……」
「な、なに……!?」
「神は我々になにももたらさない、神の子たる我々をただ喜び、ただ嘆き、ただ憂うのだ 恵みも裁きも与えてはくださらぬ」
「これは神の下僕たる私の意志だ、神の名を騙り神の宝の数々を蹂躙したこいつらを絶対に許しはしない! 私が! 私自身が絶対にだ!」
動かぬ足を必死に引きずり肘を使って芋虫の様に這いずって逃げようとする村長を、顎を上げ見下すガルド
「我が身可愛さで神を騙った貴様らは、もはや人ですらない……!」
「おとうさん」
瞬きすることも忘れたように目を見開いたままのミディが、血だまりに倒れたままの男を見つめる
パットという男を、ミディは未だ「おとうさん」と呼んだ
だが血だまりに沈む男は、何も応えない
もう一度それを呼ぼうとしたミディにガルドは優しく声をかける
「そうか、おとうさんか」
「うん、おとうさん」
「おとうさんはお前を何と呼ぶ?」
「生まれ変わる前のおとうさんは、ミディって、呼んでた」
ミディの表情は変わらない、視線も変わらない
本来の両親を恐らく殺害し、生活も名前すらも奪った男を見てもなおミディはそれを「おとうさん」と呼んだ
「これはお前の名前すら呼べなかった」
「神様に生まれ変わらせてもらう前は呼んでくれてたよ、だから、おとうさん」
「神は、我々になにもしてくれない、お前にも、私にも、お前の父にも、だ」
ミディの頭を撫でながらガルドは一緒にその血だまりの男に目を向ける
「故に、神は人を試すことも蘇らせることはしない、しないのだ……ミディ」
「ちがうの? でもおとうさんだよ?」
「ちがうのだ、ミディ これはおとうさんじゃない」
「ご飯を一緒に食べたよ?」
「そうか」
「眠れないときはね、お胸をポンポンってしてくれたよ?」
「そうか」
「時々ね、かくれんぼしてくれたよ?」
「そうか」
「なんで?」
「なぜだろうな、けれどちがうのだ」
血だまりに沈む男は何も語らない、うつ伏せだったから顔は見えない
けれどその服、その体、その髪は
昨日までミディがお父さんだと思っていたそれだった
「なんでぇ……」
ミディの声が、上ずる
「なんでぇ……!」
ガルドの胸を精一杯殴る
ガルドにはかすり傷一つつかないその拳は、何度も何度も振り下ろされる
「なんでおとうさん殺したのぉぉぉなんでええええええええええ!!!!!!」
ミディの泣き声が響く、それはまるで堰を切ったように、唐突に
その鳴き声と拳を一心に受けながらガルドは動かない
少女は自分の身に起きた今日までの不幸の全てを理解できず、目の前の不幸の元凶に慟哭する
ガルドはそれを否定もせず、ただされるがままに殴られ続ける
その泣き声に、リンファも泣く
ミディの境遇にだけではない、自らの情けなさに泣く
「村人が家族愛に気付き、心を入れ替えた」と思いこもうとした自らの身勝手さに泣いた
そんなことはあり得ないとわかっていたのに
リンファ達に気付いた村人の誰もが子どもの安否など気にもせず、自分たちの改心の証拠を見せつけようとして来ていたことに気付いていたのに!
それでもリンファは自分の心に都合のいい理想を夢想し、自分に押し付け納得しようとしてしまった
それがたまらなく情けなく、恥ずかしかった
アグライアはその泣き震える肩を支えてやることしかできない
その泣き声が少しだけ弱まると、ガルドがゆっくりとミディに話しかける
「ミディ、今はその意味がわからなくてもいい、言葉だけ覚えていてくれればいい」
返事もまともにできず、鼻をすすり嗚咽を漏らすミディ
「私を憎め このガルドがお前の不幸の元凶だ」
その言葉にアグライアが目を見開く
「ガルド……お前……!」
「神を憎むな、世界を憎むな、何よりお前自身を憎むな、お前が憎んでいいのは父を殺した私だけだ」
「お前が大きくなり神の子となったとき、その憎しみがまだ残っているなら私を殺せ」
「声をかけなくともよい、私とわかればこの心臓に刃を突き立てよ お前の憎しみを必ず遂げさせてやる」
ひとしきり話すとガルドは喋ることをやめ、ミディの背中を撫でる
その手のあまりの優しさに、ミディは再び慟哭する
そしてガルドは、リンファを見据える
リンファはもはや顔を上げることもできず、殴られて止まらない鼻血もそのままに泣き続けていた
「穢れ、これも現実だ」
ガルドの言葉は、背筋が凍るほどに冷たかった




