第五話:徐福の志と未来への一歩
咸陽の宮殿に冬の寒風が忍び込む頃、秦の始皇帝、嬴政――佐藤誠として転生した彼――は、法家思想を重用しつつバランスをとりながら民を労る統治を始めたばかりだった。
更には上下水道の整備が始め、民の暮らしが少しずつ豊かになる中、誠はさらなる未来を見据えていた。
法家の厳しさと民への慈愛を融合させた国づくりは緒に就いたばかりだが、彼の心には新たな構想が芽生えていた。
それは、秦の力を東の海へと広げ、未知の国々との結びつきを築くことだった。
その日、誠は玉座に座り、李斯、蒙恬、李信を待機させてとある人物が連れてこられるのを待っていた。
広間の暖炉に薪がくべられ、炎が石壁を赤く染める中、一人の男が衛兵に連れられて入ってきた。
瘦せた体に長い髭を蓄えた老人で、穏やかな笑みを浮かべたその男は、粗末な麻布の衣をまとっていた。彼が跪き、低い声で名乗った。
「陛下、私は徐福と申します。此度の拝謁恐悦至極にございます! さしあたり、私は陛下に上奏したいことがあり、ここに参上いたしました」
誠は目を細め、その名に記憶を刺激された。
(徐福……史実じゃ不老不死の薬を求めて海に消えた男だ。でも、この世界じゃどうなるか分からないな)
誠は少し身を乗り出し、冷ややかに言った。
「徐福、もし不老不死の話ならいらんぞ。朕にそんな戯言を持ち込むつもりなら、今すぐ出て行け。何を上奏したいのか、はっきり述べよ」
徐福は一瞬目を丸くしたが、すぐに穏やかな笑みを戻し、恭しく頭を下げた。
「陛下、ご安心ください。私は不老不死という不確かな物を勧める気はございません。私は以前に東の海を旅し、多くの島々を見てまいりました。そこには豊かな土地と未知の民がおります。私は陛下にその知識をお伝えし、秦の栄光を海の彼方にも広めるお手伝いをしたいと願っております。陛下の志に仕えるため、この策を上奏したく存じます」
誠は内心で驚きつつ、ほっとした。
(不老不死じゃないのか……。史実と違って実利的な事を言い出すやつだな。先に不老不死NGだぞ的な牽制したのが効いたのかな? それはそうと東の海ってことは日本か? こいつを外交の使者にすれば、未来への投資になるかもしれないな。しかし、この時代の日本は弥生時代から古墳時代あたりだろうし……。旨味は薄いかもな。でも、まあ、行かせて長期航海技術の発達に繋がる可能性もあることだし。うーん)
誠は立ち上がり、徐福に近づいた。
「徐福、不老不死じゃないなら話は聞く価値がある。お前が東の海を知っているなら、朕に役立つかもしれん。立ち上がれ。そして、詳しく話せ」
徐福は立ち上がり、穏やかな瞳で誠を見つめた。その顔には風雨に晒された皺が刻まれ、長旅の苦労が滲んでいた。
「陛下、東の海には大きな島国がございます。そこには稲を育てる民や、海の恵みを活かす者が住んでおります。彼らは独自の文化を持ち、交易を望む声も聞いております。私は以前にその島々を訪れ、彼らと言葉を交わしてまいりました。陛下がその地との結びつきを築けば、秦の富と力がさらに広がるかと」
誠は目を輝かせた。
(日本だ! 間違いなく徐福は日本に行ったことがあるのだろう。まだ統一されてないだろうけど、交易の基盤を作れば、未来の日本との繋がりができる。徐福を外交使者にすれば、歴史が変わるぞ)
「徐福、その島国と秦を繋ぐのは面白い考えだ。朕は東の海を未来への投資と見る。お前を厚遇し、その旅を支える。どうだ?」
徐福は驚いたように目を丸くし、深く頭を下げた。
「陛下の御言葉に感謝いたします。私は命を賭けてその任を果たします」
そこへ、李斯が瘦せた体を進めて口を開いた。青白い顔に鋭い眼光が宿り、長い顎髭が揺れた。
「陛下、東の海への使者は興味深い施策ですが、資金と人手が必要です。国庫からどれほど割くおつもりか?」
誠は、李斯に答えた。
「李斯、これは短期の利益目的ではない。未来への投資だ。上下水道と同じで、長い目で見れば秦が豊かになる。徐福の旅には十分な船と物資を与える、この国が更なる発展を遂げるには、外洋にでる技術も伸ばす必要があると朕は考えておる。徐福には東の島国との交易の道を開くきっかけになってもらう。資金のメドは税を金持ちから累進課税にした事で得たものを再配分せよ!」
李斯は一瞬考え込み、やがて頷いた。
「陛下の先見性に感服いたします。資金は税の再分配でなんとか賄ってみせまする!」
それを聞いた蒙恬ががっしりとした巨躯を動かし、太い声で言った。
「陛下、俺も賛成です。東の海に船を出すなら、護衛の兵も必要だ。俺が部下を付けてやりますよ」
その後に、李信が若々しい顔に穏やかな笑みを浮かべ、青い甲冑を鳴らして進み出た。
彼の隣には、一人の若者が立っていた。背が高く筋肉質な体躯に、父と同じ凛々しい顔立ちを持つ青年だ。短い黒髪が風に揺れ、鋭い目が武勇を物語っていた。
彼が佩く剣は精巧で、若さの中にも堂々とした気迫が漂っていた。
「陛下、私の息子、李昊を紹介します。武勇に優れ、剣術と馬術は私を越えるほどです。徐福殿の旅に同行させ、サポートさせてください」
李昊が一歩進み出て、力強く跪いた。
「陛下、李昊でございます。父と共に民を守り、陛下の志を支えるため、東の海への旅に命を賭けます。どうかお許しを」
誠は李昊を見下ろし、その眼光に若き獅子のような強さを感じた。
(李信の息子か……。史実には出てこないけど、この世界じゃ頼もしい味方だな。武勇に優れてるなら、徐福の護衛にぴったりだ)
「李昊、良い目をしてるな。お前を徐福の旅に同行させよう。東の島国で力を発揮し、秦の名を広めてこい」
李昊は目を輝かせ、「陛下の信頼に報います!」と力強く答えた。
それから秦の始皇帝に厚遇を受けた徐福は旅の準備始めた。
誠は徐福に命じた内容はこうだった。
「徐福、朕はお前を日本――東の島国への外交使者とする。船と兵、物資を用意させる。交易の道を開き、秦の名を広めてこい。ただし、そこにいる民を虐げるような真似はするな。友好を第一にしろ。李昊がお前の護衛だ」
徐福は目を潤ませ、再び跪いた。
「陛下の仁徳と先見性に感謝いたします。私は必ずやその使命を果たし、戻ってまいります。李昊殿と共に、全力を尽くします」
その後、誠は宮廷の庭で徐福と李昊と三人で話す機会を持った。寒風が木々を揺らし、徐福の麻布の衣がはためく中、誠は穏やかに尋ねた。
「徐福、東の島国はどんなところだ? 李昊も聞いておけ」
徐福は遠くを見つめ、静かに語った。
「陛下、あの島々は山と海に囲まれ、米を育て魚を獲る民が暮らしております。言葉は異なりますが、心は通じます。彼らは鉄や布を欲しがり、我々に穀物や海産物をくれるでしょう。友好を築けば、長きにわたり秦に益をもたらすかと」
李昊が剣の手入れをしながら頷いた。
「東の民が友好的なら争いにはならないかもしれませんが、もしもの時は、俺が徐福殿を守ります。なるべく友好に努め、剣を抜くのは最後の手段にします」
誠は二人に頷き、内心で未来を想像した。
(日本との交易か……。李昊の武勇と徐福の知恵があれば案外うまく行くかもな。歴史に記されてない日本との繋がりが新しくできるのであればそれはそれで楽しみでもある)
一ヶ月後、咸陽から離れたの沿岸部の琅琊の港で徐福の旅立ちの準備が整った。十艘の船に兵と物資が積まれ、蒙恬が選んだ護衛と共に、李昊が堂々と船首に立った。誠は港に立ち、二人を見送った。
「徐福、李昊、行ってこい。未来のために頼むぞ」
徐福と李昊は船上から深く頭を下げ、「陛下の志を胸に刻みます」「必ず成功させます!」と答えた。
船が東の海へ漕ぎ出すと、民衆が「陛下の使者が海を越える!」と歓声を上げた。
「徐福の旅は未来への投資だ。外洋に行ける航海技術を秦が持つことは国力を強化し、やがて世界に届く強国になる基盤になるはずだ」
誠はそう思い徐福に期待するのであった。