10.握手から10分後
握手をしてから10分後
二人は手を離すタイミングを完全に見失って握手したままになっている
アグライアは(このままなのも変だしそろそろ離したいんだけどなぁ)と思ってるけど
自分から手を離すのは拒絶だと感じさせてはかわいそうだ
そういう機微にリンファはすごく敏感だから、傷つけたくない
リンファは誰かと握手らしい握手をしたことがないので離す発想すら浮かばなかった
他人の手をまじまじと握るという事がそれまでの人生でほぼなかったので
(わー、アグライアさんの掌あったかいなぁ)と興味津々で目を輝かせている
リンファの頬には涙の跡が残っているの事もあって
アグライアはなおのこと手を離すのを躊躇してしまう
「そ、それでな リンファ」
半分諦めて握手したまま話し始めるアグライア
「は、はい!?」
声をかけられてびっくりしたのか、握手する手の力が少し強くなる
離す考えはゼロである
「これからのことなんだが、君をこのまま神聖騎士団に引き渡すのは危険だと思っている」
真剣な顔で握手したまま話し出すアグライア
「危険……ですか……」
アグライアの真剣な顔に気持ちを切り替えて握手したまま答えるリンファ
「恐らくだがガルドは私たちが生きていることに勘づいている、なんとしても君を処分しようとしてくるだろう」
あの夜のガルドのことを思い出して震えるリンファ
握手を通して震えを感じるアグライア
「君が何者かを神聖騎士団本部に説明して命令の撤回をしてもらう必要がある」
「そんなこと……できるんですか?」
思わず握手している手に力がこもるリンファ
『おぉ、意外と力強いんだな……!』
その力強さにすこしびっくりするアグライア
「こ、このまま王都に向かってたところで話は聞いてもらえないだろう、ガルドは私を裏切り者として報告してる可能性すらある」
ガルドは神の名のもとであれば自らの行い全てが正しいと考えられるような人間だ、失態をごまかすためならそれくらいのことはやってのける
奴にとって一番都合がいい状態は私とリンファがあの夜死んでくれていることだ
「申し訳ないが、私程度の立場の人間の言葉などまともに取り合ってはもらえないだろう」
「そ、そんなことないです!アグライアさんはすごいです!」
「そういう意味ではないんだがな……でもありがとう」
まっすぐな言葉に苦笑してしまうアグライア
「うまくいくかどうかはわからないが、王都ではなく飛翔島……交易浮遊都市に向かおうと思う」
「ひ、ひしょうじま……?」
ピンと来ていないのか、リンファが首を傾げる
「飛翔島はここから大体一週間くらい歩いたところにある、文字通り空を飛ぶ島であり、この国で唯一他国との交易が許された場所だよ」
何も知らないであろうリンファに優しく答える
「その都市のトップ、天空宰相のルキウス=ファルネウス卿に事情を説明し、王都と神聖騎士団にとりなしてもらえる様に願いを立ててみる」
「な、なんかすごそうな人ですね……会ってくれますかね」
不安そうに握手の力が弱まるリンファ
「そんな不安になるな、ファルネウス卿と父は友の間柄で、私も幼い頃からずっとお世話になっている」
不安そうなリンファを元気づけるように、力を込めて握りなおす
「門前払いということはないだろう……いや、いざとなれば私が護衛を押しのけてでも話を聞いてもらうさ」
「無茶はしないでくださいね……」
シュンとするリンファを見ながら、昔飼ってた犬に似てるなぁと少し笑うアグライア
「ファルネウス卿はこの国の中でも柔軟な思想と先を見る目を持っておられる、だからこそ交易都市のトップであられるわけだしな、それに……」
「それに……?」
ファルネウス卿は世界を見通す目をお持ちの方だ、少なくともリンファを穢れではなく国家にとって利用価値のある存在だと思うはずだ
「アグライアさん……?」
「い、嫌なんでもない、とにかく立派な方だ」
『利用価値がある』などという言葉をリンファには言いたくない
「ただ、ファルネウス卿はなんというかとても個性的な方なのでな……面食らうかもしれんが悪い人ではないから安心してほしい」
「そうなんですね、どんな人なのかちょっと楽しみです」
「楽しみか……そうだな!きっと仲良くなれるだろうな」
フフフとお互い小さく笑った後、アグライアは真剣な目でリンファの目を見つめる
「これからの道中で一番大事な事を伝えておく、絶対にこれだけは守ってほしい」
「は、はい……」
「ここから先は危険な旅になる、モンスターなどもそうだがガルドを始めとした王都からの討伐部隊が襲い掛かってくる可能性がある」
アグライアは首にかけていた首飾りを片手で外すと、握手をしているリンファの手に持たせ告げた
「もし身の危険が迫ればなんとしても逃げ延びてファルネウス卿に会ってほしい、この首飾りをみせれば状況を理解してくださるはずだ」
「そんな……!」
「奴等はどんな手を使ってくるかわからない、私の命惜しさに絶対にその身を危険にさらさないでくれ、必ず逃げて生き延びてくれ」
泣きそうな顔で小さく首を振る
「そんな顔をするな、私は君を守るし我が身も守る この話はそういう局面になったときに備えて事前に打ち合わせをしておくだけという話だ」
「ぼ、僕もアグライアさんを守ります!」
ガルドは恐らく私達を狙って捜索を開始している
ミナの話では騎士団は村の近くに駐留していたと言っていたから、おそらく村の騒ぎをかぎつけているだろう
あれだけのゴブリンを討伐し、村の建造物が破壊されたのだ
リンファという存在を偵察部隊が目撃している可能性がある
「ふふ、それは心強いな この道中はきっと安全だ」
危険な道中になるだろう、相手は騎士団だ
ゴブリンを相手にするようにはいかない
リンファだけでもなんとしてもファルネウス卿に保護してもらわなければならない……
そのためならなんだってして見せる
「そうと決まれば先を急ごう、少しでも早く辿り着くに越したことはない」
そういうとアグライアとリンファの手が離れる
「あ…… そ、そうですね」
その離れた右手を、アグライアの左手が包み込む
「右手と右手がつながっていては、歩みにくいだろう?」
ほんのひと時くらい、このまま歩いてあげても神はお許しになるだろう
いえ……お許し願います、心より
「さぁ、行こうか」
「はい!」
先を進むつながった一つの影、それはまるで姉が幼子の手を引くようにも見えた
二人の進む道から10キロ以上離れた場所にて、魔法陣が不気味に光る
その魔法陣を神聖騎士団が取り囲み、魔玉剣を掲げ魔力を注ぐと甲高い何かが割れたかのような音が響く
魔法陣の中心が渦の様にうねり輝くと、そこから血の様に赤いラインが走る真っ黒なローブを来た者どもが現れる
ローブの赤いラインが脈打つように光り、魔法陣から腐臭が漂ってくるようだ
神聖騎士団の白と赤の制服とは全く対照的な不気味な様相だ
「ただいま王都より呪殺士部隊、馳せ参じました」
「よくぞ来てくれた、礼を言う」
その不気味な出で立ちの人物を出迎える男
「この地を穢し国に害なすゴブリンクイーンの眷属がまだ生きている、こともあろうに神に逆らう裏切り者と共にだ」
「なるほど……であれば呪殺士である我々が呼ばれた理由は……」
「抹殺だ」
そう言いながら、その男ガルドは怪しく笑った―――




