第十話
グリムハーツ潜水艦。驚いた事に、ここはあの噂の巨大魚の中……らしい。
なんてことは無い。巨大魚の正体はとても大きな潜水艦でした。めでたしめでたし……
「って、でかすぎ! 天井見えない……空みたいのもあるんですけど……」
「あれは取り込んだ海水のせいむ。空気の循環システムの兼ね合いでうんたらかんたら」
ぁ、これダメな奴だ。私の専門外だ。よく分からないが、空に見える奴は空じゃないようだ。
私はリッス案内の元、ヌチョさんと共に潜水艦の中を散歩していた。こんな事してる暇はないとは思うが、ここから出るにはどうすればいいのか、まださっぱり分からない。
「リッス殿。聞きたい事があるんだが……」
「何む?」
ヌチョさんがリッスさんに質問。その大きな尻尾にどうしても目が行ってしまう。抱き着きたくなる尻尾だ。リッスさんも見上げるくらいに大きい。というか、ここの人はみんな同じくらい大きい。
「この潜水艦から出るにはどうすれば……?」
「しばらくは無理む。もう海底に沈んじゃったから、ここからまた再浮上するのは……まあ、十年後くらいむね」
十年……? そんなの、待ってられるわけ……
「リッス殿、嘘をつかないで頂きたい」
「嘘……この僕が嘘をついてるって言うむ? 嘘なんてついてないむ! ほんとは一週間に一度、浮上したり沈んだりを繰り返してるのに、まさか本当の事を伝えるわけにはいかないむ! だって……久しぶりのお客さんむ! ゆっくりしていくといいむ! よって、僕は嘘をついてないむ!」
可愛い、全部喋ってくれた。一週間に一度、浮き沈みを繰り返しているのか。そうだよな、軍が度々、巨大魚を目撃してるってヌチョさん言ってたし。
「申し訳ない、リッス殿。僕らは先を急ぐ旅路の途中なんだ。介抱してくれた事には感謝するが、出来るだけ早くここから出たいんだ」
「むむ……なら、とっておきの場所に案内するむ! アランセリカの遺跡にいくむ!」
アラン……セリカ?
なんだろう、奴隷騎士の小説屋からなんとなく聞いた事があるような無いような……。
そのまま歩き出すリッスさん。私とヌチョさんはその後をついていく。ちなみに私は今、白いワンピース姿。よくこのサイズの服がここにあったな。リッスさんのような人が、チクチク作ってくれたのだろうか。
「やれやれ……しばらく付き合うしか無いようだ。というか潜水艦だったとは……驚きを超えて言葉が出ないよ」
「私は元からよく分かってないんですが……こんな大きさの潜水艦、どうやって作ったんですか? 帝国制?」
「その答えをこれから見せてくれるだろう。アランセリカと言っていただろう? 恐らくこの潜水艦は古代の遺物だ」
そう、それ。
「アランセリカってなんでしたっけ、ヌチョさん」
歩きながらヌチョさんへと質問をなげかけると、目の前を案内しているリッスさんの耳がピクピクっと動いた。尻尾がぶんぶんと揺れている。そしてチラ、チラとこちらへと視線を……
「えっと……リッスさん……アランセリカってなんでしたっけ」
「むふふー! そんな事もしらないむ? 仕方ないから、教えてあげるむー!」
「仕方ないとか言うなら別にいいです、ヌチョさんに聞きます」
「むー!?」
肩を落とすリッスさん。ついイタズラ心で遊んでしまいそうになる。
「こらアンジェリカ。僕はあまり詳しくないんだ。ここは専門家からの解説が……僕は聞きたいなぁ」
「むふふ……! 仕方な……よく聞くむ!」
また仕方ないとか言いそうになったな、今。
まあ、別にいいんだけど。
「アランセリカは、大体三万年前に存在した古代文明む!」
さんまん……数が膨大すぎて想像出来ない。
「魔法は二人とも、詳しいむ?」
「私は全然……ヌチョさんは?」
「まあ、触りくらいなら……」
大きな尻尾を翻しながら、リッスさんは洞窟の入り口らしき所で振り返る。この中に遺跡があるんだろうか。
「そもそも魔法っていうのは……アランセリカが存在した時代よりさらに昔、巨人族と魔人族が争っていた時に発明された秘術む」
巨人族……御伽噺の存在じゃないのか?
「あぁ、その話なら多少は知ってるよ。リッス殿、魔人族は巨人族に対抗するために、魔法を編み出したのですよね」
「その通りむ。巨人族はなすすべもなく滅びたむ。でも問題はそこからむ。巨人族に変わる、魔人族の新たな天敵が生まれたむ! それが人間む」
そうだ、思い出した。小説屋が、人間を花に例えて教えてくれた話があった。もちろん私は御伽噺だと思っているが、巨人族は大地に種を植え、それが人間という花になった。その花に惹かれて、魔人族がすり寄ってきたみたいな……。
「んで、人間は巨人族と違って好奇心旺盛な赤ちゃんみたいな感じで、どんどこ魔法を学んじゃったむ」
「赤ちゃんて」
「でもその頃の魔法……いわゆる古代魔法は、当然巨人族を滅ぼす為に編み出された物だから、物騒な物しか無かったむ。でもアランセリカの文明は、そんな魔法の歴史を変えた時代む。なんと人間は……」
「破壊と殺戮にしか機能しなかった魔法を、創造と調和に変えた……」
「むー! 僕のセリフむ! 一番いいところとったむ!」
怒られるヌチョさん。ごめんごめん、とヌチョさんは謝る。
ぷんぷんむ! と怒るリッスさん……可愛いな。
「ヌチョさん、もっと怒らせてください。怒ってるリッスさん、可愛いです」
「君の趣味に僕を巻き込むのは構わないけど、出来れば別の機会で頼む」
ヌチョさんはリッスさんの尻尾を撫でながらご機嫌伺い。え、私も撫でたい……と便乗。二人でリッスさんの尻尾をモフモフ、ナデナデする。
「むふふ、まあ許してあげるむ」
なんてこった、怒らせれれば尻尾撫でれるのか。また怒らせよう。
「こらこら、アンジェリカ。顔が悪い顔になってるよ」
「そんな事ないですわ」
「何故そこでお嬢様みたいな語尾を……」
機嫌がなおったリッスさんを先頭に、洞窟の中へ。しばらく歩くと薄暗く何かが光っているのが見える。なんだろう、キノコが光ってる……?
「ヒカリゴケの一種かな……リッスさん」
「そうむ。古代人が品種改良したキノコむね。古代アランセリカ人は、とにかく計算高い種族だったむ。魔人が編み出した物騒な魔法も、どんどこ改良して生活魔法とか作っちゃうんだから……魔人は目を丸くしてたに違いないむ」
するとリッスさんはヒカリゴケで照らされる壁の前へと。なんか絵が一杯書いてある……。
「凄い……絵文書か。こんな綺麗な状態で残ってるなんて……」
どうやらヌチョさんには、この絵の凄さが分かるらしい。私は良く分からない。そしてよく見れば、すごく高い壁にまで絵が続いている。一番上あたりに描かれているのは……翼の生えた人間……?
「ヌチョさん、上……なんか鳥人間……あのエレメンツとかいう強化人間みたいなのが……」
「あれとは全く別物だよ。あれは天使さ」
「……天使?」
「そうむ」
三人で見上げるように壁に描かれた絵を見つめる。天使の下には騎士……? 剣を持って鎧を着た人間が複数人書かれていて、まるで天使と戦っているようだった。
「天使って、あの天使ですか?」
「色々解釈の仕方があるむ。実際、天使と言われていても、女神崇拝に出てくる天の使いってわけじゃないむ」
「そうなんですか」
「そうむ。絵文書に羽が描かれるのは、その人の身分を現す物……とも言われてるむ。つまりこの羽の生えた人は、アランセリカの権力者だったみたいな解釈が多いむね」
なんかそれ聞くと……つまらないな。実際天使が居てもいいのに。
「でも世界中の遺跡を調べればわかる事だけども、この天使が登場する絵文書は限られてるむ」
私とヌチョさんは顔を見合わせる。
少しだけ、リッスさんの声のトーンが低くなった気がした。そう、急に真剣になったというか。
「つまり……どういう事ですか? リッスさん」
「権力者を現しているなら、そこら中に書いてあるもんむ。つまりこの羽の生えた人は、権力者以外の何か……という説が最近有力になってきたむ。アランセリカの遺跡が見つかれば見つかる程、そっちの線が濃厚になったむ」
「成程……ちなみに、リッスさんの考えは?」
リッスさんは少し間を開けた後、天使を仰ぐように見上げる。
「……あれは、人間への罰む」
「罰……?」
「魔法を破壊と殺戮以外に開発したことは、神様も感心したと思うむ。でも人間は、やってはいけない事をしてしまったむ」
やってはいけないこと……?
「それって一体……」
リッスさんの背中が小さくなっている気がする。先程まで自慢げに話していたのに。
「人間は……神様をこっちの世界に引きずり降ろそうとしたむ。だから神様は天使を送り込んで人間に罰を与えたむ」
人間に罰を与える天使……。なんかイメージと違うな。小説屋から聞いた話ばかりだけど、天使ってもっとこう……どちらかと言えば救ってくれる側じゃないのか。
「ではリッス殿は……この羽の生えた物は天使そのものだと?」
「その答えは意外な所に隠れてたりするむ。例えば絵文書とかよりも、時には神話や御伽噺の方が真実を語ってたりするむ。研究者らしからぬ言葉かもしれないけれどむ」
リッスさんは研究者だったのか。
神話や御伽噺の方が真実を語っている……。でも私はそれすら知らないんだが。
「ヌチョさん、天使の神話って……」
「確かに……天使が人間に罰を与えるって話はあるよ。まさに帝国に伝わる話なんだけどね。神に近づこうとした人間の元に現れた……ダンヴェルグの天使」
「ダンヴェルグ?」
神に近づこうとした。
私はなんとなく、あのエレメンツを思い出してしまった。
元々は人間だった人を、あんな獣の姿に変えてしまう。
それは……とても恐ろしい事のように思えてしまったから。




