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元奴隷騎士アンジェリカの華麗なる転職  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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第十七話

 翌朝、オグリューとモニカ、それにシンシアは共に朝食を摂っていた。優雅な宿……いや、ホテルの部屋で焼きたてのパンを頬張りながら。ちなみにモニカは人間の姿で食べている。


「爺ちゃんの焼いたパンの方が美味いな」


 もっしゃもっしゃ食べるモニカ。オグリューはなんとなく昔の事を思い出していた。アンジェリカにだけ、焼き立てのパンを振舞ったあの頃の事を。

 本当なら全員分焼きたかった。しかし奴隷騎士達はそれを拒んだのだ。何かあの子に特別扱いしてほしいとの事で。


 そもそも何故アンジェリカが奴隷騎士として地下に囚われていたのか。オグリューはその理由は知らない。当時の軍の上層部も何も教えてくれなかった。まるで恐ろしい物を封印するかの如く、アンジェリカを閉じ込めたのだ。


 しかし今ならば、推測できる事はある。アンジェリカとアーギス連邦の当時の教皇の娘は瓜二つの双子だった。古い女神教には、双子は忌子という教えがあった。無論、今ではただの迷信に過ぎないが。


 アンジェリカは、アーギス連邦から追放されたのではないか。当時十歳にも満たない子供を、同盟国であるコルニクスに引き渡し、扱いに困ったコルニクスの上層部は……


 あわよくば戦死してくれればいい。そんな風に思ったのかもしれない。


 ただの憶測だ。オグリューは我ながら悍ましい妄想をしてしまったと背筋に寒気が走る。そんな事は決してあってはいけない。


 その時、来訪者が現れた。座長だ。ホテルの部屋を激しくノックしつつ、返事も待たず扉を開け放つ座長。何故か顔面蒼白で、何か物凄く慌てている様子。


「オグリュー様!」


「なんだ、騒々しい。朝食中だ」


「昨日、大聖堂に行ったというのは本当ですか!」


 何故かバレている。オグリューはチラっとシンシアの顔を見つつ、小さく頷いた。


「行きはしたが……中には入ってな」


「なんで勝手に! 大聖堂付近は常に魔法使いが見張っているんです! オグリュー様、おとなしくしててくださいって言いましたよね!」


 言われたっけ……? と首を傾げるオグリュー。


「何か……まずかったか?」


「オグリュー様がここに居る事は、私とレイシー様以外では誰も知らないんです。レイシー様も周りを説得するのに今も奔走してて……オグリュー様は未だ、この国では第一級戦犯なんですよ!」


 初耳だ。物凄く初耳だ。オグリューは祖国を裏切り帝国兵として戦った。当然と言えば当然かもしれない。


「やはり……この国に私が来るのは不味かったようだな……さっさと帰った方が良さそうだ」


「それが出来るなら苦労しません! っていうか……今すぐここから逃げ……」


 その気配に反応したのはオグリューと、シンシア。静かにパンを皿に置き、身なりを整える。

 歴戦の軍人だ。凄まじい程に。座長の背後に、大型の獣よりも恐ろしい猛獣が控えている。


「失礼」


 ビクっと背筋を振るわせる座長。背後に立っていた大男に大人しく道を譲るように、逃げるように壁際まで。


「……同行願おうか。老紳士」


 軍服に身を包んだ男。その顔にオグリューは見覚えがあった。幾度となく奴隷騎士達を追い詰めた、帝国側の軍人……だった男。


「……これは驚いた。まさか……ヴェルガルドか? アーギス連邦の軍人になったのか」





 ※





 えらく豪華な軍用車で、とても厳重な警備の元、オグリューが案内されたのは……まさに大聖堂だった。何故今ここに自分が連行されているのか分からないオグリュー。大聖堂の暖炉がある部屋へと案内され、そこには数人の人間が控えていた。


「まあ適当に座ってくれ。何か飲むか。朝から酒も何だし茶でいいか」


「あぁ……というか私は何故ここに連れてこられたのかの説明をしてもらってないんだが」


「まあ急ぐな。こうして話すのも初めてだしな。座ってくれ」


 暖炉には火が既に入っており、かなり暖かい。オグリューは言われた通りソファーへと座る。テーブルを挟んだ反対側にはすでに女性が一人座っていた。見た感じ、魔法使い。レイシーと同じような法衣に身を包んでいる。年齢はレイシーよりも若いが。


「ほい、粗茶」


「どうも。粗茶にしては随分薫り高そうなお茶だ」


「大聖堂に備蓄してある茶だからな、それなりにいい物だろ、たぶん。さて……」


 女性の隣へと、ヴェルガルドが勢いよく座ると、一瞬女性が飛び跳ねる。そして運悪く女性はお茶の飲もうとしていた所で、派手にお茶が飛び散って……


「うあわちゃちゃちゃちゃちゃ! おいゴラ! いい加減にしろゴラ! ぶちのめすぞゴラ!」


「あ、悪い悪い」


 無表情で見守るオグリュー。


「昔からお前は乱暴なんだよ馬鹿! 私今何してた? お茶持ってただろ! 普通静かに座るだろ普通! もっと周りを見て行動しろドアホぅ!」


「すまんすまん」


「だいたい……! ハッ!」


 女性は無表情のオグリューの顔を見て我に返り、小さく咳払いをすると何事も無かったかのように法衣で顔を拭いオグリューと向き合う。


「失礼した、老紳士オグリュー。私の名はラスティナ。アーギス連邦三大賢者が一人。そして貴方のお孫さんであるモニカ嬢の師匠でもある。専門は召喚術だ」


「……モニカの師匠? これはこれは、孫がお世話になっております」


「最近はまったくお世話してないが、本日お呼び立てしたのはお孫さんの事も含めて大事な話をするためだ」


 モニカの事も含めて。オグリューは一体何の話だと首を傾げる。そんなオグリューへと目配せしながら、ヴェルガルドは溜息混じりに話に割って入った。


「まあ待て、いきなり始めるのも何だ、まずは世間話から入ろうじゃないか。こうして話すのは……さっきも言ったが初めてだしな。俺も興味がある。あの奴隷騎士を率いていた男に」


 座長の話からヴェルガルドとラスティナは、アンジェリカと共に行動していたと察する事が出来た。しかしもう一人足りない。ヌチョさんだ。


「もう一人の青年は居ないのか?」


「どうやらシンシアから話をある程度は聞いているようだ。何処まで聞いた?」


「いや、私が聞いたのは……座長からだ」


 ラスティナは少し困った顔をしつつ、小さく舌打ちを。


「それがシンシアだ。あいつ……遊んでるだろ完全に。貴方が座長だと認識している女性がシンシアだ。元教皇の娘にして、この国の姫君だった女だ」


「……だった、とは?」


「それも含めて昔話をしようと思う。で、何処まで聞いた?」


 オグリューは座長から聞いた話を粗く説明する。潜水艦から脱出し、アーギス連邦に入った所まで……と。


「では姫君救出作戦からだな」


「……ほう」


「いくぶんややこしいが、混乱しないように丁寧に説明しながら話すから……ついてきてほしい」





 ※





 潜水艦を出たのは何十年ぶりだろうか。あの潜水艦の時間軸は狂っている。それに気づいたのが、私の感覚で半年ほど前。潜水艦の中に一年程滞在していたから、一体現実ではどれくらいの時間が過ぎ去っているのか。


 恐らく、数百年単位だと思った。アンジェリカ達の話を聞く限り……私の祖国はもう別の国へと置き換わっているのだ。


「アンジェリカ達とはぐれたな。オルビスと一緒ならいいんだが……」


「……おい、いつまで私を荷物みたいに抱えてるつもりだ! 二番目に顔のいい男!」


「着地を代替わりした礼くらいしろ。おかげで俺の一張羅が泥まみれだ」


 咄嗟に私を庇って地面にたたきつけられたらしい。それで何で生きてるのかよく分からない。こいつ……どんな体の構造しているんだ。


「で、魔法であいつらを探せるか」


「造作もない……と言いたい所だけど、アンジェリカしか探せないぞ。顔のいい男は顔が良すぎて顔を思い出したくないから、記憶が探知に使えない」


「十分だ。オルビスともし離れ離れなら、アンジェリカから回収する」


 ヴェルガルドに地面に降ろされ、そのまま木に触れる。森で良かった。探知が楽だ。木々同士の繋がりを使えば、森のどのあたりに居るかくらいは簡単に分かる。


「居たぞ、北だ。しかしなんか……既に掴まってるっぽいな、手錠をかけられてる」


「おいおい、本当にそれアンジェリカか? あいつは手錠なんぞ引きちぎるくらいの腕力はあるぞ」


「お前といい、あの子といい、どんな人間だ、びっくりするわ」


「鍛えられた人間なら誰でも出来る。それは本当にアンジェリカなのか?」


「私が見間違える筈ないだろ、愛しき教皇と同じ顔してんだから。こっから北に……えーっと……走って十分くらい」


「距離でいえ」


「……百キロくらい?」


「ほう、お前も中々やるな。その距離を十分で走破するのか。魔法使いは貧弱だと思ってたが、考えを改めなければ」


「正確な距離なんか分かるか! さあ、私をおんぶして走れ。言っておくが、私はお前が思ってる以上の、その百倍は貧弱だ」


「……そうか」


 

 大人しくおんぶされる私。そのまま、勢いよく走り出し……


「ぶわぁぁぁぁぁ! はやいはやいはやい! 怖い怖い怖い怖い!」


「風の音で良く聞こえんなぁ」


 絶対聞こえてるだろ馬鹿! っていうかもう通り過ぎる! 止まれ!


「この辺りだ! とま……ブワァァァア!」


 勢いよく投げ捨てられた。ゴロゴロと地面を転がり、そのまま木に激突。私が猫のように俊敏では無かったら、骨の一本や二本言っていたかもしれない。


「くそ……いきなり投げ捨てんな……」


「動くな、敵だ」


 敵……? 一体どこに……


 その時、一瞬で回りの木々が倒れた。突然、急に、何の前ぶりもなく。

 

『オマエ、ドコの軍人ダ』


 掠れた声。人間のような、人間以外の物のような、曖昧な声がした。

 背筋に悪寒が走る。ここは……蛇のとぐろの中だ。


 正確には私達の周囲数十メーターの周りに、太い蛇の腹が囲んでいる。森の木より数倍はありそうな太さの蛇に、今にも摺りつぶされそうな勢いで。


「自己紹介をしようか。俺は元帝国軍の軍団長、ヴェルガルドだ」


『エレメンツ部隊、ガステロード。ナゼ帝国軍がココにイル。姫の不在を不審にオモッテ、偵察にキタカ?』


 その時の私とヴェルガルドに、その蛇の言葉を理解するだけの情報は無かった。

 姫の不在を不審に思う……?



 一体、何がどうなっているのやら……。

 とりあえず喋る蛇は珍しい……もっとお喋りしたい。






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