表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元奴隷騎士アンジェリカの華麗なる転職  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/12

第一話

 照明が落とされた劇場。舞台のみスポットライトで照らされ、一人の女優が演じている。

 客席はほぼ満席。劇場内の空気は女優一人に支配されていた。誰も目を逸らす事も、唾を飲み込む事すら出来ない。


『私は奴隷騎士。来る日も来る日も戦場を駆け巡った。帝国との戦いに明け暮れ、戦闘が終われば暗い牢屋へ戻される日々。それが私の日常、私の世界』


 世界大戦が終戦して五年。この演目は大戦時の、架空の哀れな少女を描いた物……の筈だった。


『気を付けろ……! 敵が来るぞ! 帝国の軍団長だ、回り込め! 砂煙の中を搔い潜って、敵兵の視覚へと回り込む。私達は一本の剣と、申し訳程度の皮鎧しかない。それに対して帝国の兵は、最新鋭の銃に兵器。一歩間違えれば一瞬で命を落とす世界』


 客席は主に富豪や職人。この街は時計産業が盛んで、戦後最も早くに復興を遂げた。その立役者となった老人も、客席の中に。

 彼はこの街の領主。背広に身を包む白髪の老人。


『今日も生き残る事が出来た。牢屋が私の家。他の奴隷騎士の仲間と共に戻り、牢屋の中で祈る。今日、旅立ってしまった仲間のために。きっと私達も、近い内にそちらに行く。だから寂しくなんてない』


 老人はこの舞台のパンフレットを見た時、まず疑問に思ったのが『奴隷騎士』という語句だった。大戦で剣一本で戦った人間の記録など残っていない。銃弾と巨大な制圧兵器が闊歩する戦場。その中で剣一本、皮鎧のみなど裸同然の装備で戦える筈が無い。


 だが老人は知っていた。大戦時、奴隷騎士という存在と深く関わっていたからだ。


『皆で祈りを捧げた後、見計らったように看守が食事を運んでくる。固くて冷たいパンが、私達の最高のご馳走。でも私のだけ、いつもバターが塗られた焼き立てのパン。そっと看守は、私だけにそれを格子越しに手渡してくる』


 老人にとって忘れる事など出来ない記憶。かつて祖国だった国が行っていた非人道的な徴兵制度。針のような罪を死罪に捏造され、強制的に戦わされた貧相な兵士達。


『誰も、私だけが特別扱いされる事に異議を申し立てない。私だけ申し訳ない、そう思って焼き立てのパンを分けようとしても、誰も受け取ろうとはしなかった。お前が食べろ、そう言われ、私は貪欲に一人だけ暖かい食事を摂る。私は守られている、そう思った。奴隷騎士の中で、一番年下だから? それとも、私が女だから? 罪悪感とは裏腹に、私はあっという間に完食してしまった』


 今でも鮮明にオグリューは覚えている。もうすでにあれから二十年近くは経っているだろうか。申し訳なさそうに、美味しそうにパンを頬張る少女の姿。

 

 誰だ、一体誰だ? この舞台のシナリオを描いたのは、間違いなく奴隷騎士の誰かだろう。しかし老人が知る限り、奴隷騎士の中で生き残っているのは……


『ある日突然、青空の下に放り出された。そこは戦場ではなく、静かな平野。首輪も足かせも外されて、私は一人、呆然とする。そして看守は言う。お前はもう自由だ。どこでも好きに生きろと。頭が真っ白になった』


 そう、あの時逃がした少女。自国のやり方についていけなくなり、オグリューはクーデターを起こす事を決意した。少女以外の奴隷騎士を率いて、自国に弓を引いたのだ。


『自由? 自由って何? 私はこれからどうすればいいの? 剣は? 私の剣は? あれがないと私は何も出来ないのに。怖い、怖い、自由なんていきなり言われても私は足を踏み出せない。すると後ろで拳銃の撃鉄を起こす金属音。看守が私に銃口を向けていた。私は咄嗟に逃げた! 看守が見えなくなるまで、必死に、必死に走った! 気が付けば、私の周りには誰も居なくなっていた』


 クーデターは成功した。本部を制圧し、指揮官を抑え敵国だった帝国に白旗を振った。祖国は帝国領となり、オグリューと奴隷騎士達も帝国兵として戦い続ける事となる。時代は世界大戦末期。戦場は何処にでもある。新たな戦地へと足を運ぶたび、奴隷騎士達は命を落としていった。


 最後の奴隷騎士が旅立とうとした際、オグリューも自決するつもりだった。しかし最後の奴隷騎士は、尤も残酷な選択をオグリューへと迫る。


 自決は絶対に許さない。俺達の事を一生思いながら歳を取れ。俺達の人生を赤色に染めたお前達を、俺達は恨み続ける。お前の戦いは、一生続くんだ。


 でも、あの子に優しくしてくれてありがとう。

 最後の奴隷騎士はそう言い残して旅立った。


『当てもない旅路、ひょんな事から帝国の王子と出会った。行き倒れていた王子を介抱すると、思いがけない事を言われる。この出会いは偶然じゃない、どうか俺の願いを聞いてくれないだろうか。何の目的も無い私は、素直に頷いてしまった。そして……まさかあんな事になるなんて。王子と偽装結婚するはめになるなんて……』




 予想外の展開で呆然とするオグリュー。これも事実なのか。


 勿論、少女を逃がした後、彼女がどうなったかなどオグリューに知る由は無い。しかし帝国の第三王子は当時行方不明になっていた。大規模な捜索がなされるも、結局見つからず仕舞いで戦闘に巻き込まれ死亡したと結論付けられた。


 続きは? この続きは? 一体どうなった?


 そんなオグリューの思いは見事に裏切られ、舞台は幕を閉じた。

 思わずパンフレットを確認する。この舞台は三部作となっており、続きは……まさかの公開未定!


 ならば何故三部作と銘打っているのか。疑問だけが残るが、不完全燃焼なのは他の客も同じようで「え、これで終わり?」と声が聞こえてくる。


 何はともあれ、オグリューは一番の疑問の答えをパンフレットに求めた。一体誰がこの舞台を作ったのか。もしあの少女が生きているとすれば、二十代後半。当時盗賊が連れていた娘というだけで投獄され、奴隷騎士として戦わされた少女。


「じいちゃん!」


 するとその時、可愛い声が聞こえてくる。オグリューの膝の上へと飛び乗る真っ白な物体。


「うわーん! じいちゃんごめん、私、誘拐されちゃったんだ!」


 真っ白なマルチーズの子犬。当たり前のように人語を操っているが、この犬はオグリューの孫娘。先だった妻の二番目の娘の子供に当たる。


「モニカ……? 一体どうした?」


 既に他の客は不満タラタラな声を漏らしながら席を立ち始めている。オグリューはマルチーズを抱っこしつつ、座席に座りながら事情を聴く事に。誘拐とは穏やかではない……が。


「誘拐されたとは? 肝心のモニカはここにいるじゃないか」


「放し飼い型の誘拐事件なんだ、じいちゃん。犯人は……あぁ、来た!」


 帰り始めている客の波に逆らいながら、一人の女が現れた。そのままオグリューの隣へと着席。そのまま他の客が粗方劇場を後にしたのを見計らい、女は口を開いた。


「どうも。誘拐犯です」


「なんて恐ろしい。じいちゃん気を付けて! この女は……とても美味しいケーキをご馳走してくれたんだ!」


 混乱するオグリュー。しかしとりあえずと、マルチーズの子犬、モニカの首筋をくしゅくしゅ。


「そうか……ちゃんとお礼は言ったのか?」


「うむぅ」


 祖父に撫でられご満悦のモニカ。

 オグリューは女を一瞥する。赤髪を編み込み、金縁の丸眼鏡。それらが凛とした顔に怖い程似合っていて、どこぞの軍学校で教鞭を振るっていそうな迫力がある。

 ロングスカートの礼服姿。赤を基調としており、中々に目立つ。その姿は教鞭よりも、舞台に立った方が似合うとオグリューは思う。


「貴方が……この舞台の座長か?」


「ご明察です。オグリュー様。ほら、モニカちゃん、私が誘拐したんだからコッチにおいでっ」


「うぅ、ごめんじいちゃん。でも私は爺ちゃんの腕の中が一番落ち着くという事だけは言っておくぅ」


 そのまま名残惜しそうに女の方へと赴くマルチーズ。膝の上で丸くなると、数回撫でられただけで寝息を立て始めた。爺ちゃんの腕の中が一番落ち着くと言っておきながら。


「続き、気になりますか? オグリュー様」


 オグリューは孫の登場で緩んだ緊張感を、再び呼び戻す。女に警戒しながら、その問いに頷いた。


「まあ、そうだな。あんな中途半端に終えられては……あの少女は一体、どうなったのかね」


「そうですね。この子の身代金を支払って頂ければ……すぐにでも再び御覧にいれましょう」


「身代金?」


「ええ。かつての……私達の仲間、奴隷騎士達の最後を教えて頂ければ」


 オグリューは沈黙する。

 やはりこの女は……。


「伝える義務は……あるだろう。しかし彼らは」


「ふぉぉぉぉぉ……爺ちゃん……膝枕で耳かきしてぇ……」


 孫の寝言で一気に緊張感が抜けるオグリュー。モニカは女の膝の上でヨダレを垂らしながら眠りこけている。とても気持ちよさそうに。


「オグリュー様、この街の領主としてご苦労されたでしょう。大時計台を修復したのはオグリュー様だとお聞きしました。そんな事が出来たのですね」


「パンを焼く事だけが取り柄ではないからな。しかし時計の仕組みを教えてくれたのは、奴隷騎士の一人だ。一人、時計職人が居ただろう。彼から暇つぶしにと教わった事があってな。彼は……フィオレンティーナ平原で命を落とした。私を銃弾から庇って……」


 手を組み、祈る女。

 するとモニカも、へそ天で眠りながら前足の肉球を合わせる。


「ありがとうございます、オグリュー様。では私も……お伝えしましょう。私と王子の出会いを」


 女の左手薬指には、指輪が光っていた。





                                       

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ