第十五話
オグリュー達が乗る船はアーギス連邦の大陸へと。座長の話は中途半端な所で終わってしまったが、続きはまた今度聞こうとオグリューは残念そうに船を降りた。モニカを抱っこしながら。
早朝に到着した船。モニカの鼾がオグリューの腕に響く。若干の霧に混じって人々の喧騒が聞こえた。船の出迎えは居ないが、静かでいい港町だ。
「オグリュー様、宿に案内しますね」
「あぁ、頼む」
「それと……この子の面倒を見て頂けますか?」
座長の後ろに隠れていた娘。座長と瓜二つの。
「……何故?」
「観光案内に使えますよ。少し無口ですが。チョコレートを与えると好感度上がると思います。あとモニカちゃんを抱っこさせないで下さい、一生放しません」
「……前々から思って聞けなかったんだが……双子にしては、随分年齢に差が……」
「私が老け顔だと言いたいんですか?」
座長の迫力に黙ってしまうオグリュー。元奴隷騎士がブチ切れたら手に負えない。
「分かった、しかし面倒を見るような年頃でも無いだろうに」
「精神年齢が幼いんです。道で変な物を拾って食べないように気を付けてあげてください」
まるで子供のような座長の注意事項。しかし座長の双子の姉妹であるその娘は、どう見ても大人の女性だ。多少幼い見た目をしていても。
「ちなみにこの子の名前はシンシアと言います。皆からは静かなるシンシアとか言われてますね」
「まるで五月蠅いシンシアがいるようだ」
「あはは、まあその内分かりますよ。ではよろしくお願いします」
そのまま船の中から荷物を持った団員達が降りて来た。彼らはオグリューとは別の方向へと歩き出す。オグリューはオグリューで、座長の後を歩いて宿へと。
ずっと、シンシアの目線が気になっていた。モニカを見つめるその目が痛い。思わず抱っこするか? と言ってしまいそうで。
※
宿、と聞いていたので、オグリューは小さな素朴な建物を想像していた。しかし案内されたそこは、豪奢な城のような建物。
中に案内されれば、数々の調度品がオグリューの目を奪っていく。中には珍しい時計もあった。思わずもっと観察してみたくなるが、目を奪われるたびに座長に急かされ、そのまま部屋へと。
そして部屋に到着したオグリューを待っていたのは、娘のレイシー。
モニカの母親にして、オグリューの二番目の娘である。
「じゃ、私はこれでっ!」
そそくさと退散する座長。レイシーはオグリューの部屋で、優雅に紅茶を嗜んでいた。
白い法衣とも言うべきか、高い役職に就く聖職者のような姿をしている。レイシーは魔法使い。それもアーギス連邦の三大賢者と呼ばれる、最高位の。
座長が出て行った部屋で、しばらく重い空気が漂う。
「久しぶりね、父さん」
「……そうだな。かれこれ二十年ぶりか。しかし遠く離れた地でも、レイシーの噂はちゃんと届いていたから寂しくは無かった」
「それは私もよ。時計職人だって? 立派になったわね。私達を裏切ったっていうのに」
怒っている。もうまさしく怒っている。誰がどう見ても怒っている。
そんな空気の中、シンシアはレイシーの飲んでいる紅茶を勝手に飲み始めた。ついでにお菓子も食べながら。
「……あいつ……。この子の面倒を見ろって押し付けられたんでしょ」
「あぁ、良く分かるな」
「オグリューは連れてくるなって言ったら、絶対連れてくるって思ってたわ。所でモニカはどう? 今は気持ちよさそうに寝ているけれど、そっちでも元気にやってる?」
「ああ。色々と世話を焼いてくれている。時計職人達にも人気だ」
「そう」
オグリューは座長から、モニカを連れ戻すために劇団はやってきた、と、そんなフレーズで話を聞いていた。しかし今のレイシーは、モニカを取り上げようとする気配はない。今だけかもしれないが。
「モニカを……跡継ぎにするのか?」
「それはその子が勝手に決める事よ。元々、この国から追い出したのは私なんだから」
「……何?」
モニカは天才的な魔法の才能を振るいまくって、教授連中を苦笑いさせたあげく無理やり卒業させられたと言っていたが、実の母親に追い出されたとは一言も言わなかった。言えなかっただけかもしれない。
「それは一体……どういう事だ、レイシー」
「明日、嫌でも分かるわ。大聖堂に父さんのお仲間が眠ってるっていうのは聞いた?」
奴隷騎士達の墓が大聖堂にある。座長から聞いた話。
オグリューは黙って頷いた。
「しかし何故……アーギス連邦にとっては」
「そう、我が国にとっては奴隷騎士……ついでに言うと貴方も大戦犯なのよ。でも間違いなく、私達はあの人達に救われちゃったんだから仕方ないじゃない」
救われた? 奴隷騎士達はアーギス連邦に足を踏み入れた事は無い。ただひたすら帝国周辺の戦場を駆け巡っていただけだ。その間に一人、また一人と命を落としていった。
「でも私はまだ認めてない。貴方が大聖堂に足を踏み入れるのを、まだ私は許可してないわ」
それはそうだろうな……とオグリューは内心思っていた。
オグリューは元々、アーギス連邦出身。同盟国であるコルニクスへと移り住み、そこで軍人となり奴隷騎士の看守となった。戦争が始まってからは、家族をアーギス連邦へと送り返した。
「……どうすれば許可してくれるか、とか考えてる? 許可しないわ。私は絶対、貴方を大聖堂には入れない」
「……そうか。まあ、それはそうだろうと思っていた。ところでレイシー、立派になったな」
レイシーの殺気度が増した……ような気がした。空気がさらに重くなった。まるで天上が落ちて来たように。
「父さん、一つだけ聞かせて。その答えによっては……認めてあげてもいいわ」
意外な言葉に驚くオグリュー。モニカの涎がオグリューの背広の袖に沁み込むのを感じながら、オグリューは「なんだ?」と頷く。
「どうして……クーデターなんて起こしたの。なんで私達を裏切ったの?」
「……アーギス連邦を裏切ったのは……」
「違う、私達家族を、どうして裏切ったの」
『いいのかオグリュー、家族を裏切る事になるんだぞ』
クーデターを起こす直前。かつての奴隷騎士、時計屋に言われた言葉を思い出すオグリュー。
その時返した答えと同じ言葉を、レイシーにも言い放った。
「家族を、守りたかったからだ」
再びの沈黙。シンシアの紅茶をかき混ぜる音だけが部屋に響く。
「……姉さんはずっと泣いてたわ。母さんも、私達を抱きかかえながら涙を堪えてた。私は涙なんて一滴も出なかった。父さんがずっと憎かったから」
レイシーは自分が食べようとして手を付けなかったケーキを、そっとシンシアの前へと。そのまま立ち上がり、オグリューを見据える。
「家族を守りたかったなら、なんで傍に居てくれなかったの」
そんなレイシーを見て、オグリューは思い出していた。かつて対峙したエレメンツという強化人間の事を。ライオンと人間を掛け合わせたキメラの強化人間。彼女は軍人で、一人の娘の母親だった。
敵でありながら、小気味いい女性だった。その代わり戦闘になると一切の容赦もなく奴隷騎士を追い詰め、彼女に二名の奴隷騎士が殺された。それでも、オグリューはそのエレメンツの事を憎めなかった。
「……悪かった」
「……答えは聞けそうにないわね。観光だけして帰って頂戴。モニカは、まだしばらく預けるわ。言っておくけど、この国で元帝国兵なんて口が裂けても言わないで。まだ、戦争が終わってない人間なんて……いくらでもいるんだから」
そのまま部屋を出て去っていくレイシー。レイシーが部屋を出てすぐ、モニカは目を開けてぶるぶる震えていた。
「お、お母さん滅茶苦茶怒ってた……」
「起きてたのか、モニカ。何故じいちゃんを助けてくれなかったんだ」
「無茶言うな爺ちゃん。お母さんは怒ると……神様より怖いんだ。本気だせば山の一つや二つ、一瞬で消し飛ばせるくらい凄い魔法使いなんだぞっ」
それはかなりオーバーな表現だろうが、レイシーならもしかしたら出来るかもしれない、と思うオグリュー。そのままモニカを床に降り立たせると、トテトテとシンシアの方へ。
「私もケーキほしい、爺ちゃん!」
「あぁ、ルームサービスを頼むか……」
ピョン、とシンシアの膝の上へと飛び乗るモニカ。シンシアはそっと、モニカの背中を撫でながら、紅茶を嗜み続ける。
オグリューは久しぶりに悲しい過去を思い出してしまった。思い出して、思い直した。あれは忘れてはならない記憶。あんな悲しい思いを、他の人間にさせてはならぬと……奮起した瞬間だった。
ライオンと人間のキメラ。強化人間となってしまった彼女には娘が居た。その娘を守る為に、彼女は戦っていると……そう言っていた。
エレメンツの実験体として自分を提供する代わりに、多額の金銭を得ていたという。それは病に侵された娘の治療費。そのためならば、自分はどれだけでも戦場を駆けてやると、彼女は言っていた。
彼女を仕留めたのはオグリュー自身だった。オグリューは山岳地帯の生まれだったため、雪山に彼女をおびき寄せて戦場とした。彼女の体力を削りながら、最後は腹に一発の銃弾を浴びせた。
彼女の最後の会話を、オグリューは覚えている。決して忘れてはならない、その思いを。
『オグリューさん……私は娘のために戦ってるって言ったけど……本当は嘘なんだ、あれ』
ルームサービスでケーキを頼む。モニカと……ついでに彼女の分も。
『嘘……?』
『あぁ、本当は……』
ここはアーギス連邦。彼女が生まれ育った場所。ルームサービスで貰ったケーキを、そっと窓辺へと。
『私は逃げただけだ……病気で苦しむ娘を前にして何も出来ない、無力な自分から……。戦争を言い訳にして、私は戦場に逃げて来たんだ』
彼女は少年兵には一切手を出さなかった。子供を傷付けるくらいなら死んだほうがマシだと、少年兵の前で武器を捨て胡坐をかいてみせた。
『娘さんは……今は……』
『……手術が成功して……今は私の母親と暮らしてる。一度だけ姿を見た。とても……元気そうにしてた』
『……だったら、誇ればいいじゃないか! あんたは娘を守ったんだって……』
そのまま彼女は息を引き取った。
オグリューの銃弾によって。
心の中で彼女のために祈るオグリュー。
『お母さん、何処にもいかないで……傍にいて……』




