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元奴隷騎士アンジェリカの華麗なる転職  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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第九話

 青い空の下、劇団の外輪船は時計街の港から出航する。オグリューは外輪船に興味津々だった。この船は少し古い型のようだが、それが余計にオグリューを興奮させた。外輪が回るのと連動して、甲板の底からかすかに歯車の振動が伝わってくる。


「オグリュー様、そんな覗き込んで海に落ちたらどうするんです。私は飛び込んで助けたりしませんよ、濡れちゃいますから」


「あぁ、すまない。珍しい型だったのでつい……」


 座長はヤレヤレ顔で溜息。少し離れた所で、モニカと子供達がはしゃいでいた。そして他にもモニカが世話をしている飼い犬が十二匹。


「あの子の犬も全て連れて行くのか」


 予想以上に大所帯だ、とオグリューは犬達を見て微笑ましく思う。キャッキャとモニカは大型犬の背中に乗って遊んでいた。勿論マルチーズの姿のままモフモフタイム。


「三大賢者様のご要望ですから。モニカちゃんは家出してきたのですか?」


「まあ、あの子があまり話したがらないから無理には聞いてないが……あの子の母、レイシーともしばらくやり取りしてないしな。詳しい事情は把握していない」


「……モニカちゃんには間違いなく魔法の才能はあるようですよ。十七歳で学院の教授を苦笑いさせて、一方的に卒業の資格を突き付けられて追い出されたようですから」


 それは問題児だからでは……とオグリューは不安に思う。魔法の才覚の有無はオグリューには良く分からない。モニカは召喚術を専門にしていると言っていたが、今のところ、オグリューが見た事があるのはマルチーズに変身する魔法だけだ。


「それで……追い出しておいて、家出娘を今更連れ戻すのはそれなりの事情があるんだろうが……」


 深刻そうなオグリューの表情に、座長は口を押えて笑い出した。少し渋い顔をして座長を睨むオグリュー。


「ごめんなさい、オグリュー様……よほどモニカちゃんが可愛いんですね。そんな事情なんてあるわけないじゃないですか」


「ん……どういう事だ?」


「可愛い家出娘を連れ戻すのが、そんなに不思議ですか? 全く……オグリュー様ったら。いくら孫が可愛いからって、モニカちゃんを取られるのがそんなにご不満で?」


 渋い顔のまま、顔を赤くするオグリュー。中折れ帽を深くかぶり直し、海の方へと向き直る。


「あらあら、拗ねちゃいましたか?」


「別に……」


「紳士でも子供っぽい所はあるんですね。まあ、お詫びと言っては何ですが、とっておきの話をしてあげますよ。丁度海の上ですし」


 とっておき。座長の口ぶりからすると、戦場の話では無さそうだ。まるで楽しい冒険譚を語るように、座長は水平線を眺めながら語り出す。


「本当にとっておきですよ。この話は誰に言っても信じて貰えないでしょうから、私も姉にしか話してません」


「……どんな話だ?」


「誰も知らなかった、今も認知されていない世界の裏側……。大陸齧りという巨大魚をご存じだと思いますが」


 大陸齧り。その名の通り、大陸を齧り取る事が出来る程に巨大な魚。戦時中、船で海を渡り敵国に乗り込む事が出来なかった要因。かつてまさにこの海には、耳を疑う伝説の巨大魚が生息していた。


 ある時期から、ぱったりと姿を見せなくなってしまったが。


「これは最初で最後の……私とあの人との大冒険のお話です」




 ※




 私とヌチョさんは、アーギス連邦へと渡る為に船を盗……借りる事が出来た。しかし中々に大きな船。こんな船で海を渡るなんて、たった二人で出来る筈もなく……


「いやぁー、奇遇だったな。運命という奴だな、これは」


 何故かヴェルガルドとその部下達も一緒に乗り込んでいる。


「貴方……暇なんですか? 軍団長のくせに戦場を離れて……」


「あぁ、軍団長なら辞めた」


「……はぁ?」


 夜の闇に紛れての出航。幸いにも波は穏やかで、軍の蒸気船は海を順調に航海中。ヌチョさんはヴェルガルドの部下達と船の点検中だ。

 私とヴェルガルドは甲板で辺りを警戒。雑談しながら。


「辞めたって……」


「だってオグリューがクーデター起こして……奴隷騎士は帝国軍になっちまったんだ。つまんねーだもん」


 このオッサン……性格が破綻してる……! 分かってたけど!


「つまんねーって……なんで……」


「この先、奴隷騎士(あいつら)のような骨のある奴が現れてくれるとは思えんだけだ。ならいっそのこと、あの男に付いて行って暇つぶしでもしようかなと」


 あの男って……ヌチョさんの事?


「ヌチョさんと……どういう関係?」


「貸し借りが少しあるだけだ。王族にしては泥臭くて面白いし、奴も俺の事は気にいってくれてるみたいだから、互いに便利に使ってるってだけさ」


 ……ん? 王族?


「王族って……ヌチョさんの事?」


「おっと、もしかしてまだ秘密だったか? まあ聞かなかった事にしておいてくれや」


 いや、ちょっと待て! どういう事だ!

 ヌチョさん、そんな偉い人だったの? 植物に食われかけてたのに……。


「それより海の表面に注意しろ。おかしな波が起きたらすぐに知らせろよ」


「話を逸らさないで! どういう事か説明……」


 ガクン、と大きな振動。私は咄嗟にヴェルガルドの軍服の裾を掴んでバランスを取る。ヴェルガルドは微動だにしない。


「船が止まったな。故障か?」


 するとヴェルガルドの部下が甲板に上がってきた。軍服から手を放し、少し離れる私。


「どうした、船、止まってるぞ」


「計器に不具合が見つかりました。念のため設備の確認をします。五分程で再起動します」


「分かった。あの王子は何してる。小娘を放っておくと俺が仕留めるぞと伝えろ」


「……了解。エロ親父……」


 そのまま去っていく部下。最後何言ったんだ? 良く聞こえなかった。

 それと入れ替わるように、ヌチョさんが甲板に上がってくる。何かヴェルガルドの部下と少し話した後、足早にこちらに向かって……あれ、なんか顔怖い。


「ヴェルガルド殿……悪いが離れてくれ、この子はまだ貴方には若すぎる」


「何いってんですか? ヌチョさん」


 ヴェルガルドは肩を揺らして笑いながら、言われた通り離れて行った。船首から船尾の方へと。


「アンジェリカ、何か変な事はされなかったか?」


「さっきから、何の話してるんですか。それよりヌチョさん、聞きたい事が……」


 その時、再び振動が。船が動き出すのかな? と思ったが……違う、なんか揺れ方がさっきよりも大きい。海が……揺れてる? 海は揺れるものだ、でもこれは……。


 少し無言で揺れに耐える私とヌチョさん。ヌチョさんから緊張感が伝わってくる。何か……ひどく怯えているような感じだ。


「ヌチョさん……どうしました?」


「……この辺りは奴の生息域だ。そのおかげで他の船に追われる事も見つかる事も無いが……出会ってしまったら一巻の終わりだ、早く通り抜けないと」


 奴の生息域? 


「怪物でも居るんですか?」


「あぁ。大陸齧りっていう巨大魚さ。出会うのは稀だが、軍が海を渡るのを躊躇するくらいには、目撃されてる」


 すると船の底から、今度は機械の振動が。どうやら船が動き出すようだ。煙突から煙を吐きながら、再び動き出す。


 ヌチョさんの緊張感が薄れていく。このまま海を渡ってアーギス連邦へ一気に。その大陸齧りという怪物のおかげで、追手も捜索もされない。しかし沈没したら終わりだ。孤独な夜の海の闇に吞まれて……


「そんな事よりヌチョさん、さっきヴェルガルドから貴方が王族だって聞いたんですけど……」


「え? ぁ、言っちゃったんだ。僕から言いたかったのに……」


「どういう事ですか。王族のくせに植物に溶かされかけてたんですか」


「そこ? いや、まあ……人生、生きてれば色々と予測不可能な事が……」


 その時、大きく揺れる船。思わずヌチョさんに抱き着く私。ヌチョさんは態勢を崩しながらも耐えてくれる。そしてヌチョさんの背中越しに……大きな波が迫って来てるのが見て取れた。


「ヌチョさん……!」


 なすすべも無く波をかぶる船。そのまま甲板にいた私とヌチョさん、そしてヴェルガルドは海に放り出されてしまった。


「……っ!」


 闇。どちらが上か下かも分からない。しまった、私、泳げない……! 泳いだ事なんて今まで一度も無かったし……!

 容赦なく、海の中でもみくちゃにされる。冷たい、暗い、痛い……怖い……!


 すると誰かが私を抱えてくれたのが分かった。そのまま海面へと顔を出す。抱えてくれたのはヌチョさん。


「……ヌチョさ……!」


「落ち着け! 暴れるな! 大丈夫だ、だいじょ……」


 その時、私は見た。ヌチョさんの背後に迫る巨大な黒い影を。

 夜の闇? いや、違う。もっと暗い。

 

 真っ暗な何かが私達を飲み込んだ。

 そこから意識が途切れ途切れになりながら……私は必至にヌチョさんだけは離さないようにしがみ付いていた。


 


 ▽




 もふっとした感触。

 暖かい。なんだろう、これ。なんかすごく気持ちがいい。凄く柔らかくて、暖かくて、フサフサでモフモフの上。あの村で寝たベッドよりも気持ちい。


 あぁ、なんだっけ、私どうなったんだっけ。

 そうだ、たしか海に落ちて……


「……! ヌチョさん!」

 

 一連の出来事を思い出して跳ね起きた。すると目の前に現れたのは……


「むむ、起きたむ?」


 ……リスだ。え、でかっ。


「むふふ、僕のシッポの上で温めたのが良かったっぽいむ」


 ヴェルガルドよりも少し大きいくらいのリスが、私を尻尾の上で寝かせてくれていたようだ……。


 いやいやいやいやいや! なにこの状況! リスでか!


「あ、貴方……誰?」


「むむ、礼儀のなってない子む。まずは自分から自己紹介するのが世界の常識む」


「ごめんなさい」


「素直でいい子む。じゃあ僕から自己紹介するむ!」


 あれぇ?


「僕の名前は……リッス」


 見たままじゃん。


「君は比較的若い男と、ゴツいオッサンと一緒にこの村の浜辺に流れ着いてたむ。そこを僕達が通りかかって、介抱してあげたむ!」


「あ、ありがとう……私はアンジェリカ……」


「アンジェリカ……可愛い名前む」


 村……ここはあの海の付近にあった島か何かだろうか。周りを見渡すと、簡素な造りの木造の小屋。床には藁がしいてあって、まさにリスの家! って感じだ。


「アンジェリカ、起きたか……? って、すまない……」


「ヌチョさん……! 無事だったんですね!」


 小屋の中にヌチョさんが入ってきた。しかし何故かそっぽを向かれる。


「ヌチョさん、ここは何処ですか? 私達、どこまで流されて……もしかしてもうアーギス連邦に」


「いや、ここは……というか、その前に……」


 チラチラと目が泳いでいるヌチョさん。そして顔が真っ赤だ。

 

 私はその時、初めて自分が全裸だという事に気が付いた。


「ごめんアンジェリカ! 服を、まずは服を着てくれ! これ借りて来た着替えだ!」



 一方的に服を突き付けて出ていくヌチョさん。

 

「ふふ、初心なカップルむ」


 今までボロ布同然の服を着ていて、別に恥ずかしいと思った事は無い。

 奴隷騎士の皆に混ざって水浴びもしていたし、異性に裸を見られたからといって……別に私はなんとも思わない。


 なんとも……思わない筈だ。

 ヌチョさんがあんなに慌てるから、こっちまで恥ずかしくなってしまっただけだ。




「さてさて、一世紀ぶりのお客さんむ! ようこそグリムハーツ潜水艦へ! 君達を歓迎するむ!」






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