閑話 徐福の視点―海を越えた使命と決意
私は徐福、東海の蓬莱から帰り来た一介の旅人に過ぎない。
私は長年海を渡り、多くの島々を見てきた。
だが、あの冬の日、咸陽の宮殿で秦の始皇帝、嬴政陛下に初めてお目にかかった時、私の人生は大きく変わった。
陛下に上奏し、勇気を振り絞ってその御前に立ったあの瞬間が、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
咸陽の宮殿に足を踏み入れた時、暖炉の炎が石壁を赤く染め、広間には静かな威厳が満ちていた。私は衛兵に導かれ、陛下の玉座の前に跪いた。心臓が高鳴り、冷たい汗が背を伝ったが、使命を果たすため、声を絞り出した。
「陛下、私は徐福と申します。東海の蓬莱より参りました。陛下に上奏したいことがあり、ここに参上いたしました」
陛下は玉座から私を見下ろし、その鋭い瞳に一瞬息を呑んだ。だが、次の言葉に私は驚きを隠せなかった。
「徐福、もし不老不死の話ならいらんぞ。朕にそんな戯言を持ち込むつもりなら、今すぐ出て行け。何を上奏したいのか、はっきり述べよ」
その冷ややかな声に、私は一瞬目を丸くした。確かに、世間では私が不老不死の薬を求める者だと噂されることもあったが、そんなものは私の目的ではない。
「陛下、ご安心ください。私は不老不死の薬など求めておりません。東の海を旅し、多くの島々を見てまいりました。そこには豊かな土地と未知の民がおります。私は陛下にその知識をお伝えし、秦の栄光を海の彼方にも広めるお手伝いをしたいと願っております。陛下の志にかなう、この情報を上奏したく存じます」
陛下の表情がわずかに和らいだ気がした。
そして、彼が立ち上がり、私に近づいてきた時、私はその威光に圧倒された。
「徐福、不老不死じゃないなら話は聞く価値がある。お前が東の海を知っているなら、朕に役立つかもしれん。立ち上がれ。そして、詳しく話せ」
その言葉に、私は胸が熱くなった。陛下は私の話を真剣に聞いてくれる。
この機会を逃すまいと、私は立ち上がり、心の全てを込めて語った。
陛下からどこかしら東の島国に対する愛着のようなものを感じた。
私は東の海の島国のことを話した。
私の知っている東の島国で見聞きした事を言葉にして陛下に伝えた。
陛下の瞳が輝きを増し、「その島国と秦を繋ぐのは面白い考えだ。朕は東の海を未来への投資と見る。お前を厚遇し、その旅を支える。どうだ?」
と仰せになった。
「陛下の御言葉に感謝いたします。私は命を賭けてその任を果たします」
この一言に、私の全ての決意を込めた。
私は陛下の先見性に驚嘆した。
短期の利益ではなく、未来を見据えるその視野の広さは、私がこれまで出会ったどの人物とも異なる。陛下はまるで、遠く先の時代まで見通しているかのようだった。
さらに驚くべきことに、李信殿が息子の李昊を私の旅の護衛としてつけてくれた。
李昊は背が高く筋肉質で、短い黒髪が風に揺れ、鋭い目が若き獅子のような武勇を物語っていた。
彼が佩く剣は精巧で、その堂々とした姿に、私は頼もしさを感じた。
陛下は私にこう命じた。
「徐福、朕はお前を東の島国への外交使者とする。船と兵、物資を用意させる。交易の道を開き、秦の名を広めてこい。ただし、島国の住民を虐げるような真似は絶対にするな。友好を第一にしろ」
その言葉に、私は再び跪き答えた。
「陛下の仁徳と先見性に感謝いたします。私は必ずやその使命を果たし、戻ってまいります。李昊殿と共に、全力を尽くします」
宮廷の庭で陛下と李昊と三人で話した時、私はさらに東の島国の魅力を語った。山と海の恵み、交易の可能性を。陛下が未来を想像するように頷き、李昊が「剣を抜くのは最後の手段にしますよ」と誓ってくれた。
一ヶ月後には港に船が用意された。十艘の船に兵と物資が積まれ、蒙恬殿の護衛と共に、李昊が船首に堂々と立っていた。
そして陛下が港に立ち、私たちを見送ってくれた。
今、船の甲板に立ち、東の海を眺めながら、私は陛下への感謝で胸がいっぱいだ。
(陛下は私のような旅人に、未来への大役を託してくれた。不老不死などと戯言を言わず、私の志を真っ直ぐに受け止めてくれたその仁徳と聡明さに、私は心から感謝している。こんな素晴らしい主君に仕えられるなんて、私の人生にこれ以上の栄誉はない)
私は目を閉じ、心の中で決意を新たにした。
(私は必ず東の島国との交易を成功させる。陛下のため、秦のため、そして世界をより豊かにするために。この旅は、陛下が描く未来への第一歩だ。私は李昊と共に、海を越え、交易の道を開く。どんな困難があろうと、必ず成し遂げてみせる。そして、再び陛下の御前に立ち、成果を報告するのだ)